兵庫県保険医協会

会員ページ 文字サイズ

学術・研究

歯科2018.12.09 講演

歯科定例研究会より
口腔外科小手術のポイント
〜レーザーの活用・周術期の投薬も含めて〜

兵庫医科大学歯科口腔学講座 主任教授  岸本 裕充先生講演

はじめに
 智歯抜歯を含めた口腔外科小手術を安全に行うためには、組織愛護的な切開や剥離、硬組織疾患では侵襲の少ない骨削除、骨や粘膜からの出血に対する止血、縫合など、一連の手技のスキルアップが必要です。たとえば、フラップレスのインプラント埋入は、組織に対してはたしかに低侵襲でしょうが、フラップの剥離や縫合のスキルが未熟な初心者が行うべきではなく、一定水準以上のスキルが要求されることは言うまでもありません。
 一般歯科開業医が小手術を合併症なく成功させるには、手術のスキルアップだけでなく、全身管理や投薬に関する知識のアップデート、手術に有用なデバイスの導入も必要です。
術前の評価
 全身状態の面から小手術を実施可能か判断しなければなりませんが、特に「止血可能か?」、「感染しやすくないか?」を、「基礎疾患」と「使用薬剤」の面から判断します。肝硬変や糖尿病、抗がん剤の使用は、出血と感染の両方のリスクとなります。2018年度の改定で、「診療情報連携共有料(120点)」が新設され、医科との連携のハードルが下がり、施設基準はあるものの、歯科疾患管理料への「総合医療管理加算(50点)」を算定しやすくなりました。
 出血と感染は関連が深く、局所に炎症(≒感染)があると、血管の透過性が亢進しているため、手術中に出血しやすく、感染部への侵襲を契機に炎症が拡大するリスクもあります。また、膿瘍部は酸性環境のため局所麻酔が効きにくく、疼痛のため血圧が上昇し出血を来す、という悪循環もあり得ます。
 あるカリスマ外科医が「手術の成功の9割は手術前の準備で決まる。手術する前に手術は(ほぼ)終わっている」と言われたそうです。筆者のような凡人には「9割」よりも低くなるのでしょうが、準備としての評価が重要であるのは間違いありません。
口腔外科小手術の基本は下顎の埋伏智歯抜歯
 局所麻酔、切開、フラップの剥離、骨の切削、歯の分割、歯根の脱臼、掻爬、縫合、と、口腔外科の基本手技がすべて含まれていますので、難易度の高いものは病院歯科へ紹介し、比較的容易な症例でスキルの向上を図りましょう。
 術前の評価に含まれるのですが、下顎の埋伏智歯抜歯の難易度というと、埋伏の深さや、歯根の形態、下顎管との近接度が頭に浮かぶと思います。見落とされがちなのは、第2大臼歯(の遠心面)と下顎枝前縁の間のスペースです(Winterの分類のClass Ⅰ〜Ⅲ;図1)。このスペースが少ないと、骨削除量が多くなります。
 また最近、智歯抜歯後の舌神経麻痺の紹介が増えている印象です。伝達麻酔の手技や切開線の設定の他、智歯の舌側歯槽骨頂付近を舌神経が走行している場合もあり、剥離や歯の分割時に損傷する可能性があることも知っておいてください。
術前からの抗菌薬の投与
 これまで抜歯やインプラントなどの外来小手術では、術後に「フロモックスを3日間」という処方が一般的でしたが、最新のガイドラインにおいて、これは推奨されていません。まず、フロモックスやメイアクト、セフゾンのような経口セフェムはバイオアベイラビリティが低い、簡単に言うと、吸収が不良で血中濃度が上がりにくいのが欠点とされています。抗菌薬は本来、膿瘍形成や智歯周囲炎などの感染に対して投与するもので、「3日間」は、その効果判定(継続するか中止か)を行うタイミングです。一方、本稿での話題のように、術後感染を予防する目的で使用する場合には、「術直前に単回」が基本です。
 筆者も作成委員として加わった「術後感染症予防抗菌薬ガイドライン」(日本化学療法学会と日本外科感染症学会)においては、下顎埋伏智歯抜歯においては、AMPC(サワシリンなど)かCVA/AMPC(オーグメンチン)を手術1時間前に服用することを推奨しています。この「単回」投与が原則ですが、骨削除などの手術侵襲や宿主(=患者)の感染防御能(糖尿病の合併やステロイドの全身投与など)を考慮して、最長48時間までは追加投与を認めています。
手術のスキルをデバイスでカバー
 冒頭に述べました通り「組織愛護的」「低侵襲」がキーワードです。メスやバーなどは切れ味が落ちたら、手術の途中でも躊躇なく交換しましょう。また、鑷子や剥離子、鋭匙、持針器などは術者の好みもありますが、信頼できる口腔外科や歯周病の専門医が使用している器具類を紹介してもらうと良いと思います。
【ピエゾサージェリー(超音波骨切削装置)】
 メリットとして、軟組織を巻き込まれず安全性が高く、選択的な骨切削(研削)が可能で、出血も少ないです。デメリットはスピードが遅いことですが、神経・血管に近接した部分のみに使用するなど、従来法とうまく組み合わせることを推奨します。
 抜歯時の使用で、歯根膜のスペースに薄いチップを挿入して可動性を得るため、歯槽骨を破壊しにくく、インプラント前提の抜歯時に適しています。また、サイナスリフトにおいては、シュナイダー膜にチップが触れても粘膜を穿孔しにくいため、術者のストレスは相当軽減します。
【歯科用レーザー】
 2018年度の改定で、再発性アフタ性口内炎治療の「口腔粘膜処置(30点)」が新設され、「レーザー機器加算1〜3」(図2)も充実したことから、高価ではありますが、装備しておきたい機器の一つです。筆者の施設では、Er:YAGレーザーと炭酸ガスレーザーを日常臨床で活用しています。
 Er:YAGレーザーは、「手術時歯根面レーザー応用加算(60点)」をFopやGTR時に算定できるのも魅力です。発熱が少ないため、インプラント周囲炎の処置にも頻用しています。
 炭酸ガスレーザーは、小帯形成術、粘液嚢胞や軟組織の良性腫瘍の摘出術に加算を算定可能な他、筆者は抜歯窩の凝固止血に愛用しています。
鎮痛薬の選択・投与法
 「術後痛→血圧上昇→術後出血」というようなトラブルを少なくするためにも、鎮痛薬の処方も見直しましょう。歯科では、ロキソニンやボルタレンを頓服として使用するのが一般的でした。たしかに鎮痛効果は良好ですが、副作用として有名な胃腸障害の他、最近は腎障害が問題になっています。加齢とともに腎機能は確実に低下するため、特に高齢者への長期投与はリスキーとされています。
 現在の第一選択は、アセトアミノフェン(カロナールなど)です。アセトアミノフェンは、妊婦にも使えて安全だけど「鎮痛効果が弱い」という印象をお持ちではないでしょうか?これは、以前の用量設定(1回300〜500㎎、1日900〜1500㎎)に問題があったためで、現在では1回300〜1000㎎、1日4000㎎までに変更されています。筆者の経験も含め、800〜900㎎でロキソニンと同等の効果がある、とする研究が多いようです。
 あと、先取り鎮痛(PEA:pre-emptive analgesia)という概念があり、痛みをがまんさせず、感じる前に積極的に鎮痛することは、慢性痛への移行のリスクも低減できると思います。この点で、ロキソニンなどは末梢性に発痛物質など産生を抑制するのに対し、中枢性に作用するアセトアミノフェンは有利です。
おわりに
 限られたスペースの中、筆者の文章力で「口腔外科小手術のポイント」を網羅することは到底困難ですが、拙稿が読者の皆さまの臨床の一助となれば幸甚です。
(2018年12月9日、歯科定例研究会より)


図1 下顎埋伏智歯の分類(G.B.Winter)
1900_01.gif 図2 レーザー機器加算の対象となる手術
1900_02.gif
※学術・研究内検索です。
医科のページへ
2018年・研究会一覧PDF(歯科)
2017年・研究会一覧PDF(歯科)
2016年・研究会一覧PDF(歯科)
2015年・研究会一覧PDF(歯科)
2014年・研究会一覧PDF(歯科)
2013年・研究会一覧PDF(歯科)
2012年・研究会一覧PDF(歯科)
2011年・研究会一覧PDF(歯科)
2010年・研究会一覧PDF(歯科)
2009年・研究会一覧PDF(歯科)