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学術・研究

歯科2019.09.29 講演

歯科定例研究会より
症例から学ぶ妊産婦の歯科治療ならびに禁煙支援のポイント(上)(2019年9月29日)

岡山市・医療法人緑風会三宅ハロー歯科 院長  滝川 雅之先生講演

はじめに
 妊娠期は、つわりや生活・食習慣の変化に伴う口腔衛生環境の悪化に加え、亢進した女性ホルモンの影響によって、う蝕や歯周病、妊娠性エプーリスなどのさまざまな歯科疾患の発症リスクが高まる時期といえます(図1)。しかしながら、胎児への悪影響を心配するあまり、歯科受診を躊躇して適切な歯科治療を受けないまま放置してしまう妊婦が多いようです。さらに出産後においても、育児・家事に追われ歯磨きが怠りがちとなり、う蝕が多発し、歯周病が進行してしまうというケースが多いのが現状のようです。したがって、私たち歯科医療従事者は、妊婦の身体的、精神的特徴を十分に把握した上で、適切な妊婦歯科治療に取り組む必要があります。
 妊婦歯科治療は妊婦自身の歯科疾患予防のみならず、"未来を拓く歯科分野"として元気な赤ちゃんの出産(早産・低体重児出産の予防)ならびに、生まれ来る子どものう蝕予防(う蝕細菌の母子伝播予防)にもつながるからです(図2)。以下に、妊婦歯科治療における留意点ならびに妊産婦の禁煙支援のポイントについて簡単に説明します。
問診の重要性
 歯科医院を訪れる妊婦の中には、妊娠前に比べかなりの不安を抱いている方が多いため、いわゆる"ファースト・コンタクト"での印象が重要となります。待合室がクリーンで明るい雰囲気であること、そして、受付での笑顔のあいさつや温かい対応が、不安や緊張を和らげるために大切となります。問診の際も話がしやすい雰囲気となるように配慮し、医院に対する良いイメージを早い段階で感じてもらうことが第1のポイントといえます。
 妊婦の不安を解消し信頼関係を築くためには、話をよく聴いてその人の思いや背景を知ろうとすることが必要です。簡単に問診を済ませ、十分な説明もせずにすぐにチェアーを倒して口腔内診査を開始するのではなく、問診(初診カウンセリング)に時間をかけることが望ましいでしょう。主訴に対する現病歴や全身に関する問診事項に加え、例えば「今までの歯科治療で嫌だったこと」なども尋ね、歯科恐怖の程度と内容についても把握しておきます。また、不安や疑問に思うことは遠慮なく言ってもらうように伝え、信頼関係を確立することが妊婦歯科治療をスムーズに進めるための出発点となります。
 また、母子健康手帳において通院中の産科医院の連絡先を確認しておくことは、緊急時などのために必要です。産科での検診結果にも目を通し、合併症(切迫早産、妊娠糖尿病、高血圧症候群、貧血など)の有無など、歯科治療時においても留意しなければならない項目についてチェックをしておくことが必要不可欠です。
妊娠時期における歯科治療のポイント
 妊婦歯科治療においては「母子の安全が最優先される」という大原則を厳守し、妊婦の身体的ならびに精神的変化に配慮しながら、妊娠時期に合わせた適切な治療計画を立案しなければなりません。
1)妊娠初期(4カ月頃まで)
 妊娠初期において、約70%の妊婦につわりが生じると言われています。つわりによって生活・食習慣が乱れ、嘔気によって歯磨きが十分にできず、口腔内環境が悪化することが多いです。つわりの内容や程度には非常に個人差があり、例えば糖分を多く含む食品や清涼飲料などをとる頻度が増すような場合には、う蝕のリスクが高まります。さらに、柑橘類など酸性食品の頻回な摂取、あるいは妊娠悪阻で嘔吐が妊娠期間中に頻回に繰り返される場合には、酸蝕症が引き起こされるリスクも高まるため、注意と適切な口腔衛生指導が必要です。
 妊娠初期は流産の危険性もあり、つわりによる体調不良がある場合は、歯科治療はなるべく少ない回数と短時間で済ませるのが望ましいでしょう。可能であれば応急的な処置で済ませ、安定期まで本格的な治療の再開を待つことも必要となります。
2)妊娠中期(5~7カ月頃)
 つわりも治まり、安定期と呼ばれる妊娠中期は、一般的な歯科治療を行う上では最適な時期であり、集中して歯科治療を進めることができます。また、自発痛を繰り返す智歯や残根などに対しても、患者とよく相談し、産科医の許可を得た上で抜歯を検討することも可能となります。
3)妊娠後期(8~10カ月頃)
 妊娠後期には、チェアーで仰向けとなって歯科治療を受けることが苦痛となります。妊娠子宮に下大静脈が圧迫され「仰臥位性低血圧症候群」となることもあるので、チェアーは水平位まで倒しすぎないように注意し、短時間で治療を済ませるように心がけます。また、腰痛を伴う妊婦も多く、座位のポジションのまま術者が立位で治療を行うなど、妊婦が少しでも楽な体勢で治療を受けることができるように配慮しなければなりません。さらに、出産のため治療が中断となる場合には、適切な暫間処置を行って、出産後に治療を再開することも必要です。
 貧血傾向(鉄欠乏性貧血)である妊婦も多いうえに、歯科治療時の痛みや緊張などが原因で、局所麻酔を受けた後などに妊婦が「神経性ショック」となることがあります。その場合は、左を下にした側臥位を妊婦に取らせ、経過をみていれば回復することが多いです。改善しない場合には、産科医に連絡を取り、適切なアドバイスを受けることも良いと思います。緊急時は冷静な対応が必要であり、医院でマニュアルを整備して、迅速かつ適切な行動が取れるように普段からの準備が大切です。
 妊婦にストレスを与えないように、何よりも「痛みの少ない歯科治療」の実践が不可欠ですが、医療人としての優れた技術と思いやりの心を備え、自信を持った対応によって妊婦の不安を解消し、信頼関係を得た上で治療を進めることが最も大切といえます。
薬剤使用、X線撮影における留意点
 妊婦が歯科治療において不安を抱くことの多くが、妊娠中の薬剤使用ならびにX線撮影などによる胎児への影響に関することです。特に胎児の器官形成期である妊娠初期には、薬剤ならびにX線被曝の悪影響が及ばないように厳重な注意が必要です。とりわけ、妊婦に対する使用禁忌の薬剤について熟知しておくことは当然です。ただし、妊娠中に全く薬剤が服用できないという訳ではなく、母体が病気になり胎児の発育に悪影響を及ぼす可能性があれば、安全性の高い薬剤を使用して積極的に治療を行う必要があります。表1は、歯科における使用頻度の高い鎮痛剤ならびに抗生剤のうち、妊婦にも使用が可能な薬剤リストです。これらの安全性の高い薬剤を選択し、なるべく少量で効率良く使用することがポイントです。
 一方、X線撮影に関しても、むやみに被曝を恐れてX線診査を行わずに診断を誤ると、的確な治療が行えない場合もあります。歯科用X線撮影では胎児に直接X線が当たることはなく、さらにデジタルX線撮影装置の使用や防護用の鉛エプロンを着用することで、危険性を相当低く押さえることができます。ただし、妊婦の精神的不安を考慮して、安全性に関する十分な説明を行うとともに、必要最小限のX線撮影を行うことを心がけるべきです。
(次号につづく)
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