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学術・研究

歯科2019.09.29 講演

歯科定例研究会より
症例から学ぶ妊産婦の歯科治療ならびに禁煙支援のポイント(下)(2019年9月29日)

岡山市・医療法人緑風会三宅ハロー歯科 院長  滝川 雅之先生講演

(前号からのつづき)
妊産婦の禁煙支援のすすめ
 妊娠中は生まれ来る子どものために良い親になろうと思う意識が高まります。健康に対するモチベーションも高まり、禁煙をはじめ生活・食習慣を改善することができる絶好の契機となります。特に、つわりによって自然にタバコを受けつけなくなり、スムーズに禁煙できる妊婦も多く、実際に大半の妊婦が妊娠を契機に禁煙します。
 また、妊娠・出産・育児はパートナーや家族にとっても、妊婦と赤ちゃんのことを大切に思い、禁煙への行動に踏み出す大きな契機となることが多いようです。妊娠という"ビッグチャンス"を生かして、私たち歯科医療従事者も積極的に妊婦とその家族も含めた禁煙支援に取り組む必要があります。さらに、禁煙した妊婦に対しても、乳幼児への受動喫煙の害などに関する情報提供を行い、出産後の再喫煙防止のための禁煙支援を継続的に行うことが重要です。
妊婦に対する直接喫煙の害
 妊娠中に喫煙すると、タバコに含まれるニコチンや一酸化炭素、酸化剤などの有害物質が妊婦本人のみならず胎児にも重大な悪影響を及ぼします。すなわち、早産や低体重児出産の他にも、母子の生死にも関係する胎盤早期剥離などの妊娠・出産異常のリスクが高まります(図3)。さらに、タバコの有害物質が胎児の脳に悪影響を及ぼし、発達障害や注意欠陥多動性障害(ADHD)に関連することが指摘されています。
 また、妊婦本人が喫煙しなくても、周囲の喫煙者による受動喫煙の害によって胎児に悪影響が及ぶことに注意しなければなりません。したがって、妊婦ならびに家族全員(特にパートナー)を対象とした禁煙支援にも同時に取り組まなければ、大切な赤ちゃんをタバコの害から守ることはできません。
妊婦の禁煙支援の留意点
 喫煙妊婦の対応に関しては、歯科医療従事者のみでは困難なことも多く、当院では産科医や助産師、心理カウンセラーなど、他職種の方々にも協力を得て禁煙支援を行っています。
 一方、妊娠を契機に禁煙した妊婦には、タバコの害に関する詳細な情報提供が、出産後や育児中の再喫煙を防止するための重要な鍵となります。このようなケースでは、すでに禁煙に成功し、その恩恵を実感できているので、タバコの害に関する情報はネガティブなことも含めて伝えやすいです。また、パートナーが喫煙者である場合が多いため、受動喫煙の害から妊婦自身と胎児を守るため、まずは禁煙用のパンフレットや禁煙外来などに関する資料を利用して、妊婦と協力してパートナーや家族へと禁煙支援の輪を広げていくことも必要でしょう。
 歯科にはう蝕や歯周病予防のための定期健診のシステムがあり、出産後も定期健診を利用して、特に再喫煙を防止するための禁煙支援を効果的に行いやすいメリットがあります。すなわち、定期健診においては患者との毎回のカウンセリングを通じて、個別にきめ細やかな対応を取ることができるため、歯科は継続した健康支援を行う上で、最も理想的な診療システムを有する医療分野であるといえるのです。
加熱式タバコの有害性
 近年、アイコス(フィリップモリス社)などの加熱式タバコの使用者が激増しています。加熱式タバコの煙(エアロゾル)には、タールや一酸化炭素などがほとんど含まれないため、「煙が出ないので健康被害が少ない」などの間違った情報を信じて加熱式タバコに替える喫煙者が増えているようです。しかしながら、加熱式タバコにはホルムアルデヒドなどの発がん性物質をはじめ、さまざまな有害物質が含まれるため、決して害が少ないタバコとはいえません(表2)。また、ニコチンも含有されているため依存性が維持され、決して禁煙につながるようなものではありません。なお、加熱式タバコ使用者の半数以上が紙巻きタバコも併用する"デュアルユーザー"であり、そのことがますます依存性を強めることとなっています。
 女性の喫煙率は平成30年の報告では8.7%(男性:27.8%)であり、ここ数年は横ばい状態が続いていますが、加熱式タバコ使用者の割合が増えているのは事実です。しかも、喫煙本数が数本と少ないことが多く、このことが逆に依存性を強めるため、このような女性喫煙者を禁煙に導くことが非常に困難となっているのが現状です。加熱式タバコの使用も紙巻きタバコと同様に妊婦と胎児にとって有害であることは変わりなく、私たち歯科医療従事者も加熱式タバコに関する最新情報を常に収集し、禁煙ならびに再喫煙防止の支援を行うことが必要です。
 表3に加熱式タバコ使用者に対する禁煙支援のポイントを列挙しました。加熱式タバコに替えた喫煙者に対しては、自分自身の健康や周囲への配慮からの行動変容であると思われるため、まずはそのことを褒めてあげましょう。その上で、加熱式タバコの有害性ならびに決して健康被害が低減されるわけではないという客観的事実を伝えることが必要です。
 また、デュアルユーザーには、まず紙巻きタバコを完全に止めさせることから始めるのが良いでしょう。加熱式タバコの完全禁煙は本人の意志のみでは困難なことが多いので、禁煙外来の紹介や禁煙補助薬を使用すれば約7割の方が禁煙に成功していることを伝え、特に女性には美容効果や経済効果など禁煙のメリットをしっかりと伝えることが効果的であると思います。
おわりに
 妊婦歯科治療で重要となるのは、十分な問診と診査を行って、各個人の疾患リスクを的確に診断すること、さらに、それらを改善するアプローチを妊娠期からスタートして絶対的な信頼関係を築き、出産後も母子の口腔衛生管理を継続していくことであるといえます。また、出産までの限られた期間内に歯科治療を済ませることは重要な治療目標ではありますが、育児で多忙となる出産後以降も、自らが主体となって予防に励む「セルフケアの心」を育成することがより重要な課題といえます。母親は家族の健康を守る中心であり、妊婦の口腔衛生意識を高めることが、生まれくる子どもならびに家族の口腔の健康を育むことにつながるからです。
 一方、妊婦のみならずパートナーや家族の禁煙は、かけがえのない胎児や子どもたちをタバコの害から守るため優先して取り組むべき課題です。子どものために良い親になろうと思うこの時期は、禁煙をはじめ生活・食習慣を改善できる絶好のチャンスであり、この機を逃さず好ましい健康習慣に行動変容ができるように支援をしなければなりません。とりわけ私たち歯科は妊娠をきっかけに禁煙した妊婦やパートナーに対し再喫煙を防止する支援を行い、出産後にも定期健診を利用して継続支援を行うことができる強みを持っているのです。このような意味からも、積極的な妊婦歯科治療と禁煙支援の実践に取り組むことを皆さまにお勧めします。
(2019年9月29日、歯科定例研究会より)

参考図書等
1)滝川雅之編著「妊産婦と歯科治療」デンタルダイヤモンド社 2012.
2)「病気がみえる vol.10 産科」MEDIC MEDIA 2018.
3)「プレママのデンタルケア」小児歯科学会HP www.jspd.or.jp/
4)川井治之著「頑張らずにスッパリやめられる禁煙」サンマーク出版 2017.
5)田淵貴大著「新型タバコの本当のリスク」内外出版社 2019.

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