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学術・研究

歯科2020.08.30 講演

歯科定例研究会より
全身疾患と歯科治療~健診データ・お薬手帳を活用する~(2020年8月30日)

尼崎中央病院歯科口腔外科部長  佐々木 昇先生講演

はじめに
 国はいま、Personal Health Record:PHRというものを普及させようと考えている。病院・診療所からの診察・検査データ、特定健診データ、薬局からの薬剤のデータ、血圧・体重・血糖値などの自己測定データなどを患者さん本人がスマートフォンのアプリに一元的に管理するシステムである。
 PHRが普及すれば患者さん本人が「私の身体はこんな具合です」とデータをわれわれに示すことになるだろう。データを示された歯科医師は提示された検査値を評価し、歯科治療に的確に反映させることが求められる。それができるだろうか? 
 「口腔は全身の一部である」というからには、全身のことを知る必要があるのは当然だが、多くの歯科医師にとって臨床検査値の解釈はなじみが薄く、苦手な分野であろうと思われる。また医科から処方されるさまざまな薬剤が歯科治療に影響を及ぼすこともあるため、薬剤についての知識も不可欠だが、膨大な数の治療薬を知ることはわれわれの手に余る仕事である。
 ただわれわれは歯科医師であるから、他科の疾患を正確に診断し治療する立場にはない。他科疾患に対して薬剤を投与する立場にもない。あくまでも自らが行う歯科治療が患者さんの全身状態を悪化させたり、医科の治療を妨げたりしないよう配慮すればよいのである。そうした観点から臨床検査データの解釈や、常用薬の情報を歯科治療に反映させる考え方について、最低限知っておくべき事項を述べたい。
臨床検査値の解釈
TP/Alb(総タンパク/アルブミン)
 栄養状態を示す項目と考えればよい。栄養状態が悪いとTP/Albともに低下する。肝硬変が進行したときにも低下する。
AST/ALT/γGTP
 他臓器の疾患でも変動することがあるが、おおむね肝機能を示す項目と考えればよい。AST/ALTは昔のGOT/GPTのことである。AST/ALTは非常に重度の肝障害では4桁にもなることがある。肝機能が悪化している状況では肝胆道系排泄の薬剤の投与は控えたほうがよい。
BUN/Crea/eGFR
 腎機能を示す項目と考えればよい。BUNは「血中尿素窒素」と記載されることもある。これはタンパク質分解産物を尿中に排泄する際に生成するもので、腎機能が低下すれば排泄が進まないため高値になる。BUNの生成は肝臓で行われるので、肝機能が低下すればBUNも低値になる。
 Crea(クレアチニン)は運動のためのエネルギーを産生する過程で生じるもので、尿中に排泄される。腎機能が障害されると捨てられるべきクレアチニンが捨てきれず、血中濃度が上昇するので、腎機能の指標として有用である。しかしクレアチニンの生成過程を考えれば明らかなように、激しい運動後にも上昇し、逆にほとんど運動できないような状況(寝たきりなど)では低下する。
 eGFR(推算糸球体濾過率)はその名の通り腎糸球体の機能を示すものだが、年齢や身長、クレアチニン値などをもとに推算したものであることに注意が必要である。BUN/Creaの上昇やeGFRの低下がある場合は腎排泄型の薬剤の投与に注意が必要である。
電解質(特にK)
 歯科臨床で電解質が問題になることは稀だが、歯科でよく使われるNSAIDs(非ステロイド性酸性解熱消炎鎮痛剤)はKの排泄を抑制する作用がある。高K血症は重篤な不整脈を生じて死に至ることがあるので、Kの動態には注意したほうがよい。特に腎機能が低下していてACE阻害剤・ARBなどの降圧剤が投与されている場合は要注意である。屯用で数回服用するぐらいならほぼ問題を生じないが、考え得るリスクは避けたほうがよい。
血糖値・HbA1c
 言わずと知れた糖尿病の指標である。HbA1cが高値である場合は易感染性であると考えて、抗菌薬を適正に用いる必要がある。甚だしい場合は歯科治療を延期し、糖尿病のコントロールを優先させることも考えるべきである。
血算
 直接歯科治療に影響することはないが、血小板数を確認することだけは習慣づけたい。血小板数は言うまでもなく止血機能に関係する。3万/㎣以上あればほぼ問題なく止血できると筆者は考えている。
 検査項目は互いに密接に関係していることが多いので、さまざまな検査項目を総合的に見る目を養う必要がある。慣れるまでは大変だが、逆に言えば慣れてしまえば何とかなるものである。
常用薬の問題
降圧剤
 高血圧症があるので、歯科治療による血圧の変動(上昇)に気をつける。高齢者で腎機能が低下し、ACE阻害剤・ARB(アンギオテンシンⅡ受容体拮抗剤)を投与されている場合はNSAIDsは控えたほうが無難である。
抗凝固剤
 ワーファリンを投与されている場合はPT-INR値を確認するよう心がけるとともに、ジクロフェナク(ボルタレン®)の処方は控える。ワーファリンとジクロフェナクは代謝酵素が同じなので、併用するとワーファリンの代謝が遅れ、異常出血をきたすことがある。
 心房細動があり腎機能が保たれている場合はDOAC(直接経口抗凝固剤:現時点ではプラザキサ®、イグザレルト®、エリキュース®、リクシアナ®の4剤)が投与されることが多い。これは強力な抗凝固剤で約1割に抜歯時の異常出血があり止血に難渋するので注意が必要である。
PPI(プロトンポンプ阻害剤)
 いわゆる「胃薬」として非常にしばしば処方されるものである。消化性潰瘍を予防するうえで重要な薬剤だが、キノロン系抗菌薬の吸収を阻害する性質がある。歯性感染症で抗菌薬が必要な場合はキノロン系を避けなければならない。
マグネシウム製剤
 下剤としてしばしば処方される薬剤で、キノロン系・テトラサイクリン系抗菌薬の吸収を阻害する。歯性感染症で抗菌薬を使用する場合は他の系統の薬剤を選択するべきである。
SU(スルホニルウレア)剤
 糖尿病治療薬としてしばしば処方される薬剤である。低血糖発作を起こした際には、SU剤投与例では遷延・再発が多いので注意しなければならない。
骨粗鬆症治療薬
 骨粗鬆症治療薬による顎骨壊死は有名だが、すべての骨粗鬆症治療薬が顎骨壊死を起こすわけではない。
 BP剤・デノスマブ(商品名:プラリア®)・ロモソズマブ(商品名:イベニティ®)以外は顎骨壊死に関しては安全と考えてよい。デノスマブとロモソズマブは注射剤、BP剤は注射剤と経口剤があるが、最近はBPでも注射剤を投与されている症例が増えてきた。注射剤はお薬手帳に載らないことがあるので注意が必要である。
 顎骨壊死を起こさない骨粗鬆症治療薬にも注射剤があるので、薬剤名が分からない場合には鑑別が問題になる。その場合は注射の間隔を問診すればよい。注射が毎日または週1回ならテリパラチド製剤なので(毎日:フォルテオ®、週1回:テリボン®)、顎骨壊死の心配はない。これに対して月1回(ボナロン注®、ボンビバ®、イベニティ®)、半年に1回(プラリア®)、年1回(リクラスト®)の場合は顎骨壊死の可能性を考える必要がある。
添付文書などを調べるように
 薬剤の相互作用や副作用、排泄経路などはぜひとも知っておかなければならないが、そのすべてを熟知するのは到底不可能である。下手に覚えようとすると、かえって失敗を招くことにもなりかねない。
 薬剤の添付文書は今やインターネットで読む時代であるから、いつでも手軽に検索できるよう診療室にネット環境を構築することをお勧めしたい。知らないことを調べるのは恥ではない。知らないまま素通りすることが恥なのである。
(8月30日、歯科定例研究会より)

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