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学術・研究

歯科2022.02.13 講演

歯科定例研究会より
摂食嚥下障害の基礎について(2022年2月13日)

九州歯科大学歯学部口腔保健学科多職種連携推進ユニット 教授 九州歯科大学附属病院口腔リハビリテーションセンター センター長 藤井  航先生講演

歯科は治療・管理・連携型へ
 現在の日本は、4人に1人以上が高齢者という超高齢社会です。九州歯科大学が位置している北九州市は高齢化率が30%を超えており、全国よりも高齢化率が高い都市型の超高齢社会です。日本の人口は減少の一途をたどっており、ますます超高齢社会は進行していきます。この高齢化の波は、アジアや欧米諸国でも同様の傾向を示しています。世界のどの国も経験していない超高齢社会の日本は、この分野では世界のトップランナーであります。
 このような変化に対して歯科界でも治療中心型の治療から、治療・管理・連携型の治療へのシフトが必要とされていますし、高齢障害者の増加に伴う摂食嚥下障害患者に対する対応も重要となると考えられます。
ヒトの嚥下運動

 摂食嚥下は5期モデルで考えられることが多いですが、歯科医師・歯科衛生士は先行期から口腔期にかけては、大学や専門学校などでしっかりと勉強を行ってきたため、まさに専門領域と言っても過言ではないと考えます。
 ヒトは、1日に約600~800回程度の嚥下運動をしていると言われています。その嚥下運動は胎児のときから始まっており、出生後にその機能を獲得し、習熟させ、維持しています。各種疾患による嚥下機能低下や、加齢に伴う機能の減退に対して、適切な評価・診断・対応が必要であると考えます。最初は軽微な口腔機能低下(オーラルフレイル)でも、繰り返すうちに食欲低下を招き、その先には全身的な機能低下(フレイル)を引き起こすと言われています。滑舌の低下、わずかのムセ・食べこぼし、噛めない食品の増加などの所見を見逃さないように評価し、適切な対応を行うことが重要です。
 嚥下運動の中心器官である咽頭の機能には、呼吸・嚥下・発声があります。私たちヒトの祖先であるアウストラロピテクスは、ヒトと咽頭の解剖学的形態が違っており、軟口蓋と喉頭蓋が上下的に交差している、咽頭構造が口腔の後下方に位置するなど、誤嚥しにくい解剖学的形態をしています。一方、ヒトは軟口蓋と喉頭蓋の間に距離があり呼吸時の空気の通り道と、嚥下時の食物の通り道が同じ部位を通ります。また、咽頭構造は口腔の下方に位置し、気管の入り口となる喉頭口が重力方向に存在するなど、非常に誤嚥しやすい解剖学的形態をしています。
 ヒトは、通常の食事場面では咀嚼しながら嚥下を行っています。この一連の運動を「プロセスモデル」と言います。液体の命令嚥下では食塊は口腔内でまとめられて一塊として咽頭に送り込まれるのに対して、固形物の咀嚼を伴う嚥下では、咀嚼によって形成された食塊は嚥下反射開始前に中咽頭へ能動的に輸送され食塊形成がされるなど、違う動態を示します。また、液体と固体の混合物では、咀嚼中に液体が先に深く咽頭進行してしまうなど、嚥下的には危険な動態での嚥下となっています。
 このように、ヒトは解剖学的にも動態的にも、誤嚥と背中合わせの嚥下運動を行っていると考えられます。さらに、高齢者では各種の機能低下や服用薬剤の副作用など、摂食嚥下機能の問題を有していることが多いので注意が必要です。摂食嚥下障害患者の原疾患は、脳血管障害を中心とした中枢神経障害が最も多くみられます。
摂食嚥下障害の診断とリハビリ
 摂食嚥下障害のスクリーニングテストとしては、反復唾液嚥下テスト(RSST)、改定水飲みテスト(MWST)、フードテスト(FT)、頸部聴診法などが、よく知られています。各テストの方法については、下記の参考図書などの成書をご参照ください。
 スクリーニングテストで摂食嚥下障害が疑われた場合、嚥下造影検査(VF)、内視鏡下嚥下機能検査(VE)が、専門施設などで行われます。VFやVEの結果を、実際の摂食場面の観察で得られた問題点などと組み合わせることにより、より効果的な訓練法の立案が可能となります。
 症状に応じて、対応やリハビリテーションを行っていくのですが、各方法などについての詳細は、下記の参考図書などの成書をご参照ください。大切なことは、何の目的でそのリハビリテーションを行うのかを明確にして行うことです。
窒息に注意する
 摂食嚥下障害患者では"誤嚥"と共に"窒息"のリスクも常に伴います。窒息しやすい代表的な食品である「もち」だけではなく、「米飯」や「菓子類」など普段の食事内容でも窒息は起こりますので、注意が必要です。もちろん、万が一の時の対応法は習得しておくべきです。
 歯科は、歯の専門家であると同時に口腔の専門家としての立場にいます。1人でも多くの人がいつまでも食べられることや、1人でも多くの摂食嚥下障害を抱える患者さんを支えるためにも、今回の講演が日常臨床の一助になれば幸いです。

(2月13日、歯科定例研究会より、小見出しは編集部)

参考図書
・摂食嚥下リハビリテーション第3版、医歯薬出版
・プロセスモデルで考える摂食嚥下リハビリテーションの臨床、医歯薬出版
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