兵庫県保険医協会

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学術・研究

歯科2022.07.13 講演

[保険診療のてびき] 
病院歯科における院内感染対策の現状と課題
-新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策を中心に- (2022年7月13日)

名古屋市立大学大学院医学研究科 感覚器・形成医学講座口腔外科学分野教授 渋谷 恭之先生講演

院内感染対策の支柱は標準予防策である
 コロナ禍にあっても院内感染対策の支柱は標準予防策(Standard Precautions)である。
 その適応は、1)血液、2)血液の混入の有無にかかわらず、あらゆる体液、排泄物、分泌物(汗は除くが唾液は含まれる)、3)傷のある皮膚、4)粘膜との接触であり、個人防護具(personal protective equipment/PPE)がその重要な予防策の一つになる(図1)。
 ガウン・エプロンは気管や口腔吸引の際に、また歯科処置などの際に使用し、血液や唾液等が飛散する状況においてはゴーグルやフェイスシールド付きマスクが必須となる。マスクについては飛沫感染予防策でサージカルマスクを、空気感染予防策にはN95マスクを選択する。さらに手袋の装着前後(処置前後)には手指消毒を徹底する。ただしエンベロープを有さないノロウイルスなどに対してはアルコール消毒薬の効果が期待できないため、石鹸による手洗いが求められる(図2)。
 またPPEは患者ごとに交換する。新型コロナウイルスの感染力は日をこえて保持されると言われており1)、翌日に同じPPEを装着することは避けなければならない。
マスクのフィルター機能を示す「ろ過効率」
 サージカルマスクのフィルター機能を示すろ過効率には、VFE(Viral Filtration Efficiency/ウイルスろ過効率)やBFE(Bacterial Filtration Efficiency/バクテリア〈細菌〉ろ過効率)、PFE(Particle Filtration Efficiency/微粒子ろ過効率)が挙げられる。  
 VFEではウイルス懸濁液が、BFEでは細菌懸濁液(黄色ブドウ球菌)が用いられ、それぞれを粒子径3.0µm程度のエアロゾル(飛沫核に相当)に変化させた後にサンプルを通過させて捕集効率を算出する。なお実際のウイルス/細菌のサイズは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)で0.050-0.2µm、インフルエンザウイルスでは0.08-0.12µm、結核菌は長さ1~4µmで直径0.3~0.6µmである。PFEでは約0.1µmの粒子(細菌やウイルス自体ではなくポリスチレン粒子を使用)をサンプルに通過させて捕集効率を算出する。N95はアメリカ合衆国労働安全衛生研究所(NIOSH)によって認可された規格であり、空気動力学径0.3µmの塩化ナトリウム(実際の粒子径は0.075µmだが、不規則な形をした粒子の直径を測ることは難しいため、対象とする粒子と空気中で同じ挙動を示す仮想的な水滴の直径に置き換える必要があり、これを空気動力学径という)の捕集効率試験が95%以上であることを示している。  
 滅菌後に使用する滅菌バッグは紙の部分がフィルター構造になっているが、上記のようなろ過効率のデータは存在しない。ただし内部に陰圧をかけなければウイルスなどが混入する危険性はなく、そのような状況は臨床上考えられない。しかし滅菌バッグが濡れてしまうと細菌でも容易に通過する恐れがあるため十分に注意する。
COVID-19とN95マスク
 COVID-19でN95マスクを装着する要件は国によって、また地域の感染状況によって異なる(図3)2)。例えばゼロコロナ政策を掲げる中国では写真撮影時にもN95マスクの着用が推奨されている。N95マスクの着用はウイルス排出量に合わせて考えるべきだが、重症急性呼吸器症候群(SARS)の場合は発症から1週間程度でウイルス排出量がピークになるのに対してCOVID-19ではそのピークが発症2日後であり、発症前から高いレベルでウイルスが排出されている恐れがあるため、装着のタイミングを決めるのが難しい3)
 エアロゾルが発生する処置の際には必ずN95マスクを装着するといった考え方も成立するが、医療資源は無尽蔵ではないため、歯科診療におけるN95マスクの使い方を一概に決定することは困難である。
COVID-19と口腔ケア
 インフルエンザウイルスの最表層にはエンベロープという膜状構造物があり、その表面には糖蛋白であるヘマグルチニン(hemagglutinin/HA)が存在する。エンベロープが気道上皮の細胞膜に融合し、ウイルスが細胞質内にRNAを放出(脱殻)するためには、HAが開裂する必要がある。Porphyromonas gingivalis などの歯周病菌はプロテアーゼを産出してHAの開裂に寄与しており、プラークコントロールによって歯周病菌を減少させると集団のインフルエンザ発症率を10分の1程度まで低減できるとの報告がある4)
 一方、SARS-CoV-2の最表層にもエンベロープがあり、その表面には糖蛋白であるS(Spike)蛋白質が存在する。ウイルスが細胞内に侵入する際にはS蛋白質が宿主細胞のACEⅡ受容体と結合するが、そのためにはTMPRSS2(Transmembrane protease serine2)などのプロテアーゼが必要になる。TMPRSS2は舌苔に蓄積しておりCOVID-19対策においても口腔ケアの重要性に期待が高まっている。
 なお、アンジオテンシンⅡ受容体阻害薬(ARB)やアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)はSARS-CoV-2が宿主細胞に侵入するための受容体であるACEⅡ受容体を増加させるため、これらの薬剤が処方されている患者はSARS-CoV-2への感染リスクが高いと言われている2)。また大阪公立大のチームは、唾液に含まれる特定の蛋白質である「ヒストンH2A」と「好中球エラスターゼ」がS蛋白質とACEⅡ受容体の結合を阻害すると国際科学誌に発表した5)

引用文献
1)日本リスク学会HPより http://www.sra-japan.jp/cms/
2)一般社団法人日本老年歯科医学会.歯科訪問診療における感染予防策の指針 2021年版.老年歯学 36(1)2021.
3)Kwang Su Kim, Keisuke Ejima, Shoya Iwanami, et al. A quantitative model used to compare within-host SARS-CoV-2, MERS-CoV and SARS-CoV dynamics provides insights into the pathogenesis and treatment of SARS-CoV-2. PLOS Biology. DOI:10.1371/journal.pbio.3001128
4)君塚隆太,阿部修,足立三枝子,他.高齢者口腔ケアは,誤嚥性肺炎,インフルエンザ予防につながる.日本歯科医学会誌 26;57-61, 2007.
5)メディファックスダイジェスト 2022年7月8日号

(7月13日、第8回病院歯科懇談会より)

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