兵庫県保険医協会

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学術・研究

歯科2022.10.16 講演

[保険診療のてびき] 
歯科訪問診療における全身管理とその対応
(2022年10月16日)

医療法人社団関田会 ときわ病院 歯科口腔外科 部長 内橋 康行先生講演

 歯科における訪問診療の「楽しさ」は診療・介護の特殊な環境下(診療室でない環境)で既往疾患に直接的あるいは間接的に良い影響を与えると思われる治療方針を決定し、変化する既往疾患の病期・病態に応じて、繰り返し再考することにあると思います。しかし、そこがまた訪問歯科診療の難しさでもあります。治療方針の決定において、筆者は(図1)(1)~(5)を解決することを優先しています。訪問診療においては積極的に治療をしない齲蝕や、補綴を行わない欠損歯もあるかもしれません。
(1)痛み
 認知機能の低下や神経疾患により、痛みが生じていても言語的に表現することが困難なため、見落とされることもあります。痛みによる食事量の低下や、食事時間の延長、普段より高い血圧などから、義歯性褥瘡性潰瘍や歯髄炎を発見することも少なくありません。痛みによる被介護・療養への悪影響を考慮して積極的な治療をすすめる必要があります。
(2)感染
 外来に来られた患者のパノラマ写真では同時に数本の根尖病巣を認めることがあります。ポストコアなどの存在から感染根管治療が困難なケースも多く、無症状であれば経過観察という選択をとるケースがあると思います。
 しかし、訪問歯科診療における患者では既往疾患に留意した対応が必要です。例えば、血糖コントロール不良の糖尿病や、リウマチに代表される自己免疫疾患に対するステロイドや免疫抑制剤が投与されている場合は、易感染性による急性増悪の可能性を加味した対応を検討します。
 また、感染性心内膜炎のような、慢性の歯性感染がその原因となるケースが想定される場合などでは積極的な慢性感染巣の除去を考慮しなければならない時があります。病院では熱発の熱源探索として歯科に対診を求められることも経験します。
(3)栄養(摂食・嚥下障害)
 摂食・嚥下は先行(認知)期→準備期→口腔期→咽頭期→食道期の四つのステージを経て行われます。歯科では咀嚼やすりつぶしによる食塊形成を行う準備期、食塊を咽頭へ送り込む口腔期への維持・改善がおもなアプローチとなります。
 しかし、それぞれのステージは連動しており咽頭期を含めた評価と対応が要求されます。また、現状の嚥下機能の実力から得られる患者の栄養状態にも留意する必要があります。当病院において、入院時に行われる簡易栄養スクリーニング検査(Mini Nutritional Assessment)と並行して行われた口腔アセスメントの結果において、歯科治療の必要度との関係を調べたところ、低栄養状態になるにつれて歯科治療の必要度が上がるという結果が得られました。歯科治療が栄養状態の改善に寄与することが示唆されたものと考えています(図2)。
 また、嚥下障害を前提とした、誤嚥性肺炎予防のための継続的な口腔ケアも必須となります。
(4)出血傾向
 観血的治療時の出血傾向の評価だけでなく、歯肉炎や重度の口腔乾燥を伴う口腔粘膜炎などからの自然出血のリスクに対して、積極的に予防的な処置を検討することも重要です。血小板減少を伴う疾患の有無や抗血栓薬の内服を把握し、それらが存在する場合にはより厳密な口腔ケア、歯周管理計画の立案が必要となります。
(5)誤飲・誤嚥
 有病高齢者では、喀出力の低下や、口腔・咽頭部感覚の閾値の上昇など、誤飲・誤嚥リスクが高まります。誤飲においては自然排出されることが多いですが、誤飲物の形状や消化管の動きが悪くなっている場合は長時間体内に滞留したり、摘出を余儀なくされるケースも存在します。当病院での調査では、口腔アセスメントを実施した入院患者989名において、入院中の異物誤飲が4例ありました(図3)。
 各症例に共通する項目ではⅰ)75歳以上、ⅱ)嚥下障害を有している、ⅲ)認知機能低下となっています。着脱を含め自己管理が困難な少数歯の義歯を使用している場合などでは、適合状態を確認したうえで使用の適否の判断も必要かもしれません。
訪問診療における病院歯科の課題
 訪問診療での対応が困難な場合、入院下での集中的歯科治療などは病院機能を活かした有効な後方支援です。しかし、患者の療養環境や介護者、施設側の事情に大きく影響される訪問診療においては2次医療機関への紹介、受診の指示という画一的な病診連携では対応が困難なケースもあると思われます。少ない情報での判断を迫られたり、食支援という側面からも多様化するニーズに対する後方支援としては従来の病診連携では細やかな対応が十分には行えないこともあるのではと考えます。
 病院歯科にはそれぞれに地域に求められる機能が存在し、その役割も違います。訪問歯科診療の後方支援という機能において、訪問診療を実施することができる病院歯科の存在は、1次医療機関における訪問診療の治療の選択肢を増やし、地域との連携強化の一助となると考えています。

(2022年10月16日、歯科訪問診療対策研究会・特別講演より)

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