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学術・研究

歯科2023.10.01 講演

歯科定例研究会より
診療ガイドラインに沿ったう蝕治療 根面う蝕のマネジメントと歯髄保護  (2023年10月1日)

大阪大学歯学部附属病院 病院長 大阪大学大学院歯学研究科 歯科保存学講座 教授 林 美加子先生講演



 このたび、日常臨床で遭遇するう蝕治療のうち「根面う蝕」と「歯髄保護」を取り上げて、私が策定に携わっている「診療ガイドライン」に収載される最新エビデンスに基づいて解説した。
診療ガイドラインを日常の臨床に活用する
 ある疾患の治療効果について、最も信頼できる情報は「診療ガイドライン」から得られる。わが国では日本医療機能評価機構(Minds)が診療ガイドラインの集約を行っており、歯科・口腔領域でも多くの診療ガイドラインが収載されている。その中には、医療従事者向けと患者向けの両方を発信しているものや、多分野の学会が協働して作成しているものもある。
 診療ガイドラインの質・信頼性担保の観点からは、国際的な診療ガイドラインの作成ツールGRADE(Grading of Recommendations, Assessment, Development and Evaluation)に準拠して策定することは重要である。GRADE診療ガイドライン作成での重要項目は、「エビデンスの確実性」、「治療の相対的、絶対的効果」、「益(効果)と害(副作用)のバランス」、「患者の意向」、「コストパフォーマンス」である。ちなみに、今回の講演で取り上げた二つの診療ガイドラインのいずれもが、GRADEに基づいて作成していることを強調したい。
根面う蝕の非切削でのマネジメント
 2022年10月に日本歯科保存学会から発行された「根面う蝕の診療ガイドライン-非切削でのマネジメント」では、人生のステージで変化するう蝕リスクに対応し、非切削でのマネジメントを実現するためには、一人ひとりの口腔状態を、う蝕が発生しにくい環境に整える、いわゆるバックグラウンド・ケアを実践することが重要であり、かかりつけ歯科医による定期的なチェックアップが欠かせないことを強調した。
 本診療ガイドラインで取り上げたクリニカル・クエスチョン(CQ)と、それぞれに対する推奨は以下のとおりである。

CQ1 活動性根面う蝕の進行抑制に、フッ化物配合歯磨剤とフッ化物配合洗口剤を併用すべきか。
推奨:明らかなう蝕進行抑制効果があり、副作用はないものの、患者のコンプライアンスが必要である。これらを総合的に判断して「強い推奨」とした。
CQ2 う蝕ハイリスク患者の活動性根面う蝕の進行抑制に、高濃度フッ化物配合歯磨剤(5,000ppmF)を使用すべきか。
a:セルフケアできる場合、b:セルフケアできない場合
推奨:明らかなう蝕進行抑制効果があるが、5000ppmF歯磨剤は日本の薬機法で認可されていないため、簡単に入手できないことより、「弱い推奨」となった。
CQ3 活動性根面う蝕の進行抑制に、38%フッ化ジアンミン銀製剤を塗布すべきか。
推奨:強いう蝕進行抑制効果があるが、歯質が黒変することより、患者および家族が了承された場合のみ、条件付きでの「強い推奨」とした。

 一方、切削・修復治療が必要な局面では、歯肉縁上で防湿が可能なう窩にはコンポジットレジン修復が第一選択であり、歯肉縁下で防湿が困難なう窩には、マルチイオン徐放型グラスアイオノマーセメントを推奨している。
歯髄保存の診療ガイドライン策定
 近年の基礎および臨床研究において、歯髄が生物活性と再生能力が高い組織であることが明らかになってきたことを背景に、世界的に歯髄保護の概念が大きく変わりつつある。 現在、日本歯科保存学会と日本歯内療法学会が協働で「歯髄保護の診療ガイドライン」を作成しており、今回は、深在性う蝕の除去、暫間的間接覆髄、直接覆髄、断髄に焦点を当てて、最大限の歯髄保存について世界的な情勢もふまえて探究した。
 現在、以下に挙げる四つのクリニカル・クエスチョン(CQ)について、まもなく学会から発信する予定である。

CQ1 深在性う蝕に対するコンポジットレジン修復に裏層は必要か?
CQ2 露髄の可能性のある深在性う蝕に対して暫間的間接覆髄を行うべきか?
CQ3 感染歯質除去後の露髄への直接覆髄に、MTAと水酸化カルシウム製剤のどちらを使用すべきか?
CQ4 う蝕により露髄した永久歯の断髄に、MTAと水酸化カルシウム製剤のどちらを使用すべきか?

 CQ1および2では、「コンポジットレジン修復に裏層が必要ない」と「暫間的間接覆髄を行うべき」について、「強い推奨」でまとまる方向で進んでいる。一方、CQ3およびCQ4のMTAによる直接覆髄と断髄について、いずれも良好な治療成績が示されているものの、高価なMTAが「コストパフォーマンス」の観点で推奨に影響する可能性がある。
 う蝕予防は、人生の早い段階から予防の習慣を定着させ、生涯にわたって「健口」を維持するための入り口である。また、MIコンセプトによるう蝕治療は、口腔疾患の重症化予防の基本である。これらを十分に視野に入れて、口から全身の健康を守る役割を果たして参りたい。

(2023年10月1日、歯科定例研究会より)

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