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学術・研究

歯科2023.11.03 講演

歯科定例研究会より
高齢者の咀嚼・嚥下障害と義歯治療(2023年11月3日)

大阪歯科大学 高齢者歯科学講座 専任教授 小野 高裕先生講演

 以前の義歯患者は比較的元気で、適切な義歯を装着すれば自然に口腔機能が回復する場合が多かったように思われる。しかし、最近は超高齢者が増えたために、まず健康状態や認知機能が低下し、中には義歯だけでは解決しない咀嚼・嚥下機能障害を持つ症例も少なくない。
 したがって、義歯治療を行うにあたっては、従来のように歯の欠損や補綴装置のタイプで分類する治療体系に加えて、咀嚼障害や嚥下障害の程度や種類(原因疾患)も十分考慮する必要があり、そこでは義歯治療のテクニックだけでなく咀嚼・嚥下機能に関する検査と診断が重要なポイントになってくる。
1.咀嚼・嚥下障害のリハビリテーションにおける義歯治療の意味
 全身状態が健常な義歯患者においては、歯列欠損を義歯で補うことによって、固有口腔と咬合面の形態と上下顎間の咬合支持が回復し、咀嚼・嚥下機能の改善効果が得られる(図1)。
 したがって、義歯(特に全部床義歯)の各部に適切な形態と咬合関係を与え、機能時に維持・安定の良い義歯を提供することが、歯科医師の責任であることは言うまでもない。
2.リハの現場で義歯が合わない理由とその対策
 リハビリテーション病院や高齢者施設などで義歯治療を行う場合、まず「合わない義歯」を調整・修理する頻度が高い。もともと「合っていた義歯」が合わなくなる理由としては、残存歯列や顎堤の変化だけでなく、患者自身の口腔機能低下の影響が見落とせない。
 特に、もともと「合っていなかった義歯」の場合で、患者が健康な時は何とか使いこなせていたが、全身状態の低下によりそれができない状況になったという症例は少なくない。床縁や研磨面(歯肉、口蓋など)の形態が不良のために、咀嚼時に不安定になる全部床義歯はその典型例である。
 「義歯が外れやすい」からと言って、粘膜面の不適合だけを修正するのではなく、上記部位の不適合をチェックし、必要に応じて修正する必要がある。
3.舌接触補助床はどんな症例に有効か?
 脳血管障害の後遺症や神経疾患、口腔中咽頭がんの術後、あるいは廃用による口腔機能低下から咀嚼・嚥下障害を生じている症例においては、義歯による口腔機能形態の回復がただちに機能回復に結びつくわけではなく、リハビリテーションにおける「治療的アプローチ」(機能訓練など)や「代償的アプローチ」(嚥下法や食形態の調整など)が必要になる(図2)。
 義歯の装着自体も「代償的アプローチ」の一種であるが、舌機能が低下して咀嚼・嚥下・構音時に口蓋との接触が十分得られない症例では、さらなる「代償」として上顎義歯の口蓋部を厚くする「舌接触補助床(PAP)」が有効となる場合がある。
 PAPの適用を判断する場合は、臨床症状の他に、舌圧検査の舌筋力の低下やパラトグラムによる舌と口蓋との接触状況の評価を参考にする。PAPによる治療の詳細については、下記参考文献1)を参照されたい。
4.簡便な咀嚼能力測定法
 近年、口腔機能低下症の診断や義歯治療の術前・術後評価として咀嚼機能関連検査(咀嚼能力検査、咬合力検査、舌圧検査、顎運動検査など)が保険収載されているが、いずれも検査機器の導入が必要である。機器を使用せず、簡便かつ正確に咀嚼能力を測定する方法として、咀嚼能力測定用グミゼリー(咀嚼グミ、UHA味覚糖社)を患者に30回咀嚼して吐き出させ、その咬断状況(こなれ具合)を10段階で評価する「咀嚼能力スコア法」がある(図3)。
 この方法は、検査料は算定されないが、口腔機能低下症の下位症状である「咀嚼機能低下」の診断基準(スコア2以下)として用いることができる。また、咬合支持のタイプごとに「標準値」と「低価値」が設定されている。したがって、義歯治療前に患者の「噛めない」状況を把握し、義歯治療によってどこまで改善するか目標設定し、治療結果の妥当性を検証し、以上について患者に説明するなど、合理的な義歯治療を行う上で有用性が高い。
5.咀嚼能力検査を臨床に活かすために
 わが国の歯科治療における咀嚼機能関連検査の導入は、世界的に見ても先進的な取り組みとして注目されているが、その普及率はまだ低いレベルに留まっている。その原因は、機器導入にかかるコスト、検査料(点数)の低さ、検査の煩雑さなどが挙げられるが、最も重要な原因は、検査によって医療者と患者の双方にどのようなメリットが得られるか、結果的にどのように患者満足度に結びつくのかが明確にされていないことではないだろうか。
 この点においては、検査の開発に関わった産官学それぞれの立場からの情報提供が望まれるし、アカデミアに身を置く筆者としては検査の意義についてさらなる臨床研究が必要であると考えている。咀嚼グミを用いた咀嚼能力測定法に関しては、前項で書いたように義歯治療においてどのようなメリットがあるかが明らかにされているので、下記参考文献2)を参照されたい。

参考文献
1)小野高裕、阪井丘芳監著.新版開業医のための摂食嚥下機能改善と装置の作り方 超入門.クインテッセンス出版、2019.
2)小野高裕、増田裕次監著.成人~高齢者向け咀嚼機能アップBOOK.クインテッセンス出版、2018.

(2023年11月3日、歯科定例研究会より)


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