歯科2025.08.24 講演
歯科定例研究会より
これからの摂食嚥下リハビリテーション(2025年8月24日)
東京科学大学大学院 医歯学総合研究科 医歯学専攻 老化制御学講座 摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授 戸原 玄先生講演
摂食嚥下リハビリテーションは数十年引き続く超高齢社会に相対する際には避けては通れない課題であり、歯科医療従事者にとって重要な知識やスキルであることには異論はないと思う。しかし問題となるのは、卒前教育でコマ数が割かれるようになってから日が浅いこと、さらにはすべての大学で臨床現場を見せられる体制にないことがある。つまり、誤解を恐れず言うと聞きかじったことしかないのに患者さんをみることになる、やったこともないのに多職種連携をとらねばならなくなることが課題である。
基本的な部分に加えて、研究から得られた知見の中で使いやすいものを紹介する。
キツネ?ハリネズミ?
まずはこちらの絵をご覧いただきたい(図1)。何が言いたいのか?と思われるかもしれないが、左はキツネとハリネズミの絵である。それぞれの動物がどんな動物なのかお分かりだろうか? 自分も詳しいわけではないので、誤りがあった場合にもご容赦いただきたいが、まずはハリネズミから。
ハリネズミはどんな動物?と聞かれて、足が速いとか、頭がいいとか、実は飛べるとか、そのような特徴を思い出す人はいないであろう。おそらく共通して"背中の針を立てる"だと思う。しかし、背中の針を立てる、ということだけで生き残っている、一芸を極めた動物といえないだろうか。
それに対してキツネはいかがであろう。ハリネズミのような一芸は思い当たらないが、毒のあるエサは決して食べないとか、雪上で歩くときに足跡をごまかすとか、その場にあった課題を解決する能力に長けている感じがしないであろうか。しかし表皮が固いとか、強烈なにおいを出すなど、一芸があるわけではない。
で、である。われわれ歯科医療従事者に置き換えた場合、いずれであろう。歯科の中では専門性の高いほうがハリネズミ、GPがキツネ、のように思えるかもしれないが、摂食嚥下のような問題を考える場合にはわれわれはハリネズミであると言わざるを得ない。口腔はプロ、それ以外はよく知らない、と。
そうではなく口腔はプロであるがそれ以外のことも浅いけれども意外と知っている、たとえば疾患、薬剤、栄養、ポジショニング、呼吸、社会資源などにも多少の知識があることで、多職種連携が極めて円滑になりえる。つまりわれわれがキツネハリネズミ的な人であれば摂食嚥下、多職種連携という課題は対応しがたい問題ではなくなるわけである。
体の麻痺の片側性と両側性
まずは、キツネ的な要素のために体の麻痺のことを少し知っていただきたい。脳卒中は要介護状態の原因疾患になりやすく、同時に嚥下障害の重大な原因疾患になりえる。では、脳卒中になったら必ず嚥下関連筋が麻痺するのか? それを考える際には片側性支配、両側性支配という分け方を知る必要がある(図2)。左側の大脳が右半身を動かす、右側の大脳が左半身を動かす、というのはおそらくお分かりいただけると思う。バッテンのように体を支配しているということであり、こういった大脳からの神経支配を片側性支配という。
それに対して、左の大脳から左右に、それと同時に右の大脳からも左右に神経支配が及んでいる部位もある。これを両側性支配というが、これはかなりの差がある。つまり、片側性支配の部位にある筋肉は片側の麻痺が起きやすいのに対して、両側性支配部位の筋肉は左にしろ右にしろ、片方の大脳に脳卒中が起きたとしても、反対側の大脳が生きていれば動く。つまり生きているほうの大脳から両側に神経が行くからである。
そして片側性支配にある筋肉と両側性支配にある筋肉は異なっており、手足は片側性支配である。それに対して、のどの筋肉、咀嚼筋は両側性支配の筋肉である。つまり、片方の大脳に障害があるだけで麻痺がおこる筋肉ではない。そのため、片側性で初回の脳卒中後の嚥下障害の多くは6カ月後には消失しやすいと考えられている。このようなことを知っていただくだけでも患者さんを診察するときに大きく役立つのではないだろうか。
口腔リハビリの最新知見
次いでよりハリネズミ的な要素を伸ばすための研究の知見を紹介する。過去に行った研究で、口を本気で10秒程度開け続ける、というのが嚥下機能を改善することを示した。開口筋が舌骨上筋であるためである。この筋トレは極めて臨床場面で役立つので覚えておいていただきたい。
さらに、そのような口を開ける力や舌圧と、身体との関連性を見たところ、骨格筋よりも体幹筋のほうが、関連が深いことも示された。体幹筋は片側性支配ではなくて両側性支配が優位であることも考えると、妥当な結果であるといえる。
加えて、要介護状態にある方がどの程度離床すべきかを調べたところ、1日あたり4時間離床できていたら骨格筋、6時間離床できていたら体幹筋を保ちやすいことも分かった。
つまり、嚥下が悪い患者さんに対して単に口腔周囲のリハビリを行えばよいというものではなく、もしも片側性でなおかつ初回の大脳の脳卒中後であれば、焦ってリハビリするよりも待てばよいし、嚥下のリハビリが必要な場合にも離床と併せて進めるほうが効果的である。
キツネハリネズミ的な歯科医師が今後増えることを期待したい。
(8月24日、歯科定例研究会より)
図1 キツネ?ハリネズミ?
図2 片側性支配?両側性支配?











