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兵庫保険医新聞

2010年9月25日(1634号) ピックアップニュース

医師からプロ囲碁棋士へ 三田市出身 坂井秀至さんが新碁聖に

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(写真左から)
森下順彦理事、坂井秀至新碁聖、
父親の孝至先生、母親の寿子さん。
タイトル獲得に「親の私たちも
驚いています」(寿子さん)

坂井新碁聖と父・孝至先生を森下順彦理事がインタビュー

碁聖……囲碁界7大タイトルの一つ。トーナメント戦優勝者がタイトル保持者に手合五番で挑戦する。7大タイトルは他に、棋聖、名人、本因坊、十段、王座、天元がある。

 三田市出身で医師免許を持つ囲碁プロの坂井秀至(ひでゆき)さん(37歳)が、第35期碁聖戦で張栩(ちょうう)碁聖を3勝2敗で破り、初タイトルを獲得した。坂井新碁聖と、父親の坂井孝至(たかゆき)先生(三田市・坂井産婦人科、協会会員)に、保険医協会の北摂・丹波支部長で関西棋院三田市支部長でもある森下順彦理事がお話を伺った。


 森下 このたびは碁聖タイトル獲得、おめでとうございます。
 坂井秀至新碁聖(以下、碁聖) ありがとうございます。多くの方々に支えられた結果ですので、感謝の気持ちでいっぱいです。
 森下 関西棋院から29年ぶりのタイトル獲得で、しかも三田市出身ということもあり、大変うれしく思っています。坂井プロがまだ小さいときから存じておりましたが、なんだか、はるか彼方の人になってしまった感がありますね。
 碁聖 いえいえ、とんでもないです(笑)。
 坂井孝至先生(以下、坂井) おおげさですよ。でも、夫婦で子どもに囲碁を教えたことを後悔したこともありましたが、タイトルをとることもでき、今はよかったかと安堵しております。

京大病院辞め28歳でプロに
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プロ棋士になろうか お医者さんか―。
「天才少年」と報じられた小5の頃。
37歳の新碁聖は、今も高みをめざし続ける
(写真は「サンデー毎日」1984年7月22日号、
孝至先生提供)

 森下 坂井プロは京都大学医学部を卒業し医師免許をとられ、研修医として京大病院への就職も決まっていました。なぜ、プロ棋士の道を選ばれたのですか。
 碁聖 もともと囲碁を始めたきっかけは、私が小学校1年生のときに父が入門から手ほどきしてくれたことです。囲碁を始めてからは、小学生名人を目標に、どんどんのめり込んでいきました。
 坂井 私が自宅にプロ棋士を招き囲碁を習っている様子を横で見ている息子を見て、教えてみようと思ったのが始まりです。1年くらいで私を越えましたね。小学5年生の時には大人の大会で兵庫県本因坊となり、全国的にも注目され始めました。その後、藤沢秀行先生のプロ棋士研究会にも参加させていただくようになりました。
 森下 小さい頃は、まだプロになるとは思っていなかったのですか。
 碁聖 プロへの意欲はありましたが、一方で父のあとを継いで産婦人科医になろうとも思っていましたので、ずっと踏ん切りがつかないままでいました。
 坂井 プロになる人の多くは高校や大学に進学しません。しかし、いくら小学生のときに強くても、その先伸びるかどうかわかりません。決心がつかないまま、勉強と囲碁の両方を続けた格好です。
 碁聖 プロ入りを強く意識し始めたのは、京大の学生時代の終わり頃に棋力がぐんぐん伸びていく手応えを感じた時でした。卒業後、京大病院での研修も決まっていましたが、プロ活動と医業の両立がとてもできそうにないことがわかりました。でも、囲碁への思いを捨てることができなくて。家族にも相談したところ、「挑戦してみたら」との後押しをもらい、プロとして専念していくことを決意したのです。
 坂井 医師免許をとった時は、プロになっても普段は研修医として働いて、あいまを見てプロ活動をすればいいかと思っていたのです。しかし、研修医は朝の7時から夜の12時まで働きずくめで、30時間連続勤務もあるという現実に直面したんです。考えが甘かったわけです。
 森下 研修医の労働環境は、現在も過労死が出るなど問題になっていますね。
 坂井 改善しないといけない問題だと思います。そして、ある日の朝7時、病院にいるはずの秀至が急に三田市の自宅に戻ってきたんです。「医師免許をとるまで医学の勉強で囲碁に専念できなかった。一度、棋力の限界を知るまで囲碁に打ち込みたい」と。びっくりしましたが、まぁ、これも人生かと思って。私からも、秀至が入局してお世話になっていた京都大学産婦人科の主任教授にお詫びの手紙を書きました。教授も、秀至が研修医になるとき「ホンマに囲碁を捨てていいのか」と思ってらっしゃったみたいです。

碁聖戦第4局、かど番から逆転

 森下 28歳でプロ入りしてから9年、ついに念願の初タイトル。これまでの道のりは苦労や努力の連続だったことと思われますが。
 碁聖 プロ入り後は基本的に碁に勝つことだけを考えて生活してきました。勝つためには体力も必要なので、毎日5キロ、武庫川沿いをジョギングしています。これまで大事な対局での勝率は非常に悪かったので、苦労の連続でしたね。
 森下 今回の張栩プロとの碁聖戦も大変だったのではないですか。
 碁聖 そうですね。7月20日の第3局に敗れ、1勝2敗で崖っぷちに立たされてしまいました。しかし、かど番で迎えた8月19日の第4局まで約1カ月と、少し時間的に余裕がありました。この間に作戦の練り直しをして、気持ち的にもリフレッシュすることができ、おかげで第4局、第5局とも比較的納得のいく内容の対局ができたんです。
 森下 坂井先生と坂井プロ、互いの印象をお聞かせください。
 坂井 秀至は、仕事で出かける時以外はほとんど碁の勉強に費やしているようです。辛抱強く、家族思いで温厚な性格だと思いますよ。
 碁聖 父は産婦人科医ということもあり、私が子どものときから仕事で毎日忙しく、一家の大黒柱として頑張ってくれている印象を持っていました。囲碁をはじめるきっかけを与えてくれた〝恩師〟でもあり、とても感謝しています。
 森下 本日はお忙しいところ、ありがとうございました。今後ますますのご活躍を期待しております。

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