兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2010年10月25日(1637号) ピックアップニュース

談話 医療産業都市+「新成長戦略」の危険な道に歯止めを

 神戸市が医療産業都市として、ポートアイランドに医療関連産業の集積を進め10年以上が経過した。経済の活性化、雇用の創出、ひいては神戸市の財政の安定化を目ざしたもので、端的にいえば企業の医薬品開発、医療機器・技術の開発に市や国を挙げて援助しようというものだ。運営がしやすいように特区を設定し、あらゆる面での規制緩和を行い、開発への障害となるハードルを下げて企業を後押しした。
 そのなかで、先端医療センター病院が60床で作られた。医療産業都市のけん引役として、中央市民病院の出店のごとく設立されたセンター病院は、実験段階の医療を臨床に持ち込むことを目的の一つとしている。この時点で、開発研究の後方病院として、市民に知らせないままに中央市民病院の移転が決まっていた。移転論議はあくまでアリバイ的なものだった。
 もう一つの開発エンジンとして、2008年当時の経済産業省の認可と補助を得て、神戸インターナショナル・フロンティア・メディカルセンター(KIFMEC)の設立が計画された。ここは生体肝移植や内視鏡手術に特化した病院だ。
 このような状況に目をつけた民主党政権は、「新成長戦略」に医療を取り込む方針を神戸から発信した。医療観光、医療ビザという言葉に象徴されるように、国家戦略として「外国人の富裕層をターゲットにした医療ツーリズム」を展開しようというのだ。これは、医療産業都市計画を丸呑みにした形だ。その舞台が、先端医療センター・KIFMEC、そして移転してくる中央市民病院なのだ。
 私たちが市民病院に期待するものは、安全性が確立した標準医療だ。決して実験的医療ではない。加えて指摘するならば、神戸市の予算で新中央市民病院とKIFMECを含む医療の開発・実験のための多くの施設を、ポートライナーの駅を中心にデッキでつなぐという計画も看過することができない。
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 問題点を整理する。
 (1)民主党の新成長戦略は、医師不足を含む医療崩壊を食い止める政策になっていない。
 国家的プロジェクトで企業活動を応援する一方で、低医療費政策や、病院の統廃合・公立病院改革ガイドラインもそのまま続行されている。私たちの主張している「医療による経済活性化」、すなわち介護・診療報酬制度を抜本的に改善することによって、結果として医療・福祉にかかわる多くの人々に安定した雇用を生み出すものとは、全く異なる。
 (2)医療観光(ツーリズム)は日本の医療を歪める。
 海外の富裕層、特に中国・ロシア・石油産出国の観光を兼ねた医療に対する受け皿を作ることで外貨を稼ごうというが、そのために総合特区として自由診療、混合診療、実験的医療、さらには新薬の許認可まで行えるとしている。これが進められると、混合診療の全面解禁ひいては国民皆保険制度そのものが破壊されかねない。さらに、医師・看護師をはじめとする医療従事者の偏在集中を起こし、地方での医療崩壊は一層深刻になるだろう。
 (3)移植ツーリズムは許されない。
 当初から石油産出国の富裕層向けに生体肝移植に特化した病院と想定されていたKIFMECには、大きな倫理的問題がある。一つは、国内ガイドラインでは生体肝移植については親族間で行うものとされている。しかし、外国人の場合はどうするのか、確認のしようがないことも想定される。08年国際移植学会による「臓器取引と移植ツーリズムに関するイスタンブール宣言」により、海外渡航移植の原則禁止が提言され、昨年のWHO総会でも臓器移植手術を受けるための海外渡航が原則禁止となる決議も採択されている。
 (4)神戸中央市民病院が、富裕層のための後方病院に変質する。
 病床が少なくなる、遠くなる、個室が増え室料負担が増える等々の問題はかねてから指摘してきた。しかし、これだけではない。KIFMECの建設計画で神戸医療産業都市計画の全貌が明らかになってきた。市民にとって最後の命の綱とも言われている中央市民病院、なんとその一部がこれらの成長戦略に組み入れられている。先端医療、実験的医療、海外からの患者等これらの医療において、何かトラブルがあったり長期化したりした場合、市民病院の一部が後方病院として使用されようとしている。
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 このように、民主党の「新成長戦略」、特に医療における成長戦略は危険に満ちたものだ。医療産業都市や先端医療センター、市民病院の移転、KIFMECの計画が進行しつつある神戸の地において、政策に行き詰まった民主党がしゃにむに飛びついたのではないかと想像される。
 私たちに求められていることは、医療崩壊を食い止め、社会保障を守る本来の医療再生への道を論議しつつ大きな世論を作っていくことだ。
(副理事長  武村 義人)

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