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兵庫保険医新聞

2010年11月15日(1639号) ピックアップニュース

政策研究会「民主党の成長戦略をどう見るか」 詳報 狙いは医療の市場化報

1639_02.jpg 神戸大学発達科学部
二宮 厚美教授
1947年生。経済学、社会環境論専攻。『新自由主義の破局と決着-格差社会から21世紀恐慌へ』(2009年、新日本出版社)など著書多数。

 9月25日、神戸大学の二宮厚美教授を講師に行われた政策研究会の詳報を掲載する。

国民の支持得た格差是正路線
 昨年の総選挙後の新政権は、従来の自民党を中心とする政権とは一線を画していた。
 それまでの自公政権は、小泉構造改革に象徴される「新自由主義」と呼ばれる政策をとり、社会保障の担う再分配機能を縮小・解体させた。「新自由主義」は市場における自由競争の結果に政治が極力介入しない。労働者の賃金など、最初に市場を通じて配分される第1次所得はそのままにされる。
 しかし、それでは、強い者、能力のある者は高い所得を得るが、失業者や高齢者といった弱い者や市場にアクセスできない者は十分な所得が得られず、不公平や不平等が生じてしまう。実際に日本の所得格差は、小泉構造改革以降拡大し、OECD諸国の中ではアメリカに並ぶものとなってしまった。
 新政権が画期的だったのは、こうして生み出された格差の是正を行うという路線を打ち出したことだ。この路線が昨年の総選挙で国民に支持された。
 例えば、こども手当の創設、診療報酬の若干の引き上げ、農家の個別所得補償、公立高校の授業料無償化などは、所得の再分配機能を強化する政策である。先生方も期待をしたのではないか。

財源を消費税に求めた菅政権
 しかし、所得の再分配を行うためには財源が必要だ。当初は財源はあいまいで、新政権は、さしあたり消費税増税はしないという立場をとってきた。
 しかし、予算編成の問題にぶつかり、09年の総選挙でマニフェストに書いた政策が実施できなくなった。
 そこで、消費税増税を行うというのが菅政権である。財源を消費税増税に求めたことが鳩山政権と違うところだ。しかし、この路線も参議院選挙で国民に拒否された。これでは、来年度の予算編成は、自公政権以来の緊縮財政に戻すしかないだろう。
 菅政権は消費税増税を打ち出したが、これは所得再分配としては、水平的所得再分配である。所得再分配は必要だが、垂直的でなければならない。「垂直的」というのは富裕層や大企業などお金のあるところからお金を吸い上げて、一般の国民に向かってお金を流すものだ。
 しかし、消費税増税では全体としては、国民全体からお金を吸い上げるという「痛み分け」型の所得再分配になってしまう。

市場化で作る「強い社会保障」
 菅政権が掲げる「強い財政、強い経済、強い社会保障」というスローガンであるが、「強い財政」というのは、消費税を増税して大きな財源を確保するということだ。そして、この「強い財政」を使って、「強い経済」と「強い社会保障」をつくるということだ。「強い経済」のために政府が行おうとしているのは、法人税の引き下げだ。
 では、「強い社会保障」とは具体的に何をさすのか。もちろん、自公政権によって壊された社会保障制度を、それなりに再生させることも含んでいるが、それだけではない。「強い社会保障」を実現するために、企業に社会保障分野への参入を行わせるというのが政府の方針だ。
 参議院選挙で、消費税増税に当面、歯止めがかかったので、どのように「強い経済と社会保障」を築いていくのだろうか。法人税の5%減税は行うだろう。しかし、そうすれば、社会保障にまわすお金がなくなってしまう。
 だから、社会保障を経済成長戦略に包摂して、市場規模を大きくしていくというのが、政府の方針だ。具体的には社会保障に関わる保育サービスや介護サービス、医療サービスを市場で売り買いすることになるだろう。

企業要求受けた「新成長戦略」
 政府の新成長戦略は、経団連が発表したものと構成も中身もうり二つだが、中心となって作ったのは経済産業省だ。
 経済産業省、以前の通商産業省というのは、一物一課といわれていて、一つのモノに対して一つの課があった。それぞれの課長とその部下は、各業界団体からの出向だった。
 つまり、業界団体が国の産業政策を決めてきたのだ。これは経済産業省になった今もそれほど変わらない。
 だから、社会保障の市場化は、企業にとってのビジネスチャンスを増やすとともに、企業の社会保障負担を軽減させたいという財界の要求を政府が飲んだものであることは間違いない。

市場化は「内需拡大」のため
 成長戦略において、日本の成長を海外の購買力に依存して伸ばすのか、それとも内需に依拠するのか。
 少し前まで、リーマンショックで日本経済は散々な目にあったので「アメリカや中国向けの輸出に依存しすぎるのはいけない」「基本的には国内の需要を喚起する必要がある」というのが、支配的な議論だった。しかし、日本では賃金が低く抑えられており、大衆的な購買力が向上しないため、内需は拡大していない。
 一方、昨年の半ばくらいから、アメリカ以外の中国やインド向けの輸出が再び盛り返してきた。それで、経済界は再び外需依存の経済を志向しだしている。日本経済新聞の編集委員などは「内需依存型は無理だ」などと言いだしている。
 しかし、それだけでは、リーマン以前のバブル状況と同じ道を歩むことになってしまうので、政府は「双発エンジン」という言い方で、言葉の上では内需を重視する姿勢も見せている。
 それで、成長戦略では、国内向け産業でそれなりに期待できそうなところを起爆剤として位置づけている。一つは、環境ビジネスで、もう一つがヘルスケア産業だ。そのためには医療の市場化が必要になる。市場では原則として自由に価格が設定されなければならないため、自由診療を拡大する必要がある。それで、経団連は「混合診療の解禁」を主張しているのだ。50兆円の医療市場をつくるというのが菅政権の目標だ。

「経済成長」とは
 「経済成長」という概念はGDP、つまり市場で取引される金額を拡大させることであって、お金で取引されない分野、社会保障制度の発展具合などは計れない。
 一橋大学の学長を務められた経済学者の都留重人氏は「日本の経済成長を2倍にするには、主婦が家事を隣の家でして賃金を得、その賃金で隣の主婦に自分の家の家事をしてもらえばよい」と言っていた。つまり、家事労働に賃金を媒介させれば、同じことをしていてもGDPは増えるということだ。

市場化で支出を抑制
 これを踏まえれば、政府が成長戦略の中に医療を入れたというのは、医療を市場化するということだ。
 財源をたたかれて菅政権は、財政支出の総枠を圧縮して緊縮財政を行う。社会保障予算は幸いにも1割削減を行わない方針だが、緊縮財政に変わりはないし、市場化は進められる。
 社会保障の市場化は、地域主権改革と一体で行われるだろう。本来、国が行うべき社会保障サービスを自治体に丸投げしていくことになるだろう。
 この動きの実験台が保育制度である。来年度からは、日本から保育所と幼稚園がなくなり、「こども園」になる。この「こども園」は、各家庭が学習塾のように自由に選択することになる。ただ、実費を負担するのは大変だからという理由で、国や自治体がその一部を補助するという方針だ。
 もう一つは、補助をどれほど手厚くするのか、「こども園」の整備をどこまで進めるかは自治体に任され、その財源として、一括交付金が国から交付される。また、こども手当を使ってもかまわないことになっている。実施されれば、自治体ごとに保育分野にまるで違った状況が出現する。
 最終的には、国が責任を持つ義務教育を廃止し、人件費も含めて一括交付金を自治体に交付する形にしてしまえば、どういった学校教育をするのかを各自治体で決めることになるのではないだろうか。
 医療でも、政府は同じことをしようとしている。国保を広域化して後は自治体に任せる。

三つの評価軸
 今後、民主党の政策をみる上で、三つの評価軸を持つ必要がある。
 1点目は、所得の再分配を垂直型で行うのか水平型で行うのかである。例えば、水平型の典型である消費税の15%への増税で財源を得ることになれば、同じ100万円を使っても85万円しか使えないことになる。これでは、消費は冷え込んでしまう。経済を縮小させる可能性が高い。経済が縮小すれば、他の税収も縮小してしまう。
 これに対し、垂直型の再分配を行えば、金あまりの大企業や大資本家の使い道のない資金を、中小企業や一般消費者に配分し、国内需要を刺激する。
 経済学の常識では、不況時には銀行や大企業、大資産家に金が貯まる。景気が冷え込めば、企業の資金需要は低くなるし、資金需要が必要な企業は倒産の恐れがある。だから、金融機関は企業に金を貸せなくなる。また、最近では、大企業は大量の現金を抱えており、銀行に金を借りる必要がなくなっている。だから、銀行や大企業の抱える大量の資金を、再分配の原資にすることは可能である。
 2点目は、提供される社会サービスの現物給付が守られるのかということだ。これは医療で言えば、窓口負担を払えば、いつでもどこでも医療が受けられることを保障するものだ。これを、菅政権は現物給付ではなく現金給付にしようとしている。
 3点目は、増税が必要だということをはっきりさせるということだ。菅政権は消費税増税を訴えたが、国民の中には、医療や介護を充実する際に公共事業などのムダを見直したり、行政を効率的にしたりすれば、増税は必要ないという議論がまだ残っている。これは、間違いだ。
 参議院選挙で、消費税増税をしなくても公務員を減らせば大丈夫だと訴えた「みんなの党」が大勝したのは、そうした国民感情をうまく利用した結果だ。しかし、与謝野馨氏が言っているように、これは「デマ」だ。公務員の給与は、年間5兆円。それをどれだけ削減しても、40兆円の赤字を穴埋めすることは無理だ。増税が必要なのははっきりしているのだ。その上で、消費税なのか、他の増税なのかという議論をしなければならない。
 参議院選挙で負けた政党の教訓は、ここをはっきり示さなかったことだと思う。増税が必要だという前提にして、国民に消費税なのかそうでない税なのか選択肢を明確にしなければならない。

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