兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2011年4月25日(1653号) ピックアップニュース

兵庫県医師会 川島会長、西田副会長インタビュー 新成長戦略と医療ツーリズム

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(右から)西田県医副会長、武村副理事長、池内理事長、川島県医会長、郷地理事、加藤副理事長(3月9日、県医師会館)

川島龍一兵庫県医師会会長
西田芳矢兵庫県医師会副会長

[インタビュアー]
池内春樹理事長、武村義人副理事長、加藤擁一副理事長、郷地秀夫理事

 神戸市が進めてきた神戸医療産業都市構想は、国の「新成長戦略・医療ツーリズム」によって、大きな転機を迎えようとしている。総合特区へのプロジェクト申請など、着々と進む神戸を舞台とした医療ツーリズムに警鐘を鳴らす兵庫県医師会の川島龍一会長と西田芳矢副会長に、話を伺った。

医療ツーリズムとは

 池内 国が進める医療ツーリズムは、どのような経緯で持ち上がった政策なのでしょうか。
 川島 医療ツーリズムの発端は、2010年の6月18日に菅政権が閣議決定した「新成長戦略」にある「ライフイノベーションによる健康大国戦略」です。この「戦略」では「2020年までの目標」として「アジアの富裕層を対象とした健診、治療等の医療及び関連サービスを観光とも連携して促進していく」と明記されています。特に経済産業省は、医療の産業化や医療ツーリズムの分野で先をいくアジア諸国に対抗するとしています。
 加藤 日本がアジアの国々と医療ツーリズムの分野で対抗することはできるのでしょうか。
 川島 医療ツーリズムでアジアに対抗しようと思えば、医療の価格が安くなければなりません。アメリカを基準に医療の価格を比べると日本は4分の1です。しかし、タイは10分の1。アジア諸国に価格で対抗することはできません。
 加藤 今、アジアで盛んになっている医療ツーリズムの現状はどのようなものなのでしょうか。
 川島 以前は、発展途上国の一握りの大金持ちが、質の高い医療を受けるため、先進国に渡航するという医療ツーリズムが盛んでした。しかし、10年ほど前から、米国の代表的な医療施設認定機関であるJCI(Joint Commision International)の認証を受けた発展途上国の外国人患者専門の病院に、先進国から患者が渡航するようになり、流れが逆になりました。JCI認証病院は、高級ホテルのようなアメニティーが整備され、医療提供体制も整っています。
 先進国から発展途上国への医療ツーリズムが盛んになった背景には三つの理由があります。
 一つ目は、国民皆保険制度がないアメリカで、民間医療保険会社が患者への保険金の支払いを少なくするために、治療費の安い海外での治療をあっせんしているためです。低価格な医療を海外に求めているのです。
 二つ目は、イギリスやカナダのように診断から手術を受けるまでの待ち時間が非常に長い国の患者が、すぐに手術を受けられる発展途上国の医療機関を利用するためです。
 三つ目は、臓器移植を受けるためです。日本の患者が海外渡航して、他国で医療を受ける最大の理由です。特に中国では、移植医療が盛んです。「改革開放」政策以来、医療予算や軍の人件費が削られたため、病院や軍立病院が、運営費用を捻出するために移植医療を盛んに行うようになったためと言われています。また、死刑囚などの臓器をつかって、移植医療を行っていると言われています。

タイでは医師不足が深刻に

 武村 仮に、医療ツーリズムが日本で盛んになると、地域医療にはどういった影響が出てくるのでしょうか。
 川島 タイでは、医療ツーリズムを受け入れているJCI認証病院は、海外に留学した優秀な医師を一般病院の5倍の給料を払って集めています。また、医療設備も最新のものを豊富に導入しています。そうした医療資源を使って、JCI認証病院は外国人に対して非常に手厚い医療を提供していますが、国民にとっては費用の面からとてもアクセスできません。ですから、タイの一般の病院では、設備もスタッフも確保できず、医療の質の低下、医師不足が定着してしまっているのです。一方で国内、私たちの兵庫県でも、医師の偏在や不足は深刻です。もし、日本で医療ツーリズムが盛んになれば、医師不足に一層拍車がかかるでしょう。

混合診療の解禁に拍車

 武村 一部の富裕層を対象にした「医療ツーリズム」を実施すれば、欲しい医療を買う余裕がある人にだけ、最新の先進医療を提供することにつながります。このような価値観は非常に危険ではないでしょうか。
 川島 そうですね。見逃してはならないのが、医療ツーリズムが混合診療の全面解禁のきっかけになる恐れがあるということです。日本に医療ツーリズムでやってくる外国人は、当然、自費診療となります。ですから、海外の富裕層が、「金に糸目を付けず」日本の医療資源を日本人よりも先に利用できるようになってしまえば、日本人のお金持ちも高額でもよいから自費で治療を受ける人が出てくると予想されます。大金持ちは、外国人と同じように完全な自費診療でも問題ないでしょうが、一般の人からは、「治療などについては自費でもよいが、せめて入院などは保険を利用したい」という人々が現れるでしょう。これが、混合診療の全面解禁に結びつくのです。もし、混合診療が全面解禁されてしまえば、低所得者層は必要な医療であっても、自費の部分が支払えず十分な医療が受けられなくなってしまいます。

医療で経済の活性化狙う神戸市

 武村 神戸市が進める医療産業都市構想は政府が進める医療ツーリズムの拠点となることが予想されます。医療産業都市構想については、どうお考えですか。
 西田 神戸医療産業都市構想は1998年に、当時、神戸中央市民病院院長だった井村裕夫先生を中心に設置された懇談会が発端です。当時は、起業支援や人材育成、トランスレーショナルリサーチを中核に据えていました。その後、スキームを少し変えて、「健康を楽しむまちづくり」というキャッチフレーズを使って、見方によれば健康であることを神戸市民に強要するという管理医療的な方向性がでてきました。結局、少しずつスキームを変えて、何とか「医療」を神戸の経済活性化のためのツールに使おうとしているのが、神戸医療産業都市構想なのです。
 武村 医療産業都市構想の一環として、県立こども病院をポートアイランドに移転させる計画や、外国人向けの眼科専門病院「アイセンター」を設立することなどが報道されていますが、とにかく医療に関するものはポートアイランドに集積させる計画が目につきますね。
 西田 はい。一部の地域に、1次からスーパー3次とも呼べるような医療機関を集約整備する必要があるのか、それによって今まで営々と築いてきた医療連携に与える影響とか、気がかりなことばかりです。
 川島 県立こども病院のポーアイ移転も「アイセンター」も、危うい構想です。免疫力の弱い子どもを対象とする病院を、先端医療を研究する施設に隣接させてはいけません。もし、バイオハザードが起これば、大変な被害が子どもたちに及んでしまうからです。欧米では遺伝子研究や治療をする施設の周囲は、病院はもちろん、住宅もないのが当たり前です。
 「アイセンター」は中国の富裕層に対し、日本の安全性の高い角膜移植のみならず、白内障や緑内障の通常の手術を行う施設にする計画です。しかし、眼科の手術は術後の感染症が問題になることが多く、海外の患者に手術後のフォローができるのかと眼科医会からも意見が出されています。それに、一番の問題は白内障や緑内障の手術が保険適用のある通常医療だということです。日本の通常医療を海外の富裕層が買うようになれば、日本の患者さんの保険適用での治療よりも、多額の報酬を払う海外の患者が優先されてしまうかもしれません。少なくとも、人材など日本の保険診療のための医療資源が海外の富裕層のために使われるのは問題です。

国際的な流れに反する移植ツーリズムの推進

-KIFMEC病院の問題

 郷地 医療産業都市構想の一環として、神戸国際医療交流財団理事長の田中紘一先生が病床数200床のKIFMEC病院(神戸国際フロンティアメディカルセンター病院)を2012年7月に開設するとしています(図)。この病院では移植ツーリズムを進めるとしていますが、非常に危険な動きではないでしょうか。
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 川島 ええ。移植ツーリズムは、腎臓移植の技術が確立されてから流行し、発展途上国では、貧しい人が腎臓をブローカーに売り渡したり、強引にドナーに仕立て上げられたりするという事例が多数発生しました。生体肝移植でも同じような問題が起こっています。日本が生体肝売買の舞台となったこともあります。肝臓移植を希望して来日したパキスタン人男性のドナーが、家族ではなく、実際はレシピエントの経営する企業の従業員だったことが判明したのです。
 これらの事態を受けて、近年では世界的に移植ツーリズムを否定する流れが大きくなっています。2008年に国際移植学会は、移植ツーリズムの原則禁止を謳う「イスタンブール宣言」を採択しました。しかし、日本政府は、一般的な医療ツーリズムではアジアの国に勝てないということで、生体肝移植を中心にした医療ツーリズムを行うとしています。政府の動きに呼応して神戸市は、年間200例中、3割を海外からの患者とする生体肝臓移植を行うKIFMEC病院の建設計画を進めているのです。
 郷地 移植医療を礼賛して、とにかく進めようというムードは倫理的に非常に危険だと思います。
 西田 そのとおりだと思います。日本移植学会倫理指針では生体臓器移植について「健常であるドナーに侵襲を及ぼすような医療行為は本来望ましくないと考える。特に臓器の摘出によって生体の機能に著しい影響を与える危険性が高い場合にはこれを避けるべきである」としています。実際に、合併症はもちろん、2003年8月には日本でもドナーの死亡例があります。生きている人の臓器を切り取ることが医療といえるのか、よく考える必要があります。生体肝移植は、あくまでも、緊急避難的な措置であるはずです。そうした医療を医療産業都市の中核に据えるのは、おかしいのではないでしょうか。

「総合特区」の問題点

 池内 医療産業都市構想をさらに進めるため、神戸市は国の「総合特区」制度に申請を行うとしています。この動きをどのようにみられていますか。
 川島 神戸の総合特区構想は、医療の安全面から考えても非常に危うい提案です。神戸市は県とともに「ひょうご神戸医療・サイエンス特区」と称する提案を国に対して行いました。最も危険なのは「高度医療に関する権限委譲」という項目です。これは「特区内で申請される幹細胞を用いた再生医療等特定分野の行動医療に関し、実施医療機関の要件も含め、その評価を特区内の自治体がもうける第三者審査機関がおこなうこととする」としています。つまり、県と神戸市が推進する高度医療を、県と神戸市のもとに設置した第三者機関が、審査、認可するということです。実施の主体と規制の主体が同じなどというのは、医療の倫理や安全性の観点からも、もってのほかです。
 池内 兵庫県医師会はどのような対応を考えているのですか。
 川島 県と市の提案はあくまでも国が制度設計のために募集した提案です。実際には、地域協議会を設置して、協議した上でないと、県や市は総合特区提案を申請することはできません。ですから、今後はこの地域協議会の中に私たち医師会の代表者が入って、内容を修正させなければなりません。
 池内 市民に医療の営利産業化や医療ツーリズムの問題点を知らせることも大切ですね。
 川島 その通りです。しかし、これを市民に分かってもらうのは極めて難しい。私たちは、一般の人向けに県民フォーラムなどを開催し、有名人などの発信力も借りて、住民の方々に本当のところを広く知らせていこうと思っています。
 池内 先生方のご尽力に敬意を表します。私たちも市民を巻き込んで大きな運動をつくっていこうと思います。今後ともよろしくお願いします。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。
 

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