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兵庫保険医新聞

2011年8月05日(1662号) ピックアップニュース

新聞部の会員訪問 十七音字に込める心の機微 川柳作家・ 大西 俊和先生の巻

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自身の句集と詩集を手に笑顔の大西先生
(診療所1階、ご夫人が開く
「ギャラリーさらさんじゅ」で)
【おおにし としかず】1944年生。63年岡山大学医学部卒、70年同大学精神科入局、75年神戸西市民病院神経内科勤務、79年大西神経内科医院開業、現在に至る。現代川柳「かもめ舎」同人。甲南カルチャー「現代川柳教室」講師など  現代川柳作家として活躍し、月刊保団連「ドクター川柳」の選者でもある西宮市の大西俊和先生を、岡山大学精神科の先輩でもある湯之上茂姫路・西播支部副支部長が訪ねた。

 現代川柳作家として活躍し、月刊保団連「ドクター川柳」の選者でもある西宮市の大西俊和先生を、岡山大学精神科の先輩でもある湯之上茂姫路・西播支部副支部長が訪ねた。

川柳作家・時実新子に師事

 湯之上 保団連雑誌「月刊保団連」で昨年から「ドクターのつぶやき川柳」が始まりました。選者をされていますが、どうですか。
 大西 ドクター川柳は、今年3月号で、1年間の投稿作品から「年間大賞」を選ばせていただきました。医師・歯科医師の先生方が、日常診療の中でひとりの人間としての視点から作られた作品が多く、すばらしいと思います。
 湯之上 実は、私もペンネームでときどき投稿させていただいており、お名前を拝見し、久しぶりにお会いしたいと思っていました。先生が川柳を始められたきっかけは何ですか。
 大西 小学校のときに書いた詩です。勉強は苦手でしたが、たまたま書いた詩を先生にほめられてから、我流で作るようになりました。文芸として習い始めたのは、1977年、神戸西市民病院にいたときです。脳外科の千原草之先生から俳句を習いました。
 湯之上 私も文芸をかじっていましたので、その頃から大西先生が活発に投稿をされ、入選されていたのをよく覚えています。俳句から、どうして川柳へ?
 大西 90年に尼崎で、俳句ラリーという、猪名川沿いを歩きながら俳句を作るイベントに参加したとき、世話役をしている方に「川柳も面白いよ」と誘われたのが、きっかけです。その方の先生、川柳作家・時実新子先生が講師をされている神戸新聞文化センターの川柳教室へ月1回通うことになりました。作って持参した3句を先生が皆の前で添削してくださいました。
 湯之上 時実新子さんは全国でさまざまな選者をされ、本もお書きになった優れた川柳作家ですね。亡くなられたのが残念です。
 大西 本当に魅力的な先生でした。私は飽き性なんですが、その教室をきっかけに川柳仲間ができ、句会に参加し、わいわいと川柳について話すのが楽しく夢中になりましたね。先生と仲間に恵まれたおかげで、20年間も続けてこられました。

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聞き手 湯之上 茂 姫路・西播副支部長
震災をきっかけに句集を出版

 湯之上 句集も出されているんですね。
 大西 95年の阪神・淡路大震災で西宮市も大きな被害を受け、平和で一見退屈な日常の大切さに気づかされたことがきっかけになりました。震災から1年経ち、自分のこれまでの創作に区切りをつける意味を込めて、新子先生に句を選んでいただき、句集を作ることができました。
 湯之上 「恋法師」というタイトルがいいですね。
 大西 これも私の句からとっています。まだ若かったので甘い恋の句が多いですね。

起きあがり小法師のような恋法師
君は薔薇僕はふわふわかすみ草
負けるものか地震の街に梅香る

自然を詠む俳句 自分を詠む川柳

 湯之上 俳句と川柳はある意味、似ていますよね。川柳の方が自由に詠めるものと捉えていますが。
 大西 もともとどちらも室町時代の俳諧の連歌から生まれた、5・7・5の定型詩なので、似ていて当然です。違いは「川柳には季語や切れ字などの決まりはない」くらいで考えていただいていいと思います。最も大きな違いは、詠む対象です。俳句は「吟行」と言い、自然を見て、自然から受けるものを描写しますが、川柳は自然に限りません。江戸時代に始まる古川柳は、社会を風刺するものでした。
 湯之上 「川柳」という言葉のきっかけになったのは、古川柳の選者・柄井川柳ですね。今も「サラリーマン川柳」などで社会を風刺する川柳はありますが、先生の句は違うのですか。
 大西 はい。現代川柳は、自分の内面を見つめます。自分が感じたことを自分の言葉で5・7・5のリズムにするのです。「ドクター川柳」でも、自分の内面を対象とした作品が加わると素敵だなと期待を持っています。今日も夏をテーマに数句作ってきました。

花火大会みんな子供の目に戻る
生かされて今年も浴びる蝉時雨
入道雲よ日焼け小僧を憶えているか
夏の記憶を重ね男は老いていく
老夫婦二こと三こと食うスイカ

 湯之上 自然を詠むのではなく、自分の感じたことを表現するということですね。私は謡曲や能をたしなんできましたが、言葉は7・5音が多く、心地よく響くので、これは日本の中世・近代からできあがってきたものなんでしょうね。
 大西 5・7・5は日本人の心に染み付いているリズムらしく、私は農耕と関係しているのではないかと推測しています。川柳の歴史や楽しみ方など「月刊保団連」2010年7・8月号で詳しくまとめています。ぜひご覧ください。

いつでもどこでも十七音字で表現

 湯之上 川柳の魅力は何だとお考えですか。
 大西 自分の内面を17音字という限られた形の中で表現する面白さです。しかも、筆記用具さえあれば、どこでも手軽にできます。電車でもお風呂でもトイレでも、思いついたときにすぐできます。診療していて、患者さんが途切れたときにふっと浮かんでくることもあり、忙しい医者のライフスタイルには向いているのではないでしょうか。
 湯之上 いくつになっても続けられるのもいいですね。
 大西 そうですね。私も65歳を過ぎましたが、やはり50歳代とは感じ方も考え方も変わり、句に変化が現れてくるように思います。
 湯之上 私もたまに我流で句を作りますが、なかなかうまい句想が浮かばず難しいなあと思います。
 大西 17音字での表現は、とても奥が深いですね。内容を膨らませるよう比喩や具象を使ったり、無駄を省略したりと工夫が必要で、頭を使います。だから多分、創造脳の前頭葉、記憶を司る側頭葉、感情の中枢である大脳辺縁系、感情を判断する扁桃核など、たくさんの脳を使っていると思います。
 湯之上 なるほど。といって、考えすぎて技巧に走ってもうまい句はできず、ふっと浮かぶときに良い句ができる気がします。
 大西 ええ。最近ワーキングメモリが注目されています。プログラムに色んな言葉を入れるように、短時間だけ記憶を集めて組み立てるような仕組みが、脳にあるのではないかと言われています。必要な時だけ記憶を持ってきて、用が済んだらすぐ消えてしまう。私は川柳もワーキングメモリで作っていると思っています。おっしゃった通り、ぱっと浮かびますが、書き留めなかったらすぐ忘れてしまうんですね。ですから、私は常にメモを持ち歩き、トイレにもメモ用紙と鉛筆をぶらさげています。
 湯之上 精神科医としては、脳の働きを考えるのも興味深いですね。
 大西 そうなんです。表現することは心や脳と密接に関わっていますので、そこも魅力です。

ウェブサイトで世界中と交流

 湯之上 今は、どんな活動をされているのですか。
 大西 4年前に新子先生が亡くなり月刊川柳誌「川柳大学」が終刊となりましたので、2008年に「ゆうゆう夢工房」というウェブサイトを仲間たちと立ち上げました。川柳に興味のある方は誰でもユーザー登録して参加でき、北海道から沖縄まで200人くらいのメンバーがいて、毎月句会を開いたり、情報交換したりと活動しています。多いときには月1万のアクセスがあり、中国やアメリカ・イギリスなど海外からも閲覧いただいており、インターネットの持つ広がりを感じます。
 湯之上 診療も続けられながら、精力的ですね。
 大西 川柳の活動が忙しく、診療時間が削られていけないなと思ってるんですが…やめられません(笑)。
 湯之上 これからのいっそうのご活躍を祈念しています。本日はありがとうございました。

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