兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2013年8月05日(1726号) ピックアップニュース

新聞部の会員訪問 養父市 森田 龍親先生 仏教の精神で住民によりそう

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【もりた りゅうしん】1968年生。93年愛知医科大学卒、同年鳥取大学医学部大学院公衆衛生学教室入学、山陰労災病院にて研修。96年兄他界、翌97年大学院修了後より高野山専修学院入学、僧侶となる。その後、鳥取県立中央病院、鳥取赤十字病院、公立八鹿病院にて消化器内科医として勤務、同時に高野山真言宗妙見山日光院副住職となる。2012年住職遷化、引き続き住職拝命(親二改め龍親)、2013年日光診療所開設に至る

 医師と住職は、人間を対象とする職業として共通点がありそうだが、兼ねる人はあまりいない。養父市で開業された森田龍親先生は、同市・妙見山にある高野山真言宗・日光院の住職でもある。新聞部の岡部桂一郎監事が訪ね、開業にいたった思いや宗教と医療との関係について伺った。

兄の死がきっかけで僧侶に
 岡部 このたびはご開業おめでとうございます。受付横に木彫りの薬師如来象があり、住職の方の医院らしいと感じました。
 森田 ありがとうございます。これまで公立八鹿病院で勤務していましたが、この6月にこの日光診療所を開くことができました。
 朝お寺を出て、診療所で午前診を行い、その後地域の葬儀や法事へ行き、終えて午後診をはじめる...という生活を送っています。
 岡部 医師と住職、それぞれ重いおつとめで大変なご苦労と思いますが、なぜ二つの道の両立を選ばれたのですか。
 森田 私も28歳のときまで、住職になろうとは全く考えてもいませんでした。父は住職でしたが、寺は兄が継ぐことになっており、自分は医師になろうと決めていたからです。叔父が医師で、小さい頃から、父と叔父2人が兄弟で協力し合う姿を見ていたので、自分たち兄弟もそんな風になれればと思っていたのです。
 しかし、基礎医学の大学院4年生のとき、その兄が30歳で他界してしまったのです。
 岡部 それはおつらかったでしょう...。
 森田 前年に阪神・淡路大震災があり、兄はボランティアにかけつけ、門戸厄神で寝袋ひとつで半年間活動をしていました。私は兄の行動を尊敬し、「すごい」と言っていましたが、兄は「そうじゃない。これはやらざるをえない。できない人はいない」と言うのです。私にはその意味が分かりませんでした。
 しかし、兄が亡くなり、死を悼んで神戸からたくさんの方がお参りに来られ、兄がしてきたことの大きさを知らされました。

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聞き手 岡部桂一郎監事

 岡部 被災者の苦しみをお兄さんが受け止めておられたんでしょうね。
 森田 自己満足でなく、他者のために献身する。一番大事なことはこういうことなのだと、突きつけられた思いでした。そこから僧侶になると決め、高野山で1年間修行道場に入り、僧侶の資格をとりました。
 医療現場に戻ってホスピス、ターミナルケアで有名な徳永進先生からも学び、死を迎えるのはどういうことか、その意味を深く考えるようになりました。
 岡部 どうお考えになりましたか
 森田 病気や死には終わりというイメージがありますが、仏教で「生老病死」というように、人間は必ず年をとり、病気になり、死を迎えます。それをどう受け入れるか。立派に生き、満足な最期を送っていただけたと、ご本人にもご家族にも感じていただけるような医者になりたいという意識を持ってきました。
 岡部 私は仏教に詳しくありませんが、慈悲や仏心といわれるものなのでしょうね。すばらしいと思います。
地域の方々が気軽に相談できる医院に

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妙見まつりでの護摩法要を行う森田先生

 岡部 ご開業のきっかけは何だったのでしょう。
 森田 実は僧侶になって3年目に、父が脳卒中で倒れました。私も介護をしてきましたが、容態が悪化する中で普段の介護は母一人。それなら父を診れる施設を自分でつくろうと。それが強く開業を意識した瞬間です。
 残念ながら、父は開院を見ずに他界しましたが、自分が父にしたかったことを、患者さん全員にやっていこうと決めました。
 加えて医師不足の問題があります。私が勤務を始めた12年前と比較し、八鹿病院は約20人ほど医師が減少しており、診療科も減っております。限られた人数でのすべての医療行為においては限界がありますので、診療時間の工夫により地域の方に少しでも役に立つことができればと考えています。
 岡部 その熱意は患者さんに必ず伝わりますよ。
 森田 ありがとうございます。
慈悲を大切に患者を診る
 岡部 宗教と医療との関係をどう考えられていますか。
 森田 宗教と医療は別物のように言われますが、日本人の感覚的な、あるいは宗教的なもののなかに、医療があり、他の仕事もある。仏教の思想のなかにすべてが包含されていると思っており、それをこの医院で表現できればと考えています。
 岡部 大きな理念で宗教と医療を捉えて、両方を一体化しようということですね。私も医療はもっと総合的な視点で考えるべきだと感じてきました。私は産婦人科医ですが、出産・手術して終わりとなってしまいがちです。妊娠・出産後も続く長い一生の中で女性を捉える思想的なバックグラウンドが欠けているのではないかと感じ、今は心療内科を主にやっています。仏教との結びつきもそこにあるように思います。女性は仏教的にどう考えられるのでしょう。
 森田 難しいご質問でお答えになるかわかりませんが、鬼子母神*きしもじん*の話があります。鬼のような神様でも、母には何より深い無償の愛があり、慈悲の心はたとえると母の子に対する愛であるという話です。われわれが最も大事にすべき究極の形が母の愛ではないかと思いますね。
 岡部 今、いじめなどが問題になっていますが、心や愛情、宗教の影響があるのではないでしょうか。
 森田 そうですね。哲学者の梅原猛氏によると、日本人は、明治以前は慈悲の心をもつ仏教が根付いていたが、明治維新の際に廃仏毀釈*はいぶつきしゃく*で仏教を抹殺し、天皇を神としたため、各地域で祀っていた田の神、山の神、川の神すべてを統廃合して抹殺し、さらには戦争に負けて唯一の神であった天皇が人間宣言をし、神がいなくなった。その報いが今来ているのではないかと論じています。日本人は心のよりどころである宗教を見失ったことで次第に感謝の気持ちや愛情がなくなり、物質にそれを求めてしまうようになったのかと。

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受付横の薬師如来像前で

 岡部 そのご説明に非常に納得しました。人間全体を見られるよう、宗教的分野からも医療を見直す動きをぜひ進めていただきたいと思います。
 森田 はい。知れば知るほど深いのが仏教の世界です。仏教の究極の慈悲、母性愛を大事にして、できたばかりの診療所とともに、住民の方々のためにがんばりたいと思います。
 岡部 本日はありがとうございました。
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