兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2014年9月15日(1761号) ピックアップニュース

石巻市・からころステーション 原 敬造先生に聞く
被災者のこころとからだに寄り添って

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【はら けいぞう】1949年北海道生まれ。1978年東北大学医学部卒業、同大精神神経科勤務、79年大原総合病院清水病院勤務などを経て、88年9月仙台市青葉区に原クリニック開院。日本精神神経科診療所協会理事、宮城県精神保健福祉協会理事、震災こころのケア・ネットワークみやぎ代表理事、日本デイケア学会副理事長

 東日本大震災後、一般社団法人「震災こころのケア・ネットワークみやぎ」は、被災者のこころのケアを目的に設立され、宮城県・石巻市を中心に、多彩な精神保健活動を行っている。拠点となる「からころステーション」代表理事の原敬造先生を、加藤擁一副理事長、白岩一心理事が訪ね、お話を伺った。

 白岩 先生は仙台市で開業されて、継続的に石巻で精神保健活動に取り組んでおられます。震災後の様子などからお聞かせいただけますか。
  震災後初めて石巻市に来た時、以前住んだことのある街の変わり果てた様子に言葉を失いました。震災初期の対応は、仙台から石巻へ物資を届けることから始めました。被災者の方の話を聞きながら「眠れていますか」と声をかけたり、支援物資の一覧を見せて必要なものを選んでもらったりしました。精神科医仲間の宮城秀晃先生(石巻市・宮城クリニック)が、医院の1階が半分ほど水没したにもかかわらず、避難所になっている近くの小学校で医療活動を展開していました。こうした現状にふれ、石巻市で心のケア活動を行うことを決意しました。あれだけの災害を受けたのですから、長期的な支援体制に基づく「安心と寄り添い」が、何よりも求められています。
 加藤 石巻には震災直後に来ましたが、津波で破壊された町の姿に衝撃を受けたことを思い出します。「からころステーション」が今の活動の拠点となっているのですね。
  ええ。長期にわたる活動に備え、宮城先生たちと一般社団法人「震災こころのケア・ネットワークみやぎ」を設立しました。11年9月に石巻市のふれあいサポート事業を受託して、からだと心のケアを意味する「からころステーション」を活動拠点として立ち上げました。震災をきっかけにして起こる不安や不眠、食欲不振、過度の飲酒やギャンブルなど、心の健康問題に取り組んでいます。訪問活動を軸に、電話相談、来所相談、カフェ活動、心の健康相談会の開催などが主な活動です。
本人の「気づき」を促す支援

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聞き手 加藤擁一副理事長

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聞き手 白岩一心理事

 白岩 具体的にはどのような活動を展開しておられるのですか。
  主に仮設住宅居住者などを対象とした心の相談活動を、電話、来所を通じて行っています。またハローワークでの相談活動や、乳幼児検診を受けに来た母親を対象に心理士を派遣するなど、不安を抱えた人が集まる場所を意識しています。状況を把握し、医師につなぐ体制が非常に重要になってきます。医師による支援者の研修等も行い、サポート側の体制もより充実するよう努めています。
 従来存在していた地域社会のつながりが絶たれたなかで、いわゆるオフィスベースの「待ち」の支援では、地域・世帯に潜む課題を発見することはこれまで以上に困難と予想されます。専門職による「積極的に働きかける支援(アウトリーチ型)」を行う必要性はいっそう高いといえます。
 複数回の訪問調査などを実施し積極的に家庭に出向く中から、ようやく隠されていたニーズが掘り起こされることは、これまでの震災における支援でも経験済みです。
 「こころの健康相談」などの名称で正攻法の相談会などを実施しても、地域で埋もれがちな小さなニーズは見えにくいため、健康診断や各種講座・イベントなど多角的で多様な支援・取り組みを実施しています。避難所から仮設住宅、復興住宅へと住まいが変化する中においても、この方針は一貫して継続すべきと考えます。
 加藤 震災から3年が経過し、被災者の方にはさまざまな症状が出ているのではないでしょうか。
  ええ。不眠、不安、無気力、抑うつ、イライラなどがありますが、当初の地震のショックや余震などの不安から、今後の生活の不安を原因とするものにシフトしています。また、震災前は軽度の認知症だったのが、重度化した例も見られます。これは激しい環境の変化がもたらしたものでもあります。
 特に単身の中高年男性が問題を抱えていることが多く、しかも危機的状況でないとSOSを出さない。こうした人たちに対応するために「おじころ」という男性のサロンをつくっています。独居でアルコール問題を抱えている人が基本です。この方々とは、ここの決まり事である「飲まない、賭けない、迷惑かけない」の三つをもとに契約を交わします。今では、この取り組みを人づてで聞いたりして、問題を抱えた人を連れて来てくれる人もいます。基本的にはまず、話を伺って、病気だけでなく、孤独や失職など、その人の抱える問題を広く捉えるようにしています。現在、30人くらいを継続的にフォローしています。月1度、日曜日の11時から15時までステーションに集まり、 麻雀や将棋、スポーツや料理などに皆で取り組み、コミュニケーションを図っています。
 当然、この場から離れると再飲酒を繰り返す人もいますが、一つのモチベーションとして、一定の問題軽減につながっています。こちらからは「アルコールはだめ」と強くは打ち出しません。なぜなら、否定されると、そこで止まってしまうからです。つまり、相談の際、「飲むな」とか「やめなさい」といきなり言うのではなく、一緒に係わりながら本人の「気づき」を促していく方法で取り組んでいます。
 ステーションは子どもの遊び場としても機能させていますし、科学実験と心のケアの融合や、講演会、コンサートなど多彩な催しも行っています。
心配な生活再建の個人差
 白岩 被災地では、仮設住宅から復興住宅への移住がなかなか進まないと聞きます。
  ええ。復興住宅は必要戸数を建設中で来年度末までが目標ですが、とても間に合わない様子です。仙台などに移住した人も多く、石巻は人口16万が15万に、女川は9千が7千弱にそれぞれ減少しています。今後は遅れても復興住宅への移住が進むでしょうが、心配なのは、状況がより捉えづらくなることです。現在私どもでフォローできている人はいいのですが、仮設住宅よりも閉ざされた空間に移ることで、症状を持った人が潜在化することを危惧します。仮設住宅は安普請で、周りの騒音が気になるなどの問題はありますが、逆に他人が生活していることも実感でき、安心につながる面もあります。
 加藤 兵庫の震災後の対応でも、同じ問題がありました。
  そう聞いています。復興住宅はマンション形式のため、どうしても働きかけが困難になり、阪神・淡路大震災で起こった孤独死などが再現される可能性が高いことを危惧しています。阪神・淡路では、復興住宅ができた後に、いったん閉じた心のケアセンターを再開しました。その教訓から、幸い石巻では継続して把握する体制がとれていますが、背景としては同じ問題を抱えていると言わざるを得ません。また、住宅を再建し仮設住宅を出て行く人を送り出す側は「取り残され感」を覚え、今まで症状を訴えていなかった人が抑うつを訴えることも危惧されます。
 加藤 再建の度合いの格差が、大きな心の負担になるのですね。兵庫でも、とりわけ3年目を過ぎた頃から、再建の格差が目立つようになりました。
  小・中学生などは、今は感じていなくても成長してから問題が生じる恐れがあります。高齢者は特に悲惨で、今まで積み上げてきたことの喪失感と同時に、長期化する中で経済的にも困窮していっています。時間の経過と共に刻々と変化するニーズ・状況に応じた、迅速な対応を図れる体制が必要です。また、それらを必要に応じて継続的に実施できる支援のあり方が求められます。
 白岩 医療費の一部負担金免除措置が宮城県は一時打ち切られましたが、受診低下などは現れているのでしょうか。
  宮城県はいったん打ち切られましたが、2014年度に制度が事実上復活しました。ただ、基準が厳しくなり、幅広かった対象者が絞られてしまいました。今のところ継続通院の場合は、あまり受診抑制の影響が顕著だとは感じていません。精神科は公費負担医療があることも影響しているのかもしれません。
経験をどう生かしていくか
 白岩 今後の課題をお聞かせください。
  まずはこの活動を、どこまで続けるのかが大きな課題です。ステーションの財政は復興財源基金から支出されていますので、10年が一つの区切りとなります。例えば阪神・淡路では20年たっても復興住宅での課題があるのをみても、その後は地域包括ケアの中でメンタルヘルスをどのように位置づけていくのかが大きな問題となります。課題があれば早期に介入する体制や、日頃の心の健康推進が重要です。「心の健康センター」で、障害を抱えている人から健康な人まで、全年齢を対象としたメンタルヘルスを国が面倒みる、そういう体制が必要です。
 加藤 たしかに日常的な精神ケアを地域でどう構築していくのかにつながってくる問題ですね。
  20年前の阪神・淡路から震災後のメンタルヘルス支援に注目が集まり、その後の中越・中越沖地震ではその反省を踏まえた復興支援が行われました。現在、それぞれの地では震災後の時間経過に沿った支援が継続されています。また、かつての被災地からは、ことがあれば支援チームがいち早く現地へ駆けつけるようになっています。
 東日本大震災では、被災した東北3県を中心に多くの命が奪われました。多くの方が家族・友人・知人、住み慣れた土地を失い、言い尽くせないほどの喪失を感じています。さらに仮設住宅、復興住宅と続く生活は、これまでのくらしを一変させるものです。産業を支えるインフラ再建の遅れ、人口流出と過疎化の進行といった複合的な問題の中で、日常的にストレスが増大しています。
 私たちの経験をどう次の災害に活かすか、またどういった日常的支援体制をつくれるかが、今後問われることになります。
 加藤 先生方の活動に本当に敬意を表します。本日はありがとうございました。
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