兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2014年11月05日(1766号) ピックアップニュース

地域医療を考える懇談会 公立病院医師ら招き意見交換 但馬の医療どう守る

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話題提供を受け、会場と活発な質疑が
交わされた

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(右上から時計回りに)木山佳明公立梁瀬医療センター院長、元津康彦公立八鹿病院院長補佐、伊藤誠二同病院研修医、新田誠豊岡市立高橋診療所所長

 深刻な医師不足や診療科の閉鎖など、地域医療の存続が大きな問題となっている但馬地域。但馬支部と地域医療部は、10月4日に豊岡市神鍋高原ブルーリッジホテルで、第31回地域医療を考える懇談会「どうなる但馬の医療〜そしてこれから」を開催し、46人が参加。但馬地域の公立病院長や勤務医、公立診療所所長らを招き、政府の進める公立病院の再編・集約化のもとで、地域医療をどう守るか活発な議論を交わした。
 話題提供として、公立梁瀬医療センター院長の木山佳明先生、公立八鹿病院院長補佐の元津康彦先生、公立八鹿病院研修医の伊藤誠二先生、豊岡市立高橋診療所所長の新田誠先生の4人が、それぞれの立場から但馬の医療の現状や課題について報告。
 医師不足問題の根本には国の公的医療費抑制、医師数抑制政策があり、公立豊岡病院などの高機能病院のみに医師を集約し、重視するのではなく、地域医療を担う中小病院も守る必要があることや、医師のモチベーションを高め、病院の経営を安定させることが必要であることなどが語られた。
 意見交換では、「研修医や若手医師にとって魅力的な病院づくりが大切。そのためには国・県の予算措置やサポートが必要」「医師確保は大事だが、長年但馬の地域医療に尽力してきた勤務医への配慮も必要」「医療従事者の犠牲によって成り立つ地域医療に、さらに財政主導で抑制策を続けると但馬の医療は崩壊していく」などの指摘があり、参加者らは、但馬の医療を守るためには、医療者が地域医療を守る立場で、住民と協力・共同することが重要だと確認しあった。
 翌5日には、同会場で協会移動理事会が開催された。
 宮武理事、岡部監事の感想文を掲載する。
感想文(1) 但馬の地域医療の切実な現状
理事  宮武 博明
 木山院長は、兵庫県における但馬の面積が25%、人口が3%という地域性から考察に入りました。ほとんどが山林で、アクセスの悪さや気候の厳しさも問題に上げておられました。知名度の高い「ドクターヘリ」の出動もままならぬとのことでした。豊岡病院・八鹿病院に集約するために、各診療所から医師が移動されたそうです。そのため各診療所の救急対応がかなり減少しておりました。看護師不足も切実なようです。
 元津院長補佐は八鹿病院の立て直しについて触れられました。京都・音羽病院での実績から要請されて赴任されたそうです。いかに経営健全化に持っていき、医師確保につなげるかを熱く語られました。「地域に必要な医療を提供できるように個々が役割を果たす」「医師を大事にすることと、甘やかすこととはちがう」「給料分の仕事をするのが当然という文化をつくりあげたい」を医師・職員に訴え続けていくと結ばれました。
 伊藤先生は八鹿高校卒で北海道大学工学部卒業後、一般企業に入社歴があります。奨学金で兵庫医大で学ばれ、4月から勤務されています。但馬の高齢化率の高さを日々経験されており、高齢者のがん治療の症例を発表されました。
 昭和41年(1966年)から48年間、但馬の地域医療を支え続けておられる新田所長には、敬服の一言でした。85歳の今も現役です。看護師でもある奥様も出席されていました。診療所をずっと「お二人」で守って来られた経緯が滲み出ていました。懇談会後の懇親会でも「お二人」で締め括っていただきました。
感想文(2) 医療の原点振り返る機会に
監事  岡部桂一郎
 三宮からバスに乗り、山並みが窓外に映り、深緑樹に囲まれた北播磨の高速道路をスムーズに進んだ。農村集落、木材集積場、石切場など、但馬特有の景色を抜けて、ロッジや小店の散在する閑散とした西洋風のホテルの正面玄関に着いた。自然森林に囲まれた建物の内部や部屋の調度品も木材が基調であり、落ち着いた感じである。
 今回は「但馬の医療状況、医師不足の現状」について、現地で医療活動をされている4人の先生方の講演を聞く場であった。
 大学医局や公立総合病院の勤務を経験後、へき地医療の切実性と必要性を説明される先生方の本音をうかがい、医療の本質、弱者を救う行為の重要性を感じ、医者としての自己を省みる良い機会であった。
 本紙13年1月5日号で、協会理事の辻一城先生が、豊岡市但東町の診療所を訪れ、45年間、看護師の奥さんと夫婦和随して地域医療に取り組んでこられた新田先生をインタビューした「弱者に寄り添い住民と共に」の記事に感銘を受けていた私にとって、新田先生ご夫妻が出席されて話をされるとのことで、大いに期待していた。
 その記事で、「ガリ版で『学生起業』」「京都と但馬で住民参加医療」「カルテは歴史書」の内容を読んでいた。私自身、カルテは患者さんの人生体験や思想の歴史書であると考えていた。日常診療では、患者さんの言葉をカルテに書き留めるように努力しているが、先生も同じ考えであることを知った。電子カルテが普及している。しかし、患者さんの顔色や表情は観察できない。打聴診、触診をおろそかにして、患者さんの生身にふれない医療行為は、診療の第一歩から外れていないのだろうか。
 医療の原点とは何か、ヒポクラテスのイメージが先生の風貌や言動と重なり、ヒポクラテスが残した言葉をあらためて振り返ってみようと思った。
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