兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2015年8月25日(1791号) ピックアップニュース

兵庫県医師会 川島会長・西田副会長に聞く
KIFMECと生体肝移植

 神戸医療産業都市にある神戸国際フロンティアメディカルセンター(KIFMEC)で、2014年2月から2015年6月までに9例の生体肝移植手術が行われ、5例で患者が死亡したことを受け、KIFMEC開設が持ち上がった頃から、懸念を表明し続けてきた兵庫県医師会の川島龍一会長と西田芳矢副会長に7月10日、西山裕康理事長、池内春樹名誉理事長、吉岡巌副理事長が話を伺った。

医療ツーリズムの拠点「KIFMEC」

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川島龍一会長

 西山 私も神戸大学で肝移植の研究に関わったこともあり、今回の事態を大変憂慮しています。まずはこれまでの経緯を教えてください。
 西田 95年の阪神・淡路大震災後、経済復興を目的に神戸医療産業都市構想が立ち上がりました。その過程で、98年、医療ツーリズムを日本でも実施しようという政府の方針が示され、ドバイやアブダビと親交があり、生体肝移植の世界的権威である田中紘一先生に神戸市が目をつけ、医療ツーリズムの拠点としてKIFMECを整備する計画が持ち上がりました。神戸市が野村総研に依頼した事業シミュレーションでは「KIFMEC病院により生体肝移植等の高度専門医療の提供が可能で、著名で優れた医師も存在する。しかも神戸空港を窓口とし国内外からのアクセスの良さがある」と神戸の優位性がうたわれていました。
 吉岡 この計画に対し、どのような対応をとられたのでしょう。
 川島 私たち県医師会と神戸市医師会は、医療ツーリズムのツールとして生体肝移植を目玉にした国際的な専門病院をつくることには絶対反対だという立場を共同でとりました。
 私たちの働きかけで、県の保健医療計画の中に、KIFMECの名前を挙げて、生体肝移植について「原則として国内の患者を対象として生体肝移植を実施するが、やむを得ず外国からの生体肝移植の患者を受け入れる場合には、人道的見地に立ち営利を目的とせず、イスタンブール宣言やWHOの総会決議で禁止されている『移植ツーリズム』が介在することがないよう、日本移植学会と病院施設における倫理委員会規程を遵守した上で実施する」と盛り込ませました。さらにKIFMECと話し合い、120床のうち、生体肝移植用のベッドを20床に限定した上で、国内の患者さんを優先させるように指導いたしました。
生体肝移植の倫理的問題

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西田芳矢副会長

 池内 保険医協会も同年10月には談話で「KIFMECには、大きな倫理的問題がある」と警鐘を鳴らしました。
 川島 「生体肝移植」という医療行為そのものに倫理的な課題があります。患者自身のみの手術で完結する場合は、患者が命をかけて成功率の低い手術に臨むことも許されますが、生体移植術の場合は健康なドナーの身体を傷つけ臓器を取り出し、それを移植するのですから、移植手術を受けた患者が亡くなれば、ドナーの肉体的精神的負担だけが残ってしまいます。できうる限り手術適応を厳密にし、安全性と手術成功率を限りなく高くせねばなりません。困難な手術であったから死亡例が多いという言い訳は、生体移植術の場合は通用しないことを自覚すべきです。最優先すべきはドナーの保護です。さらに臓器提供意思の任意性、ドナーの親族かどうか等の確認、ドナーおよびレシピエントへの十分なインフォームドコンセントの実施等、さまざまな手続きやクリアしなければならない要件があります。
世界の流れは脳死移植
 西山 そうした倫理的課題について学界はどう対応しているのですか。
 川島 03年には生体肝移植研究会が「生体肝提供(ドナー)手術に関する指針」を策定し、07年には「日本移植学会倫理指針」が策定され「臓器移植の望ましい形態は、死体からの移植である。健常であるドナーに侵襲を及ぼすような医療行為は本来望ましくない」とされています。08年には国際移植学会によるイスタンブール宣言で、明確に移植ツーリズムは禁止されました。10年にはWHOの総会でも、渡航移植の自粛が決議されました。
 吉岡 KIFMECで行われている医療は、現在の移植医療の流れからすると相当違和感がありますね。ただ、日本では海外と比較して脳死移植が一般的ではありませんね。
 川島 現在臓器移植が最も盛んに行われている国はアメリカです。10年に肝臓移植は6千例実施され、その95%が脳死等によるものです。一方、日本では12年の生体肝移植が381例、脳死移植は41例です。日本では、仏教の輪廻思想の影響か、遺体に対する執着心が強い傾向にあるため、脳死臓器提供者が少ないのではともいわれています。かといって、先ほど述べた倫理的な課題などがあり、生体臓器移植を積極的に推進することには問題があります。
肝移植研究会の見解
 池内 今回のKIFMECではどのような問題があったのでしょうか。
 川島 日本肝移植研究会の「肝移植症例調査検討委員会」が行った症例検討では、院内体制に関し「種々の重大な合併症が起こり得る移植医療を担うには不十分な体制」「院内に病理診断ならびに病理解剖の体制を整備することが望まれる」「移植適応が標準を逸脱したり、術前評価が不十分なまま移植になっているのは、適応評価委員会が十分機能していないことが要因と考える」との評価が下されています。さらに、それに基づいた提言では「当該施設の大きな問題点は難度の高い手術ができる移植医は少数存在するものの、適応評価や周術期管理の能力が標準を大きく下回っている点である。また、チームの構成が肝移植を行うには不十分で、重層性を欠き、当直体制を組める移植外科医の数、合併症の対応に必要な診療科など生体肝移植を担当するのにふさわしい病院としての総合力が、標準からするとかなり不足している点である。これらの問題に対処するには...組織の抜本的な改変が必要と考える...上記に示す組織の抜本的な改変が整うまで、移植医療は中断すべきである」とされています。
 こうした検証を受け、4月30日、県医師会もKIFMECの院長への事情聴取を行いました。院長は「肝移植症例調査検討委員会」の評価について「一方的な見知からのものでほとんど納得できません」とした上で、症例ごとにその正当性を論じられましたが、残念ながら私を十分納得させ得るものではありませんでした。また、死亡率の高さに対して院長は、他施設で断られたような重症例ばかりを扱いかなり難度の高い手術となったので、成績が悪いと述べておられますが、本当に手術適応になるのかどうか根本的に考え直さねばならないと思われます。
 西山 ただ、患者さんやそのご遺族は非常に満足されていて、感謝の言葉を述べていますね。患者さんはきちんとした体制で最高の医療が受けられたと思っているのでしょう。
 川島 その点も問題ですね。患者さんは専門的なことは分かりませんから、きちんと説明することが大切だと思います。一般の方に向けて問題点を知らせることも私たちの役割だと考えています。
 その点も含めて県医師会は神戸市医師会とともに会員であるKIFMECの理事長に要望書を渡し、文書回答を求めています。
 池内 要望書の内容を教えてください。
 西田 要望項目は3点です。1点目は神戸市の立ち入り検査で医療安全管理体制の不備として改善命令が出されたことや日本移植学会、日本肝移植研究会から「十分体制整備が整うまで、肝移植を自粛すること」と咎められたことについて、重く受け止め、改善に向けての具体的な方策の提示をするよう求めています。2点目は再生医療の評価が高まる中、医療産業都市における生体肝移植の評価は必然的に低下しつつあるが、今後も医療産業都市で中心的役割を担おうとしているのかについて見解を求めるものです。3点目は臓器移植に関する社会的ガバナンスの制度が確立していない中で、患者さんの死亡が相次いだことについて、フロンティアとしての「産みの苦しみ」と片付けることはできないことを指摘し、今後の方針と考え方の提示を求めています。
 西山 理事長には真摯な回答が求められますね。
公的医療、地域医療とKIFMEC
 吉岡 ところで、そうした問題のある医療行為は公的医療保険を使って行われていたのですか。
 川島 はい。肝細胞癌についても05年4月から、単独癌なら直径5センチ以下、多発癌なら直径3センチ以下が3個までという「ミラノ基準」を満たす症例に限り、公的医療保険を利用して生体肝移植ができます。国内の患者さんが公的医療保険を利用して手術を受けたのであれば、保険適用が妥当だったのかどうかも検証が求められます。逆に海外の患者さんの場合は自由診療で、どこまで手術の内容が妥当だったのか検証するのが難しい面もあるでしょう。それも問題だと思いますね。
 西山 中央市民病院の協力を仰いで行われているのも問題だと考えます。
 西田 KIFMECは、多くの患者さんが亡くなり、専門家から厳しい指摘を受けてもなお、中央市民病院に協力を仰ぐ体制があるから大丈夫としています。しかし、市民の命と健康を守る最後の砦として、日夜多くの患者さんを受け入れている中央市民病院に対し、KIFMECの都合だけで協力を仰ぐということであれば、貴重な地域医療資源が、海外から生体肝移植を受けに来る富裕層の医療に投入され、その分、地域医療は手薄になってしまいます。
 神戸市は、医療産業都市において、KIFMECに代表されるような高度専門病院群のバックアップ病院として活用するために、中央市民病院を移転させたのでは、と評されるような対応はとってほしくないですね。
 池内 海外で院長が行った移植手術でも患者さんの死亡が相次いでいると報道されていました。
 西田 はい。あの手術も経済産業省が進める医療の国際化という方針の下に行われています。経産省は日本の最先端の医療技術とそれに必要な日本製の医療機器やITシステムを丸ごと輸出しようとしており、その一環として院長が海外で手術を行ったのでしょう。しかし、術後管理などについて、遠く離れた日本から、電話やメールで指示を行うのは限界があります。そういう意味でも体制が整わない中での手術だったのではないでしょうか。
 川島 このように多くの専門家などから問題点を指摘されたにも関わらず、6月初めに9例目の移植手術が強行されたことは問題です。さらに最近も神戸新聞に「神戸ポートアイランドに新病院KIFMEC誕生」という折り込みチラシを入れ宣伝しています。一度立ち止まって、寄せられた意見を真摯に受け止め、体制を一新して出発し直してほしいと思っています。
 西山 そうですね。地域の人たちの貴重な医療資源が医療ツーリズムや営利目的の医療に利用されないよう、協会も声を上げていきたいと思います。
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