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兵庫保険医新聞

2015年9月15日(1793号) ピックアップニュース

受刑者の健康管理を行う 「矯正医療」知ってほしい
神戸刑務所医務部長 佐古田 剛先生 インタビュー

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佐古田剛医務部長(右)に、永本浩監事(左)がインタビューした(所内は撮影禁止のため、神戸刑務所玄関前で撮影)

【さこだ つよし】1961年生。94年神戸大学大学院修了、医学博士。米国南カリフォルニア大学遺伝子医学研究所Research Associate、神戸大学病院第一内科医員、兵庫医科大学准教授、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA) Visiting Scholarなどを経て、13年神戸刑務所医務部長・神戸大学循環器内科研究員・兵庫医科大学内科学講座冠疾患科非常勤講師、現在に至る
 刑務所では、受刑者の健康管理を行うため、矯正医官と呼ばれる医師がいる。矯正医官の役割について、永本浩監事が明石市内にある神戸刑務所を訪れ、佐古田剛医務部長に伺った。

「矯正医療」とは?
 永本 本日はよろしくお願いします。私の医院がすぐ近くなので、よく先生から依頼を受け、耳鼻咽喉科疾患の患者の診療をしていますが、こうやってお話をするのは初めてですね。
 佐古田 先生には日ごろから大変お世話になっています。
 永本 まずは、矯正医療とはどのようなものなのか、教えてください。
 佐古田 刑務所など矯正施設内での医療全般を指します。受刑者は法律に基づき強制的に拘禁されていますので、その健康管理は国の責任です。もし、健康管理がおろそかになれば、施設内で感染症が蔓延したり、矯正教育が行えないことにより、受刑者の再犯可能性が高まるなどの問題が起こってしまいます。
 刑務所内に診療所があり、ここ神戸刑務所では内科・外科それぞれの常勤医師がいます。その他の科は永本先生ら非常勤の先生方に助けていただいて、医療を行っています。
大切なのは病気にさせないこと
 永本 普段はどのようなことをされているのでしょうか。
 佐古田 被収容者が風邪などで体調を崩したときの診察が基本業務となりますが、私が最も大切にしているのは、病気にさせないことです。
 拘置所などから送られてきた者全員に対し、胸のX線検査、採血を行い、結核や感染症がないかなどの検査を行っています。以前は、入所者が突然大きな病気にかかって対応に苦労することが多かったのですが、感染症対策も含め、予防になっていると考えています。また、慢性疾患を有する者に対しては定期的に診察と採血を行い、健康を管理しています。
 永本 施設内で集団感染が起きると大変ですからね。
 重症者が出た場合は、どうされるのですか?
 佐古田 ここで行える治療は内服や点滴などに限られますので、手術が必要など重症の場合は、外部医療機関に受け入れをお願いします。まずは直接、医療機関に要請しますが、夜中などで受け入れ先が見つからない場合は、やむを得ず救急車を呼び、救急病院へ搬送することもあります。肝臓癌などの治療が必要な患者には、医療設備が整った医療刑務所があります。そこで治療し、病態が小康状態になれば、また施設内で経過を見ることになります。
 永本 受刑者の健康管理は国の責任というお話がありましたが、矯正医療は患者の自己負担がないのですね。
 佐古田 ええ、税金から医療費が支払われます。しかし、予算の制限もあり、どこまでの医療ができるのかが問題になってきます。たとえばC型肝炎の患者全員に高額なインターフェロン治療を施すと、予算がパンクしてしまうでしょう。従って、肝機能等をチェックし、治療基準を満たせば、肝臓専門医がいる矯正施設で治療するというような対応となります。
増え続ける高齢者と再入所者
 永本 入所者はどのような方が多いのでしょう。
 佐古田 全国の被収容者数は、2006年をピークに減少傾向にあります。しかし、5人に1人が60歳以上で、刑務所に入ってきた者のうち6割が再入所者と、高齢者や再入所者が増え続けています(図1・2)。特に、高齢者への対応は悩ましいですね。神戸刑務所の被収容者の最高齢は86歳です。
 永本 医療や介護が必要となりますね。
 佐古田 ええ、脳梗塞の後遺症などで、介助がなければ食べられない、体が動かないという方がいます。入所する前は、医療費が払えないと医療機関にかからず、重症化してしまい、刑務所に入ってきてから治療を始めますが手遅れで、介護が必要となってしまうような状況が生まれています。
 永本 刑務所内の方が、自己負担なく医療を受けられ、食事も3食とれ、健康管理がきちんとできるということになってしまうのですね。
 佐古田 その通りです。少し良くなった頃に出所し、治療が中断してしまい、また病状が悪化し、再入所して、少し良くなったら出ていって...の繰り返しです。深刻な貧困の広がりを感じます。
 高齢者でなくとも、出所しても仕事が見つからず、家族とも縁が切れており、住むところにも食べるものにも困る場合が少なくありません。再び犯罪に走らなければ、日々の生活を送れないということが起こってしまうのです。たとえば、コンビニに入って、その場でパンの袋を破って食べ、「お金が払えない」と言って、また刑務所に戻ってきてしまいます。出所者の社会の受け入れは大きな問題で、担当課が力を合わせて、職業支援など努力していますが、改善が難しい状態です。
 永本 刑務所だけでなく、社会全体で取り組まなければならない問題ですね。
矯正医療の実態知ってほしい
 永本 お話を伺い、矯正医官は、社会の役に立つ、大切な仕事と感じました。
 佐古田 ありがとうございます。今、矯正医官の数は減る一方で、定員を割る状態が続いています。数年前には、医官が減ったことにより、刑務所内で透析ができなくなったとニュースになりました。
 永本 なぜなのでしょう。
 佐古田 いくつか理由が考えられます。まず、施設内の医療設備が限られ、症例が限定されてしまいますので、医師の医療技術向上のキャリアになりづらいこと。さらに、患者は犯罪者ですから、詐病を用いる者も存在し、患者との信頼関係が構築しにくいこともあるでしょう。また、一般の医師と比べて給与面での差がある上、兼業も制限されるということもあると思います。このままでは矯正医療を担う者がいなくなるということで、兼業を認める矯正医官特例法が今年の8月27日に国会で成立しました。
 しかし、私が最も問題と感じているのは、そもそも矯正医療の存在が知られていないことです。ニュースになり、ようやく一般の方々はもちろん、医師の間でも、「こんなところに医師がいるんだ」と少しずつ認知が進んでいる状態ですので、矯正医官になろうという医師は多くありません。
 永本 私も学生時代には、こんな仕事があることを全く知りませんでした。医学生が矯正医療に興味を持ち、将来の選択肢として考えてもらえるように医学教育に盛り込んでいくことが大切ですね。
 佐古田 まさに今、医師国家試験に、矯正医療の問題を1問入れることが検討されています。一部の大学では、社会医学や法医学で矯正医療について、年間1〜2時間程度ですが、講義が始まっています。私も神戸大学など大学に講義をさせてほしいと依頼しています。
 永本 私たち開業医は何ができるでしょうか。
 佐古田 繰り返しになりますが、刑務所や拘置所内で医療が行われているということを少しでも知っていただきたいです。お声をかけていただければ、どこでもうかがいますので、矯正医療について皆さまにお話する機会を、どんな会合でもわずかな時間でも結構ですので頂けますと幸いです。
 また、刑務所等から診療や入院のお願いがあれば、ご協力いただきたいですし、医院を将来譲られた後などに、矯正医官として診療されることも考えていただければと思います。
 永本 矯正医官が増えることを願っています。本日のお話を、協会の中でも知らせていきます。ありがとうございました。

図1 高齢受刑者の動向
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図2 再入受刑者の動向
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