兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2017年2月25日(1838号) ピックアップニュース

自主共済懇話会 第10回総会記念講演・講演録
TPP崩壊でも皆保険・共済が危ない

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アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表 内田 聖子
【うちだ しょうこ】1970年生。慶應義塾大学文学部卒業後、出版社勤務などを経て、2001年よりアジア太平洋資料センター事務局、06年より共同代表。TPP等、自由貿易・投資協定のウォッチと調査、政府や国際機関への提言活動、市民キャンペーン等を行う。15年に行われたTPP閣僚会合でもNGOメンバーとして現地で情報収集とロビー活動を行った。昨年10月27日の衆議院TPP特別委員会に参考人として出席

 「共済の今日と未来を考える兵庫懇話会」の第10回総会記念講演「崩壊間近のTPP-その後の対応と私たちの暮らしに迫る危機−」【講師:アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表 内田聖子氏】の講演録を掲載する(昨年12月10日講演)。

TPP批准は国際的に無意味
 TPP協定が、今後どうなっていくのか。そして、どんな中身だったのかを知っておかなければならない。昨日、12月9日のTPP批准は重大な問題だ。TPP協定本体はもちろん、関連法についても審議がほとんど行われていない。いろんな分野一つひとつを検討すべきだが、関連法案として何の審議もせずに、まとめて通ってしまったようだ。12月10日付朝日新聞朝刊の見出しを見て愕然とした。韓国の朴大統領の記事が1面トップだった。日本でTPPという重大な条約が批准されたにもかかわらず、1面にならない。メディアも相当おかしい。
 トランプ氏が「米国はTPPから離脱だ」と言っている状況で、日本が批准しても国際的に無意味で、合理的な理由がない。他国の反対運動仲間から「日本は本当に大丈夫か?」「政府は異常だし、市民もこんなことを許していていいのか?」と言われる。異常な国、異常な政府を持っているという事実をまず受け止めなければいけない。
 トランプ氏は、予想に大きく反して米国大統領選で勝利した。「雇用の復活」をスローガンとして勝った。「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」が彼の選挙中のキャンペーンだった。どこかで聞いたことがあるフレーズだ。わが国のミニトランプが「日本を取り戻す」と言った。アベノミクスというものだが、ご存じの通り、うまくいっていない。
 米国は、20〜30年間、経済的にも軍事的にも世界に手を伸ばしてきた。経済では、多くのグローバル企業が、WTO(世界貿易機関)やTPPなどを使いながら、国際的貿易ルールをアメリカンルールにしてきた。豊かな人がより豊かになれば、いずれ中間層や貧困層にもその富がしたたり落ちてくるというのが、トリクルダウンという経済理論だが、「いつか地方にも温かい風が吹きます」など、まさにアベノミクスが同じことを言っている。しかし、そんな風は吹いていない。
 一方で、この30年間で貧困や格差が是正されたかというと、全然そんなことはない。むしろ、日本をはじめ先進国でさえ、地方と都市、富裕層と貧困層、正社員と非正規社員、男性と女性の賃金などの格差が強化されている。これは先進国に共通して起こっている現象で、水が落ちていかなかったということだ。
 その理由は、ルール自体が大企業に有利なものだからだ。例えば、タックスヘイブン(租税回避地)がある。たくさん儲けた企業は、本来は本社あるいは支店がある国に法人税を納めなければならない。それが国の税収となり、社会保障などいろいろなものに回る。ところが、タックスヘイブンができれば、企業は法人税が安い国にどんどん移転し、何千億〜何兆円という納税を回避している。米国の企業や政府が作ってきたシステムの一番の犠牲者は米国の中間層だ。失業してコミュニティーも崩壊し、生きる希望も何もなくなった人たちには、「何かを変えてくれる」「ワシントンの政治でひどいことをされた」「過去の貿易協定で仕事を奪われた」という気持ちがある。
 英国がEUを離脱した根幹にも、格差と貧困、そして主権の問題がある。EUという大きなネットワークの中で、それぞれの国の主権はどうしても制限されたり、統一のルールを押しつけられたりする。それに対して、これでいいのかという声が上がってきた。
 こういった格差と貧困が広がってきた原因は、経済や貿易のルールの作り方に失敗があったと、有名な経済学者のスティグリッツも認めている。それが国際的認識だが、全く理解せず、受け入れようとしない唯一の国が日本だ。
TPPが消失すれば問題解決か?
 米国のTPP離脱を言うトランプ氏の当選によって、今回、日本が批准したTPP協定は、そのままの形で息を吹き返すことはあり得ない。今のTPPは、もう死んでしまった。考えられる今後のシナリオは次の二つだ。
 一つ目は、トランプ氏の公約通り、米国のTPPからの離脱だ。その場合、経済力の大きい日本や中国とは個別の二国間交渉(FTA)になる可能性が高い。しかし、日本はTPPを批准してしまったために、今回のTPPの自由化の水準や大企業に有利な状況を認めたことになる。米国の保険業界は、日本の共済について「優遇されている」など、いろんなクレームを言ってきた。日米FTAになれば、TPPで決まった以上のことを求めてくるのは当然だが、日本は批准したために反論できる条件がないのだ。
 もう一つのシナリオは、再交渉だ。米国にはTPPを進めたい大企業や投資家が数多く存在し、何年間もTPP交渉をウォッチして「早くやれ!」と圧力をかけてきた。製薬会社、金融業界、石油会社など、何とか再交渉に持ちこもうとしている人たちは結構いる。日本政府は「再交渉はしない」と国会で答弁しているが、そんなことは受け入れられないと思う。再交渉になれば、対米自動車関税の見直し、為替操作禁止、バイオ医薬品保護データ期間の延長、農産物関税の見直しなどの再交渉に、もう一度つきあわなければならず非常に危険だ。日本政府や与党は、交渉の中で何を方針として提起し、どこまで国民を守るのか、そのあたりが全くなきに等しい。
 TPP交渉と並行して進められた日米並行協議の中で、保険分野ではアフラックの保険商品が全国の郵便局で売られるようになった。日本政府は「TPPが発効されなければ、ここで協議したことは額面通り考えれば白紙になる」と言うが、アフラックが全国2万カ所の郵便局で始めたがん保険の販売をTPPが消えたからといって、やめるとは絶対に言えない。日本では、この3年間にさまざまな規制緩和が行われ、すでにTPP発効状態に近いものが作られているのだ。
 また、お金も使っている。2015〜2016年度のTPP対策予算1兆1906億円のうち、7割ほどがすでに使われている。批准もしていないのに、事前にここまでの規模の対策予算が組まれている国は他にない。TPPに積極的だったのは日本とニュージーランドだが、ニュージーランドでは予算は1円も出ていない。その意味でも日本は異常なのだ。
狙われる皆保険制度と共済
 医薬品の分野では、薬の特許の問題がある。製薬企業にとっては、特許期間が長ければ長いほどいいが、公衆衛生や医療を受ける権利といった観点から言えば、特許権があまりにも長いということは、人々にとってデメリットにしかならない。大企業の利益と人々のいのちという全く違う価値が、真っ向から対立するのが薬の問題だ。最近、肺がん治療薬のオプジーボの値段がほぼ半額に下がったが、すぐに米国政府がクレームをつけてきた。TPPが発効していなくとも、そうしたことに対して即座に米国政府と製薬企業が文句を言ってくる構造にすでになってしまっている。これがTPPではさらに強化されることになる。
 TPPで国民皆保険制度自体は潰れないが、米国の医療産業やロビイストは、日本のいろいろな制度や、どこをどう変えたら反発があるかということをとてもよく知っている。TPPに「皆保険はもう駄目だ」とはっきり書いてくれていればよかったが、もしそんなことを書いたら、農業分野の比にならないほどの国民的反対が起こるので絶対に書かない。だから、薬など裏口からいろいろ攻めるような手段を使っていると思う。
 共済も大きな市場だ。共済は、一般の民間保険とは意味が違い、非営利・助け合いの制度で本当に守る必要がある。しかし、米国の保険会社からすれば、助け合いの制度などは関係ない。自分たちと同じ保険業務をやっているのに、なぜこんなに条件が違うのだという話になる。
 日米FTAになった場合は、保険市場は米国の最大のターゲットになるだろう。農産物の輸出は金額としてはそれほど大きくない。むしろ、日本人の持っている金融資産の方が、市場としては大きい。小さな共済の一つひとつに直ちに影響が出るような劇的な変化はすぐには起こらないと思うが、規模の大きいJAバンクとJA共済が米国にとっては一番の狙いだ。それから比較的規模の大きい共済は個別にターゲットにされる危険があるのではないかと思う。
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