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兵庫保険医新聞

2019年4月25日(1908号) ピックアップニュース

特別インタビュー 兵庫医科大学法医学講座 西尾 元主任教授
法医解剖から見える格差と貧困

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兵庫医科大学法医学教室主任教授
西尾 元先生
【にしお はじめ】1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授、法医解剖医。香川医科大学医学部卒業後、同大学院、大阪医科大学法医学教室を経て、2009年より現職。兵庫県内の阪神地区における6市1町の法医解剖を担当している。突然死に関する論文をはじめ、法医学の現場から臨床医学へのアプローチも行っている

 異状死とされた遺体を解剖する法医解剖医。遺体からは格差と貧困の問題、社会背景が見えてくるという。解剖医として年間300体もの遺体と対面し、『死体格差』等の著書もある兵庫医科大学法医学講座の西尾元(はじめ)主任教授に、西山裕康理事長がお話を伺った。

社会的孤立や貧困と異状死の深い関係
 西山 本日はよろしくお願いします。今日も午前中に解剖をされるなどご多忙の中、インタビューを受けてくださりありがとうございます。まず、先生が行っている法医解剖についてご説明していただけますか。
 西尾 法医解剖に回される遺体は、死因がはっきりしない、いわゆる異状死体になります。その中でも犯罪死体やその疑いがある死体は司法解剖、犯罪性はないが死因究明を目的とする行政解剖(神戸市では監察医解剖)、ご遺族の承諾を得て行う承諾解剖、身元不明の遺体などの調査法解剖になります。解剖をするかを判断するのは警察で、犯罪の可能性の調査が目的なので、死因が不明でも犯罪性なしとされる場合には解剖に回さないことも多いのです。兵庫県では、異状死体のうち約35%が解剖されており、全国的には非常に高い割合ですが、それでも解剖されない遺体の方が多いです。
 西山 先生のご著書『死体格差』では、先生が解剖された遺体には、一人暮らしの方や生活保護受給者、高齢で認知症を患っている方が多いと書かれていました。
 西尾 私は20年以上法医学に携わり、解剖を行ってきましたが、その中で、これまで解剖してきた人たちの多くが、社会的弱者と呼ばれることに気がつきました。私の法医学教室で解剖した遺体の半数は一人暮らしの方、そして約10%が生活保護受給者、10%弱が自殺者になります。認知症患者だけを取り出しても、全体の5%に上ります。
 孤独死を迎えるリスクの高い、高齢者の一人暮らしの世帯数は2010年に500万世帯を超え、2001年より200万世帯近くも増加しています。孤独死では遺体が発見された時には、死亡前後の状態が分かりませんから、死因が分からずに異状死体となる可能性が高いのです。
 認知症の方も増えています。その死因で多いのは不慮の外因死で、ほとんどは自宅から数㎞以内の場所で亡くなっています。つまり、周囲の方が認知症の方の情報を共有していれば、異状な死を迎えずにすんだ可能性があると思います。
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聞き手
西山裕康理事長

 西山 生活保護受給者の方も多いとのことですが。
 西尾 生活保護受給者は、国民のわずか1.7%程度ですが、兵庫医大で法医解剖した生活保護受給者は全体の約10%と非常に高率です。
 貧困が原因と思われる死因で多いのは、経済的理由による受診控えにより手遅れになること、低所得者に多い糖尿病、そして凍死などです。十分な栄養が取れずに、体内での熱産生が十分に行われず、体温が低下していき、28度まで低下すると死に至ります。屋内で一人空腹のまま凍え死ぬことが、日本で起こっているのです。生活保護受給者へのバッシングが一部で強まっていますが、現実に即していないように思います。
 西山 高齢や認知症、貧困といった理由で社会から孤立してしまうことを防ぐ手立てが求められますね。そういった方の孤独死も近年特に問題になっていますよね。
 西尾 昔は大家族が多く、自宅で親族や近所の人に看取られるのが一般的でした。今は、核家族化が進むとともに近所付き合いも減り、病院での死が増えました。老夫婦で暮らしていても、伴侶に先立たれると、一人暮らしとなり、孤独死を迎えることも少なくありません。今後孤独死がスタンダードな死に方になる可能性すらあるのが現実です。しかし、日本社会は、死が社会から切り離されたため、厳しい現実から眼を背けているように感じます。
患者を理解しているかかりつけ医が看取りを
 西山 国は医療について「病院から在宅へ」を掲げ、今後病床数が減少し、在宅等での死が増えてくることが見込まれます。死後に発見され、死亡前後の状態が、すぐには分からないといったケースが今後増えていくことも考えられます。
 西尾 在宅で定期的に診察している患者が、病気で自然に亡くなったと思われる時、発見した人は、かかりつけ医に連絡することが第一になります。救急車で病院に搬送されても、病院では、持病は何だったのか、突然亡くなったのか、あるいは終末期の容態だったのかなど、遺体の背景が全く分かりません。死後に検査するにも限界があります。そうすると異状死として扱われ、事件性が低いにも関わらず、解剖に回されてしまう可能性が高まります。人材や財源が限られている中で、例えば長らく寝たきりの末に亡くなったご老人にメスを入れることが起こっており、疑問に感じます。
 西山 そういった方には、かかりつけの先生に連絡して、死亡診断書や検案書を書いてもらう、心配ならば、地域の警察医に立ち会ってもらうことが必要なのですね。在宅医療に取り組んでいる私たちがしっかりと看取ることが重要になってくるのですね。
開業医の「眼」で事件を見逃さない
 西尾 しかし一方には、犯罪の見逃しを防ぐ意味で、解剖数を増やそうという声もあります。一見しただけでは病死か事件死かの判断がつかない時に、念のため解剖しておくと、血液など身体の組織が保管されます。後で殺人事件だと判明したときに、解剖して資料を残しているのと、火葬してしまっているのとでは大違いです。
 西山 犯罪を見逃さないために解剖は増やすべきという一方で、高齢者などの不要な解剖は減らすべきという考えもあり、難しい問題のように思えます。死亡診断書や検案書をどう書くか。現場の開業医はどう判断すればよいのでしょうか。
 西尾 明らかに犯罪の所見がある時に、病死としてしまわないことです。外表を見て分かる範囲で、死に不自然なところはないか、例えば、首に損傷はないか、顔面はうっ血していないかなど、そういった基本的な早期死体現象を見て、犯罪の疑いがあるものは異状死体として、警察に通報する。結局、地域の医師の眼が重要になると思います。
病診連携がますます重要に
 西山 最後に地域の開業医に伝えたいことはありますか。
 西尾 亡くなられた方が救急で運ばれてきても死因が分からないことが多いように、解剖により何でも分かると考えるのは間違いです。普段診療所や在宅で地域の患者さんを診ている開業医の先生にしか分からないことも多くあるのです。そこを忘れないでください。
 西山 そうですね。大病院と診療所にはそれぞれ得意な分野があるということで、協会では病診連携について理解を深めるために、兵庫医科大学と協力して病診連携交流会を開催しました(今後もシリーズで開催予定)。両者が補い、共に地域医療に貢献できますよう、今後ともよろしくお願いします。本日はどうもありがとうございました。
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