兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2019年9月05日(1919号) ピックアップニュース

特別インタビュー シリーズ新専門医制度(3)
「総合診療専門医の今後の展望」
日本プライマリ・ケア連合学会 草場 鉄周理事長
総合診療医を地域の開業医とともに育てたい

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日本プライマリ・ケア連合学会理事長
草場 鉄周先生

【くさば てっしゅう】1999年京都大学医学部卒業。2006年北海道家庭医療学センター本輪西サテライトクリニック院長、2008年医療法人北海道家庭医療学センター理事長、医療法人北海道家庭医療学センター本輪西ファミリークリニック院長、2012年一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会副理事長、2019年同理事長

 昨年より開始された新専門医制度では、新たな基本領域として総合診療専門医が加わった。これまで総合診療の重要さを訴え、家庭医療専門医などを認定してきた、日本プライマリケア連合学会の理事長に今年就任した草場鉄周理事長に、総合診療専門医の今後の展望や、新たなサブスペシャルティなどについてお話を伺った。

 西山 本日はお忙しいとところありがとうございます。
 草場 こちらこそ、貴重な機会をありがとうございます。
 口分田 先生は44歳で日本プライマリ・ケア連合学会の理事長に就任されましたが、その経緯をお聞かせください。
 草場 私は、日本プライマリ・ケア学会と日本家庭医療学会、日本総合診療医学会が合併し、日本プライマリ・ケア連合学会が発足した2010年から理事をさせていただいていました。その後、12年から副理事長に就任し、新専門医制度関連の仕事を中心にしてきました。その中で、学会の外の世界と触れ、他の学会からどう見られているのか、社会からの要請は何なのかということを知る機会が増えました。そこで、私たち日本プライマリ・ケア連合学会をより医学界や社会全体に発信していきたいと思いました。今回、丸山泉先生が理事長を退任されるということで、「後継を」という話をいただき、非力ではありますが、就任を決意し、理事会にて選出していただきました。
活動の三つの柱を進める
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聞き手 西山裕康理事長

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聞き手 口分田真副理事長

 西山 理事長として、どのような方針でしょうか。
 草場 一つは、新専門医制度の下で総合診療専門医を養成していくことです。5月の学術大会では、「新・家庭医療専門医」を総合診療専門医のサブスペシャルティとして養成することを発表しました(図1,2)。私たちの学会では、初代理事長を務めた北海道大学名誉教授の前沢政次先生らが第1世代、そうした先生方から学んだ私たち第2世代、新専門医制度の下で総合診療専門医の道を歩み始めた先生を含めた若い先生方が第3世代といえます。私たち第2世代の役目は、第3世代のキャリアを支えることだと思っています。
 二つ目の柱は、日常診療面での活動です。これまで私は専門医制度の仕事を中心にしてきましたが、診療面での学会活動がまだ不十分だと思っています。私たちの学会が対象にしている分野は、在宅医療や高齢者医療、リハビリテーションなど非常に多くあります。学会にはそうした分野で活躍されている地域の先生方が数多くおられますので、その知見を集約してプロダクトとして、学会の内外に提供できるようにしたいと思っています。
 三つ目として、プライマリ・ケアにおける臨床研究にも力を入れたいと思います。私たちは10年間以上、研究者を育てようと取り組みを進めてきましたが、まだまだ十分な成果は得られていません。私たちも研究がむしろ主体となっている他の領域の学会に引けをとらないような研究実績を積み重ねていきたいと思っています。そのためにはリサーチャーを増やさなければなりません。全国にも総合診療部門をおく大学が増えていますので、そうした教室の力を得ながら、また、地域で臨床に携わっている先生の中にもリサーチマインドが非常に高い先生もおられますので、共に協力して臨床研究を進めていきたいと思っています。
総合診療専門医とは
 西山 総合診療専門医について、いまだに一部の医師の中には「広く浅く診るだけ」「総合内科とどこが違うのか」「専門医と言えるのか」などという誤解や無理解もあると思います。
 草場 その点については、さまざまな立場の人と何度も議論してきました。あえて専門医として位置付けてきたのは、領域として確立させるためです。確かに総合診療専門医だけがプライマリ・ケアを行うわけではありません。しかし、特定の臓器に着目するのではなく、多様な地域に住むあらゆる年齢、性別の患者さんの背景を含んだ健康問題に向き合うという総合診療専門医の学術的役割は明らかです。その学術的な専門性を確立し、教育を行うことが私たち日本プライマリ・ケア連合学会の役割です。具体的には今後、総合診療専門医が地域で診療する中で、いろんな理由から医療機関を受診しない人も含めて、いかに地域の健康を守るのか、保健や福祉、介護にとどまらず、住宅環境や働き方、まち全体の行政計画にまで関与できる医師を育てていきたいと考えています。そうなれば、地域住民や他の医師、医療従事者からも認められるのではないでしょうか。
 西山 なるほど。しかし、新専門医制度の研修期間は基本的に3年とされています。そのような医師を養成することは可能なのでしょうか。
 草場 総合診療専門医という資格は運転免許のようなものだと思っています。一種の通過点です。実際に臨床現場に出れば、地域によって医療ニーズはさまざまです。例えば、内視鏡のできる医師が求められれば、より専門性の高い研修を受け、成長しなければなりません。当然3年間でそこまでは難しく、私たちの役目は、多方面の研鑽を生涯続けるための基礎をつくることだと思っています。
 口分田 確かにそうした基礎は大切ですね。私も学生の時、病院で事務当直のバイトをしていましたが、その時に「空き地で釘を踏みぬいたので診てほしい」との電話を受けました。それで先生に相談したところ「僕は内科だよ。断りなさい」と言われ、非常に違和感を持ちました。それから、自分はとにかく患者さんの求めに応じて、何でも診られる医師になりたいと思いました。それで卒業後、スーパーローテート研修を受けました。各科にいた時間は短かったですが、NICUも経験したし、助産師さんに怒られながら60件ほどの正常分娩も取り扱いました。その時の経験は、40年たった今でも生きていると思います。
養成における課題
 口分田 確かに現在の医療状況、提供体制から、地域のニーズに柔軟に応えられる医師は必要とされています。しかし新専門医制度の下、総合診療領域を選択する専攻医は200人弱です。どのような評価をされていますか。
 草場 養成数については、医学部卒業者の1割をめざしています。毎年800人位になりますが、それくらいの規模であれば、全国的に総合診療専門医が存在する地域が増えてきます。そうなると患者さんや地域の医師から、総合診療の理念や養成制度だけでなく、具体的な総合診療専門医像が見えるようになり、総合診療に対する誤解なども解けてくると思います。現実的には、800人の専攻医を丁寧に教育するというのは難しい面もあり、まずは現状の倍の400人をめざしたいと思います。
 西山 専攻医の数が伸びない一つの原因として、へき地勤務の義務化があるとも言われているようです。
 草場 私も個人としては、北海道のいわゆるへき地や郡部で診療をした経験があります。確かにそうした地域で実際に診療を行うと、多種多様な症例に対応するという面では、非常にトレーニングになりますが、都市部でしか経験できないこともあります。家庭の状況などでどうしても都市部を離れられないという人もいますので、へき地勤務を一律に義務化するのはいかがなものかと思っています。
 西山 へき地に医師を派遣し偏在を解消したいという政府や関係者の思惑もあるのでしょうか。
 草場 確かにへき地で勤務する総合診療専門医が増えることはいいことだと思います。しかし、教育体制もしっかりできていない地方に若い医師を強制的に送りだすのはよくありません。一つ間違えば「へき地で研修をしたが、何も学べなかった。しんどいだけだった」となって、「二度とへき地にはいかない」となりかねないからです。
 西山 もう一点、専攻医を増やすためにはサブスペシャルティをはっきりさせ、その後のキャリアを具体的に描けるようにすることが必要ではないでしょうか。
 草場 サブスペシャルティとしては、私たちの新・家庭専門医をはじめ、各病院団体等がさまざまな提案をしています。はたから見ると乱立しているように見えるかもしれませんが、最終的には若い先生の選択の中で収斂されていくと思います。今は選択肢が多い方が、さまざまな将来像を提案でき、領域として充実しているとみなされるのではないかと思っています。
 さらに、総合診療医として活躍している人を若い医師に分かりやすく紹介していきたいと思います。また、就職先についても、総合診療医を募集する診療所や病院を増やしていかないといけません。
 口分田 学会の会員であれば、福知山市民病院の川島篤志先生などは有名で、ほかにも地域医療に貢献している総合診療医が大変多いことは知っています。しかし、学会の会員以外の人はあまり知りません。ぜひ、総合診療医の先生のご活躍をもっと発信してほしいと思います。
 西山 将来的にも病院側の総合診療専門医へのニーズは高いと思います。あらゆる専門科を併せ持つ大病院は別としても、地域に根ざしながら、医師不足に悩む中小病院では、総合診療専門医に期待するところは多くなるのではないでしょうか。
 草場 確かにそうですね。地域の医療機関や患者さんから、総合診療専門医が必要だという声が出てくればよいと思います。
政治的な思惑で総合診療医がゆがめられてはいけない
 西山 さて、これまで総合診療専門医を巡る課題と学会の方針、展望を教えていただきました。確かに総合診療は新たな基本領域ということで、やるべきことは多いと思います。ただ、外から見れば、他の基本領域のようにもっと学会が主導すればよいのではないかと思うのですが。
 草場 確かに私たちもそう思います。新専門医制度の中で総合診療専門医が位置付けられるということになった際、基本領域一つに対して、それを担う学会は一つという方針が出されたため、私たちは、「総合診療」を担うべく三つの学会を統合して日本プライマリ・ケア連合学会を結成しました。しかし、総合診療専門医については「オールジャパンで」ということになってしまいました。
 口分田 なぜ、そのようになったのでしょうか。
 草場 それは、多くの医療団体がプライマリ・ケアを提供してきたからです。たしかに、地域でプライマリ・ケアを提供しているのは私たちだけでなく、開業医の先生も病院の先生もそうです。そのため他の学会だけでなく、医師会や病院団体もプライマリ・ケアについてさまざまな考えを持っています。総合診療専門医を立ち上げる際に、さまざまな意見が出ましたが、やはり学術的な面や教育については私たちが担ってきたのだから、任せてほしかったと思いますが、力不足だったですね。
 西山 なるほど。背景には、厚生労働省が総合診療専門医の導入に一部関与したためか、政策論や制度論としてとらえる傾向があるからではないでしょうか。「骨太の方針2019」でも医師偏在対策の一環として「総合診療専門研修を受けた専攻医の確保数について、目標を設定しつつ養成を促進する」などと盛り込まれましたし、厚労省には、総合診療専門医にいわゆるゲートキーパー役を担わせたいとの思惑も古くからあると聞きます。
 草場 確かに、医療費抑制という背景から、フリーアクセスの制限を総合診療専門医の役割の一つと考える見方もあるのかもしれません。しかし、私たちはあくまで学会であって、総合診療専門医を定義し、養成することが仕事です。ですから、総合診療専門医がどのような医療制度、政策の中でどのような機能を担うかという議論にはタッチしません。そこに私たちが加われば、私たちが養成するのは学術的「専門医」ではなく、政策的に特定の機能を持つ「機能医」になってしまいます。
 さらに、そうした現状の下で多くのステークホルダーがさまざまな思惑をもって、議論に参加していますが、それが行き過ぎると総合診療専門医が、私たちが考える理念から離れていってしまうのではないかと心配しています。
 口分田 確かに、今は患者さんや総合診療専門医を目指す若い医師のための議論を充実させるべきですね。
ベテラン医師にも役立つ学会の取り組み
 西山 さて、二つ目の柱である臨床に関する知見の提供ですが、私たち地域で患者さんのニーズに応えながら医療を提供している実地医家にとっては期待の大きいところです。また、例えば、病院で外科系の専門医として活躍してきた先生が退職や開業する際には、これまでと異なる知識や技術が必要で、苦労も少なくありません。定年後を含め、そうした医師向けのリトレーニングなども学会が提供してくれるとありがたいと思います。
 草場 総合診療領域のリトレーニングについては、勤務医向けには全日病の総合医、日病の病院総合医などがそれに該当するかと思います。また、開業医など診療所で働く医師向けには日医のかかりつけ医機能研修制度もそうした機能を持っています。全日病の総合医や日医のかかりつけ医機能研修制度のプログラムについては、私たちも企画や運営に加わりながら進めています。私たちの学会としては、リトレーニングについて、現在は座学という形にとどまっています。今後、もっと現場に即して実践力が磨かれる内容へと深堀りできる研修を検討していきたいと思っています。
可能性広がる臨床研究
 口分田 さて、最後の臨床研究についてですが、一部の大学の講座のように研究のための研究になると良くないのではないでしょうか。
 草場 確かに業績ばかりを求める研究は良くないと思います。しかし、私たちの学会が考える臨床研究では動物実験もありませんし、研究領域が細分化していくこともないと思います。すでに行われている実際の研究を見ても、地域がどのような医療を求めているのかなど医療の在り方に関する研究が多く、研究対象が地域や社会へとどんどん広がっていくようなものが中心です。研究で要求されるのは、データを集めて、統計解析をし、質の高い科学論文を完成させることです。多くの医師には十分な時間と経験がないし、やはり学会が組織としてバックアップしないといけません。学会としても、臨床現場の実践に加えて、研究実績やデータもきちんと示して、医学界の中での総合診療の位置づけをもっと高めたいと思っています。
開業医とともに地域医療を支えたい
 西山 最後に協会へのご意見や地域で診療する開業医へのメッセージをお願いします。
 草場 私のよく知っている学会の先生がある地域で開業したのですが、すぐに保険医協会に入会しました。というのも当初は保険診療のルールのことなどで私も相談に乗っていたのですが、地域によってルールが異なり、やはり協会に聞くのが一番良いとなったようです。地域でプライマリ・ケアを提供する医師を支えていただいているということで大変感謝しています。
 第一線でプライマリ・ケアを担ってきた開業医の先生へのお願いですが、今後は少しずつ、総合診療専門医が地域に入っていくことになると思います。そのときに一緒に診療させていただくパートナーとして温かく迎えていただければありがたいと思います。そして、そうした総合診療専門医の教育にも力を貸していただきたいと思います。もちろん過大な負担をかけるわけではありません。先生方が地域で行っている取り組みを見せてやってほしいと思います。そうして、私たちの臨床研究にもぜひ加わっていただければと思います。常に現場にいる先生方のもとには臨床上の知見やデータが蓄積されていると思います。それをぜひ私たちの研究に提供いただいて、ともに学術的にも日本のプライマリ・ケアのレベルをさらに上げていければと思います。
 口分田 私たち保険医協会も学校健診後治療調査を行い、経済的な格差と受療行為の関係や子ども医療費助成制度の意義などについて発信する活動をしています。こうした取り組みを日本プライマリ・ケア連合学会の先生方と協力して、進めていければと思っています。本日はどうもありがとうございました。

図1 日本プライマリ・ケア連合学会等が提供する若手医師のためのキャリアパス
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図2 医師養成の課程と新専門医制度
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