兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2020年1月05日(1930号) ピックアップニュース

特別インタビュー 西宮市立こども未来センター 太田秀紀先生
障害があっても暮らしやすい未来へ

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西宮市・こども未来センター 太田秀紀先生
【おおた ひでき】1977年生まれ。2002年兵庫医科大学医学部卒業、同年より同大学小児科研修医、04年国立成育医療センター総合診療部レジデント、14年兵庫県立こども発達支援センター、17年西宮市立こども未来センター診療所、18年より所長(現職)

 障害を抱える子どもたちに、現在の困難の解決と、将来の社会的自立へ向け、必要な治療と教育を行う「療育」。西宮市は「こども未来センター」を設立し、当事者への療育に取り組んでいる。同センター内の診療所所長の太田秀紀先生は、障害の中で最近増加していると言われる、発達障害の子どもへの発達支援を行っている。センターがめざしている療育とは--。森岡芳雄副理事長がインタビューした。

社会の変化発達障害が顕在化
 森岡 本日はよろしくお願いします。まず、センターの特徴を教えてください。
 太田 このこども未来センターは、障害を抱える子どもを支援するための施設で、2015年に設立されました。昔から西宮市には、肢体不自由児施設と教育支援施設が個別にあったのですが、発達障害への支援には、医療と教育を連携させる「療育」がより重要だということで、二つの施設が合併して当センターが誕生しました。療育は、治療とは異なって症状をなくすのではなく、子どもの発達の状態や障害特性に応じて、社会生活上生じる困難を軽減させるために実施します。当センターでは、その人なりのやり方で生活上の困りごとに対応できるようにサポートしています。発達障害で困っていることは、人それぞれ異なります。当人に合った質の高い療育をめざして、家族や養育関係者と連携しています。
 森岡 発達障害の子どもたちが最近増加してきているとも言われますが、実数が増えているのでしょうか、それとも顕在化してきているのでしょうか。
 太田 はっきりとした結論はまだ出ていません。先天的に要素を持った人は昔からいたと思うのですが、現代社会では、集団生活の場で競争が激化してきていますし、スマホやインターネットの普及に伴い、子どもと社会との関わり方も変化してきています。そのため、昔と比べ発達障害の人たちが生きづらく感じることが増え、専門の医療機関を受診するケースが増えたため顕在化しているのでしょう。当センターの電話相談の件数も増えているように感じています。
 森岡 診断の際に留意されていることはありますか。
 太田 診断には、器質的疾患がないかの検査や、知能検査、乳幼児期の発達経過の把握などが必要で、臨床心理士の助けを借りても時間がかかります。診断で注意すべき点は、普段は落ち着きのない子でも、診察室の中では、おとなしくしていることがあるので、その子の普段の様子、例えば診察室の外の情報が重要になります。情報をつかむためにも、センターのスタッフ全員が子どもをよく観察して、気づいたことを共有することが、正確な診断につながります。時には、所属する学校や保育所等への訪問も行います。
 森岡 相談件数が多く、診断にも時間がかかるとなると、職員などが不足し、診察や療育までの待ち時間も長くなるのではないでしょうか。
 太田 そうですね。受診する子どもたちは、年齢も環境もそれぞれ異なりますし、当センターでは子どもの成長に関することであれば、どのような相談でも受けつけているため、人材の育成と確保は課題の一つです。
適切な療育にはスピード対応が勝負
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聞き手 森岡芳雄副理事長

 森岡 小児科医として、内科への移行のことが気になっています。子どもが卒業や就職を迎えるときに、どのようにサポートされているのですか。
 太田 子どもたちが義務教育を終える、または社会に出る15~18歳頃に、大人の発達障害を診察できる診療所に紹介することとなるのですが、それまでにいかに療育を成功させ、社会に送り出すかが重要になると思います。発達障害の子どもたちの自尊感情を傷つけずに、その頃までに、周囲と良好な関係を作っていくことが重要です。社会に出ることに自信が持てないと、次第に社会との接点を持たなくなってしまいます。そうならないために、乳幼児の早期から高校卒業の時期までうまくサポートする必要があります。そういう点で、診断から療育につなげるスピードが重要だと思っています。
 「発達障害の子どもは融通が利かない」など言われますが、きっちりした仕事や、定型発達の人(障害を持たない人)が音を上げてしまうような繊細な仕事や単調な仕事を粘り強く黙々とこなすことに長けていることが多いです。職人さんのような仕事ですね。そういった仕事を紹介することも、暮らしやすい社会の構築のために重要だと思います。
 森岡 思春期を迎える頃までに、発達障害の子どもを適切な療育につなげるために、われわれ一般の小児科医が注意しなければならないことはありますか。
 太田 かかりつけの小児科の先生には、気になる点がありましたらご家族にそのことを伝え、小児神経・発達の専門医や当センターのような自治体の施設へ相談するよう促していただきたいと思います。また、専門のクリニックの先生には、療育が軌道に乗った子どもたちを紹介させていただくこともあります。いずれにせよ、センターだけで対応するのは難しいのが原状ですので、地域の先生方との連携も重要となります。
より良い療育の実現へ家族や学校と連携
 森岡 周囲の方々との連携が重要だとのことですが、センターはご家族や養育機関などへは、どういった対応をされているのでしょうか。
 太田 ご家族に対しては、子どもを診断して、療育につなげるまでには、待ち時間などがどうしてもかかりますので、逆にそのことを利用して、自分の子どもには人と違った特性があることを、時間をかけてよく理解してもらうように努めています。学校への対応としては、その子どもが通っている、あるいは通う予定の学校の先生方などに、子どもとどのように接すればよいのか面談などでお話ししています。
 森岡 私も発達障害の子どもを診察することがあり、気になっているのが、療育手帳を取得すべきかどうかなのですが、どのようにお考えですか。
 太田 療育手帳を申請することで、さまざまなサポートを受けることができます。例えば、学校では補助教員をつけていただきやすくなるなど、より良い教育を受けられるようになります。一方、周囲の発達障害への理解がまだまだ不足しているという現実もあります。申請するかどうか、ご家族の意向が最も重要ですが、適切な療育を受けられるよう、センターから必要な情報をお伝えしています。
子どもたちがみな笑顔で暮らせるために
 森岡 当事者が暮らしやすい社会にするには、どういったことが必要でしょうか。
 太田 現在は、専門の医療機関や当センターなどに通い、専門家の診断と指導を受け、サポートの道が初めて開けるといえます。しかし、本来のあるべき姿は、発達障害について社会が理解を深め、その子の特性に合わせて、家族や、近所の方々、保育所、幼稚園、学校などさまざまな場所で出会う人々が柔軟な対応を行うことです。そして、なお本人が困っていることについて医療・介護・福祉が手を差し伸べることこそが本当に必要な支援ではないでしょうか。そのためには市民への日ごろの教育・啓蒙活動が大切だと思います。例えば、今でも、一日研修会や市民向けの公開講座の依頼があれば、発達障害の人への正しい理解や正しい接し方を積極的にレクチャーすることで、社会の理解を深めるように取り組んでいます。
 森岡 そうするには、定型発達の子どもへの教育、指導も重要になるのではないでしょうか。
 太田 確かにその通りですね。子どもの頃から、そういう知識を得ておくことで、発達障害の子どもと良好な社会生活をおくることができるようになると思います。最終的にめざしているのは、社会が発達障害についての認識を深め、障害者が不安感なく暮らせる社会の実現です。
 森岡 お話を伺って、将来的に市民の理解を深める上で、センターが果たす役割は非常に大きいと思いました。協会も県下の施設の充実へ向けて、行政への要請などを継続していきたいです。
 太田 ありがとうございます。自治体も職員や予算の問題もあって難しいのですが、協会がこれからもいっそう改善に声を上げてくださることを期待しています。
 森岡 本日はありがとうございました。
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