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兵庫保険医新聞

2020年5月15日(1941号) ピックアップニュース

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新型コロナウイルス対策 特別インタビュー
地域一丸での発熱トリアージ

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西脇市立西脇病院 病院長
岩井正秀先生
【いわい まさひで】1955年生まれ。1982年神戸大学医学部卒業後、神戸大学医学部附属病院第2内科、兵庫県立加古川病院、城陽江尻病院、書写病院を経て、1990年西脇市立西脇病院に着任。内科部長、血液浄化部長、地域医療連携室長、医療安全管理室長、救急診療部長、診療局長、副院長などを務めたのち、2016年に病院長就任。総合内科専門医、糖尿病学会専門医・指導医。

 新型コロナウイルスから患者・医療従事者を守る--。市立西脇病院は駐車場にテントを設置して発熱トリアージ外来を行っている。県下でも先進的な取り組みが可能だった背景や、地域の開業医との協力体制の構築について、岩井正秀病院長に西山裕康理事長、林武志北播支部長が話を伺った。当日発熱トリアージ外来の診察を行っていた柳井映二評議員が同席した。

発熱トリアージ外来の概要
 西山 本日はお忙しい中、ありがとうございます。まず、発熱トリアージ外来について教えてください。
 岩井 病院の駐車場に外来診療用テントを設置し、健康福祉事務所からの依頼や、開業医の先生方からの紹介を受けた発熱患者を対象に、平日と土曜日に、予約制で診察しています(10時~12時、13時30分~15時30分、土曜は午後のみ)。毎日10人程度が受診されています。
 西山 このような取り組みを決断した理由はなんでしょうか。
 岩井 北播磨地域の基幹病院である北播磨総合医療センターや、加東市民病院が外来診療や新規入院の受け入れを一時停止する事態になったためです。当院を受診する発熱患者が増加することが見込まれたので、建物内での感染を起こさないために、テントを設置することにしました。
  テントは、今回のような事態を想定していたのですか。
 岩井 もともとは災害時診察用のテントです。当院が災害拠点病院に指定されていたので、活用することができました。また、昨年の秋には、災害時を想定した訓練を行いましたので、今回スムーズに活用することができました。駐車場の病院建物側に設置しているのは、必要な電気を病院からケーブルで引いているからです。
地元の開業医の協力
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聞き手 西山裕康理事長

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聞き手 林 武志北播支部長

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聞き手 柳井映二評議員

 西山 毎日の診療となると、医師の確保が大変ですね。
 岩井 地元の15人ほどの開業医の先生にご協力いただき、輪番で診察に当たっていただいています。昼休みの時間にあたる午後の診察に協力いただいています。テントをご案内しましょう。
 西山 本日は協会役員の柳井映二先生が診察を担当されています。今日の状況はいかがでしたか。
 柳井 午後は二人だけの診察でしたから早めに終わりましたよ。マスクやガウン、手袋、フェイスシールドなどの防護具が準備されているので、安心して診察することができますね。
 岩井 中を見ていただくと分かるのですが、テントの両側を開放できるようになっています。2方向の換気ができますので、建物内の診察室よりも感染のリスクを下げることができます。採血もテント内で行えますが、PCR検査の検体採取は、くしゃみなどの飛沫を吸い込まないように、車の中で窓を開けて実施します。
 西山 今後もこのテントでの発熱外来を行う予定ですか。
 岩井 それもできなくはないのですが、熱がこもりやすく、夏場は医療従事者の熱中症リスクが高まるので、難しいでしょうね。エアコンを設置したプレハブの別棟を準備しなければならないかと考えています。
  私もこれまで2度診察させていただきました。診療所では、基本的に医師は一人ですので、院長が感染すると診療が停止してしまうことが危惧されます。マスク、手指衛生に加え、換気や距離を取るなどの感染予防は行っていますが、感染が疑われる患者さんについては不安がありました。そういった方を紹介できる点から、この発熱トリアージ外来の存在は非常に心強いです。
 岩井 実施に当たって、医師会で説明会を開催したところ、予想以上に多くの開業医の先生方に参加いただき、ご理解とご協力を得ることができました。以前から日曜日の昼間の一次救急で、地元の先生方に応援いただく協力体制を作ってきたことが良かったのだと思います。
防護具不足の懸念
 西山 マスクなどの防護具の確保状況についてはいかがでしょうか。
 岩井 十分確保できているとは言えません。特にN95マスクは、入荷のめどが立たず、非常に厳しい状況です。マスクを二重にして、外側のカバーマスクを交換することで、内側のN95マスクを清潔に保つなどの工夫で乗り切っています。
  開業医でもマスク不足は深刻な問題です。病院の発熱トリアージ外来では、必要な防護具はすべて用意していただいているので、安心して診療することができます。
 岩井 ただ、感染の拡大に伴い、発熱外来受診者が急増した場合には、防護具の消費量も増えてしまうので予断を許さない状況です。
必要な患者へPCR検査を
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駐車場に設置された発熱トリアージ外来を行うテント型の診察室

 西山 実際のトリアージについてお教えください。
 岩井 西脇市内では、現時点(5月7日)でまだ感染者が発生していませんので、接触歴が重要な判断基準となります。
健康福祉事務所からの依頼や開業医からの紹介を受けた患者さんには、まず当院へ電話で相談していただくのですが、その際は事務職員ではなく、看護師が症状や接触歴などを聞き取ります。それにより、どのような症状の患者さんが受診されるのかを把握し、医師やスタッフが、適切で詳細な情報をあらかじめ共有して診察に臨むことができます。来院後は、採血や胸部レントゲンやCTにより肺炎の診断を行います。CT撮影は、2台のうち1台を発熱患者用とし、院内への移動は夜間休日入口を利用することで、一般患者さんと動線を分離することができています。これまでに、PCR検査を必要とした患者さんは1割程度でした。このように、新型コロナウイルス感染が疑われる患者を発熱外来でトリアージすることで、保健所の適切な検査につなげられていると思います。
弱点が明らかになった病院機能の一極集中
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診察用テントは2方向換気ができる構造(入り口側より撮影)

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岩井病院長(左)へ市立西脇病院の取り組みを伺った

 西山 患者さんがPCR検査で陽性となった場合は、西脇病院に入院することになるのですか。
 岩井 北播磨地域で感染症病床を有する病院は、市立加西病院になっていますので、当院に入院していただくことは現時点ではできない状況です。公立病院なので、今後行政から、病床を準備するよう強い要請が来る可能性もありますが、当院では前室を持つ病室がないなど、感染者の入院に対応できる十分な設備があるとは言えません。必要であれば、大阪市の十三市民病院のように、新型コロナ感染症専門病院を作るといった、思い切った政策を取るほかないでしょう。
  新型コロナ感染症ももちろん問題ですが、そちらに注力しすぎることによって、他の慢性疾患などを診療していただけなくなっては困ります。
 岩井 やはり大切なのは、他の病院との協力・連携だと思います。もともと北播磨地域では、公立・公的病院の統合・再編計画で、北播磨総合医療センターに急性期機能を集約することで、他の公立病院は不要であるとの風潮もありました。
 しかし、今回の北播磨総合医療センターや神戸市立医療センター中央市民病院など、高機能の大病院で診療機能が低下したことなどで、地域医療を一極化することの危険が現れたと言えるでしょう。現在は、公立・公的病院の再編・統合が検討されていますが、再考も必要かもしれません。
収束へ長期戦プレッシャーに負けない
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公立病院と開業医が協力して地域医療を守ると確認

 西山 現時点では、西脇市内で患者は発生していませんね。
 岩井 確かにその点はほっとしていますが、感染が発生しなくとも、たとえばスタッフが濃厚接触者となってしまった場合は自宅待機となってしまい、急激に医療現場の状況は逼迫してしまいます。
  医師や職員は、自らが感染してしまうことに神経質になっていませんか。
 岩井 遠方から通勤している職員は、「自分がウイルスを持ち込んだらどうしよう」と常に不安を感じていると思います。この発熱トリアージ外来の取り組みが取材されて全国的に注目が集まっていることや、市内で患者がまだ発生していないことが、逆にプレッシャーとなりえます。ただ、見えない敵が相手ですから、感染対策を万全に行っていても、感染者が出てしまうおそれは常にあります。そこで、私は職員に対し、十分な対策を講じた中で感染者が出てしまうことは、不可抗力的な面があること、そして感染した職員に対して責任を問うようなことはしないので、事態を悪化させないよう、判明時にはすぐに誠実に名乗り出てほしいと説明させていただきました。
 西山 看護師の院内感染リスクが高いという情報もあります。他の地域では、感染や風評被害を恐れるあまり、病院を辞める職員がいるとも聞きますが、実際のところはいかがですか。
 岩井 北播磨地域では加東市に播磨看護専門学校があり、卒業生の多くがこの地域に就職する体制になっています。いわば地元に密着した形態で頑張っています。
 それよりもこの病気の怖いところは、自らが発症していなくとも周囲に感染を広げる恐れがあることです。そうなると、感染経路不明となりますが、こればかりは防ぎようがないので、あまりピリピリせずに、可能な範囲での感染予防を十分に行うことが重要になると考えています。収束の見通しも立たないわけですから、職員には「過剰に神経質になりすぎずに、向き合わなければいけない」と発信するよう心がけています。
  先生のお人柄とリーダシップがあってこそ、病院職員だけでなく、開業医の先生も含めて、一丸となって対応できているのだと感じています。西脇病院は周辺の開業医にとってはなくてはならない病院ですが、ワクチンや確立した治療法のない新型コロナウイルス感染症を拡大させないため、また医療崩壊を起こさないための取り組みをくわしくお伺いして、地域に密着する病院としての重要性を改めて認識しました。また、地域が協力、連携して長期戦に対応していくことの重要性も再確認しました。今後も引き続きよろしくお願いします。
 西山 今回のような感染症はもちろん、地域の要求に一致した役割を果たしている公立・公的病院を守ることは、地域医療や住民の健康を守るために不可欠です。協会としても、十分な人員や安定した経営が確保できるよう要望していきます。本日はどうもありがとうございました。
(次号に木原章雄理事〈西脇市〉の発熱外来診療体験記を掲載予定)
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