兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2021年1月05日(1962号) ピックアップニュース

特別インタビュー 県立がんセンター院長 富永正寛先生
地域医療連携で安心のがん治療提供

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兵庫県立がんセンター院長
富永正寛先生

【とみなが まさひろ】 1983年神戸大学卒業、同大学旧第一外科入局、県立柏原病院・三田市民病院・帝京大学救命救急センター勤務。同大学大学院終了後、済生会中津病院勤務を経てフンボルト大学ルドルフ・ウイルヒョウクリニック(ドイツ)留学。帰国後、神戸大学消化器外科講師・肝胆膵外科講師、救急・集中治療センター副センター長、外科学講座准教授等を経て2008年から県立がんセンター勤務。2014年副院長、2020年4月から院長

 県内のがん診療の中核を担う、兵庫県立がんセンター(明石市)。現地建て替えが決定し、今後さらなる医療の拡充が期待される。今後の計画や、新型コロナウイルス感染症の影響、地域の医療機関との連携などについて、院長の富永正寛先生に、西山裕康理事長がお話を伺った。

新型コロナ禍でも早めの受診呼びかけ

 西山 院長就任おめでとうございます。
 富永 ありがとうございます。昨年4月に就任しましたが、新型コロナウイルス感染症が拡大していることと、建て替えの問題もあるので日々忙しくしています。
 西山 新型コロナの影響はいかがですか。
 富永 当院は、基本的に救急医療を担当していないので、風邪症状や発熱を主訴とする患者の初診はまずありません。一方で、がん治療に特化した機能を有するため、体力や免疫力の低下している患者さんが多く、新型コロナが患者さんに感染すると一気に重症化してしまいます。アメリカの報告では、がん治療中の患者さんがコロナに感染すると、その死亡率が20%を超えるという報告も出ました。ですので、コロナ感染患者さんは基本的には受け入れないようにしています。具体的には、入り口で問診と発熱チェックを行い、疑い患者に対しては導線を別にして、トリアージ室で対応するなどの水際対策をしっかりと取っており、これまで入院患者さんの陽性者や職員のクラスター発生は出ていません。また疑わしい患者さんのPCRは行っていますが、来院者全員のPCR検査はしていません。発熱や呼吸器症状などの臨床所見と胸部CTにより概ねコロナで治療が必要かどうかは診断が可能です。当院では、陽性患者さんの受け入れはできませんが、尼崎医療センターや加古川医療センターが医療崩壊寸前となった際や、沖縄県が非常事態宣言を発令した時には、病棟を縮小して応援の看護師を派遣しました。
 西山 受診抑制による経営悪化が問題になっていますが、いかがですか。
 富永 初診、再診ともに患者数が減少し、特に外科系入院で顕著でしたが、入院全体では前年の1割程度の減少です。通院患者さんからも受診を延期したいという連絡はよくあり、病状を加味した上で、通院間隔や手術延期を決めています。
 西山 病院の機能上、不要不急の受診はないでしょうが、それでも影響が出ているのですね。
 富永 ただ、一番の懸念は、市民の方々がコロナ感染を怖がって検診に行かなかったり、体に異変があるのに受診を控えたために手遅れになってしまう事態です。欧米の論文では、新型コロナの影響でがんの発見が3カ月遅れると、ほぼすべてのがんで10年生存率が15%以上低下すると予想されています。やはり気になる症状があれば、コロナに対する自己管理を行いつつ早めの受診が重要でしょう。
 西山 今の受診抑制のために、将来、がん患者さんの病状が進行してしまう危険性があるわけですね。
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聞き手
西山裕康理事長

最新の治療法の実績とチーム医療が強み

 西山 がんセンターは、国より都道府県型がん診療連携拠点病院に指定され、県下のがん医療の中核的役割を担っておられます。特長や強みはなんでしょうか。
 富永 当院には、内科・外科・放射線科の3本柱はもちろん、各領域のスペシャリストがそろっており、医療の質と安全性が高いレベルに保たれていると自負しています。例えば内科では、臨床試験や治験にも数多く参加し、最新の分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの治療経験が豊富です。外科でも、鏡視下手術やロボット手術などの低侵襲手術や、他院が敬遠するような高難度手術も数多く行っています。重複がんや、糖尿病、心疾患などの合併症のある患者さんも多く受け入れ、いずれの治療成績も優秀です。
 西山 難しいがん患者さんはいわゆる不採算部門とされがちなので、受け入れは公立病院の使命として重要ですね。ただそうなると病院経営が心配です。
 富永 確かに最近は、新規患者さんやのべ入院患者さんの減少により、経営が年々苦しくなっています。背景には、病院の老朽化の一方で周辺での新病院の開設、がん治療の均てん化政策、低侵襲手術の増加による入院日数の短縮や化学療法の入院から外来治療へのシフトなどが挙げられると思います。低い診療報酬もマイナス要素です。
 ただし、がん医療は一つの診療科や部門で治療して完了ではありません。退院後の定期的な経過観察が大事ですし、もし再発や転移が見つかれば、複数の診療科や地域の医療機関との連携が必要になります。また術後のリハビリや退院準備に際してもかかりつけ医や地域の医療機関との情報交換や連携が欠かせず、さらに市民からの相談を扱う相談支援センターも重要です。当院は、病院全体での横の連携が強く、積極的にチーム医療を実践しているのが強みです。

新病院でゲノム医療の推進めざす

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地域で協力してがん治療を進めることを確認。(右から)西山協会理事長、富永院長、藤野泰宏副院長、里内美弥子副院長

 西山 がんセンターも昨年に新病院の建設が決まり、今後の発展が期待されますね。
 富永 今年で築37年となり、ようやく現地建て替えの基本整備計画が策定され、2024~25年には新病院が稼働する予定です。現地建て替えのため、以前の県立こども病院の時ほどではないですが、新病院へ移行する時に、いかに診療機能をシームレスに移行できるかが課題です。
 西山 新病院完成後は、どういう点を強化されますか。
 富永 新病院設置にあたり、機能強化のポイントを5点掲げています(図)。特に注目されるのは、「2.がんゲノム医療・化学療法の推進」です。一昨年に国より「がんゲノム医療拠点病院」に指定されましたが、兵庫県では当院と神戸大学附属病院、兵庫医科大学病院の三つだけです。ゲノム医療・遺伝子治療は、最先端の個別化治療の領域で、今後適応が広がる見通しです。外来での化学療法も分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の使用増加が見込まれますので、外来化学療法室も増床します。
 西山 病院機能をより拡充するとなると、医師の確保や、働き方が課題となるかと思います。
 富永 病院の質に関して外部から一定の信頼を得るには、病院機能評価がより重要になると考えています。がん診療連携拠点病院の指定条件や各種部門の加算にあたっては、第三者の評価を受けるのが望ましいとされており、今後義務化されることも見越しての対応を進めています。
 医師の働き方改革に関しては、当院は緊急の外来や手術は比較的少ないので、他の病院ほど時間外勤務時間の抑制などに苦労することはないですが、手術のための事前の勉強やデータ整理など自己研鑽の時間か超過勤務かの判断に悩むケースも多々あります。

がん疑いがあれば遠慮なく紹介を

 西山 最後に、病診連携の取り組みについてご紹介ください。
 富永 当院の患者さんも高齢化が進み、合併症のある方も多く、地域の病院やかかりつけ医の先生方との連携は欠かせません。基幹病院とかかりつけ医との医療連携は、概ね地域医療連携室を中心にして確立されています。さらに明石市では以前より「子午線ネット」を立ち上げ、かかりつけ医もこのネットワークにアクセスすることで基幹病院に紹介した患者さんの検査結果や治療内容をスムーズに共有できるようになっています。一方、当院はがん専門病院だけに合併症(糖尿病・脳血管障害・心疾患など)のコントロールについては他院にお願いすることもあります。今後はこの「子午線ネット」を介して、がんセンター、明石市民病院や明石医療センターといった基幹病院間でも必要な患者さんに関する医療情報の連携を速やかに取れるよう準備を進めていきます。また、当院のがん相談支援センターでは、当院にかかっているかどうかを問わず、がんに関しての些細な質問や身近な人のがん相談などをお受けしています。開業医の先生方もぜひ患者さんやそのご家族にそのことをお知らせください。ところでがん治療には早期発見・早期治療が重要ですが、兵庫県のがん検診率は全国平均を下回っています。症状が出てからでは遅いことも多いので今だからこそ、患者さんにぜひ勧めてください。
 西山 がんセンターの患者さんでなくても気軽に相談できるのはありがたいですね。一方、開業医の中には、十分に検査していない時点でがんセンターに紹介するのは気が引けるという声もあります。
 富永 以前は敷居が高いと言われたこともありましたが、現在はそんなことはないですよ。もし診断がついていなくても、検査での異常やがん疑いの患者さんを紹介いただければ、精査して治療につなげて参りますので、遠慮なくご紹介ください。
 西山 敷居は決して高くないということですね。今後は積極的に紹介させていただこうと思います。本日はありがとうございました。

図 新病院に向けての機能強化のポイント
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