兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2024年3月15日(2064号) ピックアップニュース

能登半島地震被災地訪問レポート
歴史・文化をふまえた地域再建の可能性 顧問 広川 恵一

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①輪島市内で1階部分が倒壊した建物、②輪島市内では道路に亀裂が入って通行に支障を来していた、③地震による液状化で水浸しになった駐車場(七尾市内)

 協会は2月10~12日、保団連・各協会と協力し、能登半島地震の被災地訪問活動を行った(前号既報)。広川恵一顧問のレポートを掲載する。

被災地訪問に向けて
 能登半島地震直後から旧知の友人で石川県保険医協会副会長の平田米里先生と連絡を取り合い、1月17日(水)石川県保険医協会を福岡歯科協会の杉山正隆副会長(保団連理事、新聞部長)と兵庫協会の藤田誠治事務局長とで訪問。
 石川協会の工藤浩司事務局長と小野栄子次長から地域・会員の被災状況をうかがい、兵庫協会から西山裕康理事長の代理でお見舞い金を届け、そのあと、現地で一緒になった保団連の住江憲勇会長と事務局の岩川修さんと平田先生の自宅で今後の打ち合わせを行いました。
被災地での医療ととりくみ
 2月10日(土)の午後から12日(月・祝)の昼まで、事務局の楠真次郎さん、杉本理さんと、阪神淡路大震災・東日本大震災・熊本地震以来つながりのある、大阪府保険医協同組合の湯浅直巳参与、青森協会の廣野晃久参与、杉山先生、福岡歯科協会の城間盛太郞事務局員との7人で金沢、能登半島被災地を訪問しました。
 11日(日)朝6時半にレンタカーで金沢を出て、内灘海岸、志賀原発を回り、平田先生から紹介をいただいた中能登の堀江歯科医院の堀江一成先生を訪問し、大阪協同組合が準備した医薬品を近隣医療機関に配布いただけるようお届けしました。そのあと七尾の一本杉通り商店街に。被災した町中で、東日本の被災地からの協力も得て、第1回目の〈復興マルシェ〉が開かれるところでした。復興の支えの一つとして今後の各地での拡がりを願うばかりです。
 その七尾では、ねがみみらいクリニックの根上昌子先生、石川勤労者医療協会輪島診療所を訪問しました。根上先生については報道で知ったのですが、能登の過疎を見据えて拠点として医療をすすめられていて、医院の中に女性のための安心できるスペースをつくられていました。
 輪島診療所では一人のヘルパーさんが寝たきりの女性を介護の最中、地震で家が崩れ、ガラスが散乱する中、裸足で救出して高台に車椅子を押して避難をすすめた経験(この話は自分から進んでされませんでしたが)など、それぞれ貴重な数々の取り組みをうかがいました。
 珠洲市を回り午後6時半に金沢に戻り、そのあと石川協会で、藤田事務局長も加わり、輪島診療所の山本悟先生から診療所と周辺の被災状況の報告をいただき、被災地からの避難による人口の減少がうかがえました。
被災地での移動
2064_04.jpg  金沢から珠洲市まで約140㎞、往復280㎞で通常は5~6時間の所要時間ですが、渋滞はないものの道路の損壊もあり時間がとられ、食事なしの移動となりました。
 もとより現地に食事できるところはありません。トイレは自由に使えず、要所に仮設トイレが設置されていました。被災地の訪問にトイレマップは必要です。
 七尾以北では、道路の損壊がひどく、輪島では海岸の道が閉鎖され山中を回ることになるため、時間がとれず、あと1カ所の診療所訪問ができませんでした。
 通行には差し支えないものの奥能登では道路脇に積雪がみられ、原発震災での避難路は確実なものでないことが分かりました。
志賀原発の歴史と現状
 翌日の午前は2011年より休止中の志賀原発(年間数百億円の維持費用とのことです)の歴史と現状を「北陸電力と共に脱原発をすすめる株主の会」代表の中垣たか子さんからうかがいました。
 1999年6月に原子炉の制御棒が抜け落ちて15分間の臨界事故が起こったことが8年間も隠蔽されていたことは内部告発で発覚し、誰も責任をとらないという曖昧なことで終わったとのことでした。その事件が明らかにされないまま(されないようにして)2カ月後に2号機の建設着工、そして3カ月後に茨城県東海村でのJCO核燃料加工施設で2人が亡くなり1人が重症、667人の被曝者を出した臨界事故が起こっています。
 志賀原発ではすでに報道されているように、使用済燃料貯蔵プールの水の飛散。変圧器の絶縁油漏れは当初3500Lといわれ、そのあと2万4600Lに訂正、全量回収されたとのことでしたが、一部は海に流出しています。
 その油漏れで外部電源の一部と、5台ある非常用ディーゼル自家発電装置の中の1台が使用不能。モニタリングポストは116カ所中、18カ所故障。同原発では非常用ディーゼル自家発電装置以外にも、大容量電源車や高圧電源車計8台を配備しているとのことですが、もし、原子炉が稼働中で、外部電源が喪失し、地震で発電機・電源機が機能不全となれば、炉心冷却ができなくなり福島第一原発と同じ事態が引き起こされたかもしれず、原子炉が止まっていて何よりよかったことと思います。
能登の過疎と歴史・文化
 能登は漆器や水産業が有名ですが、もともと過疎地で、さらに人口減少がすすみ(2023年10月・16万6000人、2013年20万人で17%減少)、そこに繰り返す地震(前回は2023年5月の珠洲地震)に、加えて志賀原発(核燃料装荷なし・使用済み核燃料あり)があり、住民も現地の医療機関も今後に不安を感じていることが伝わってきました。地元の人の話でも住民の、金沢をはじめとする県内・県外への転居がすすんでいて、医療機関・施設の閉所などあればますますそれぞれに拍車がかかることが予想されます。
 能登半島地震は東日本大震災の被災地に重なるところがあり、また、原発や石油備蓄(六ヶ所村)、LPガス備蓄(七尾)など、国策としてのエネルギー政策に能登半島と下北半島の類似点を多くみました。
 一方、能登キリコから秋田の竿燈、青森ねぶたへと江戸時代の北前船での文化の伝播を感じ、歴史や伝承文化を組み込んだ地域の再建の必要性と可能性を感じました。
被災地のドクターの思いから
 訪問に対応をいただいた根上先生にお礼のメールをしたところ、「...奥能登の過疎、無医村化は私もとても懸念するところで...奥能登について七尾は他人事ではなく、能登地区一帯、一丸として対応すべきことだと考えています...。今後の医療過疎が進む地域のお役に...巡回診療という形でも何か手伝えることがないのか?...そして、北前船の通り道に脈々と伝わる祭りや海洋文化など日本古来の文化と今回、潰れてしまった家屋は多いものの木造の日本家屋、大棟のある瓦屋根、など歴史や伝承文化を大切にした地域の再建の必要性と可能性を感じ...」とさっそくお返事をいただき、このお便りにとても力づけられ希望をもつことができました。
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