兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2024年4月25日(2068号) ピックアップニュース

診療報酬改定インタビュー② 病院
地域の病院は事実上のマイナス改定

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明石市・大久保病院理事長 吉岡 巌先生

 6月から実施される診療報酬改定で医療現場にどのような影響があるのか。シリーズで紹介するインタビュー第2回目は、明石市で大久保病院を運営する特定医療法人誠仁会理事長の吉岡巌先生と尼崎医療生協病院院長の大澤芳清先生に病院への影響について聞いた(聞き手:編集部)。

職員分断するベースアップ評価料
 -まずは今回の診療報酬改定全体を見渡して、病院への影響はどうでしょうか。
 吉岡 そもそも、これまでの低医療費政策の下で中小の病院の経営は何年にもわたってかなり厳しいものでした。この点について、今回の改定は全く手を付けずに、職員の賃金の引き上げだけを行うもので、まったく不十分だと言わざるをえません。
 大澤 病院にとっても事実上のマイナス改定だと思っています。吉岡先生のおっしゃったように、純粋に経営が改善するという改定内容がありませんでした。
 -政府は今回の改定の特徴は、医療従事者の賃金の引き上げだといっています。
 吉岡 確かに「外来・在宅ベースアップ評価料」の(Ⅰ)、(Ⅱ)、「入院ベースアップ評価料」が新設されました。
 しかし、政府が医療機関のベアの目標として掲げているのは、今年度+2.5%、来年度で+2.0%です。春闘では、それ以上のベアが発表されています。これでは、賃金の引き上げ率でも実額でも、他産業と比較して、医療界の人手不足は解消されないと思います。
 そもそも、今回の診療報酬改定のプラス部分はほとんどがこの賃上げを行う原資となっており、病院の経営を改善し、より充実した医療を地域で患者さんに提供するということはできません。
 大澤 その通りです。確かに医療従事者の賃金の引き上げを行うことは必要です。今回のベースアップ評価料は職種が限られており、対象となる職種だけの賃上げを行えば職員間に分断を持ち込むことになります。さらに診療所や介護老人保健施設等を運営している法人は多く、ベースアップ評価料のみでは、事業所ごとに引き上げ額が異なり、事業所間に格差が生じます。対象とならない職員の賃金の引き上げや格差の解消には、さらに負担が必要になります。
 患者さんの明細には「ベースアップ評価料」として、いくら徴収したかが掲載されます。これを患者さんに窓口で説明をしてご理解いただくのは非常に大変だと思います。
 当院では、このベースアップ評価料を算定するかしないかで何度も検討を行いました。今でも医師や看護師はもちろん、他の医療スタッフも不足しており、当然、賃金を上げなければ、他の医療機関に人材が流れ淘汰されてしまいます。ですから患者さんに丁寧に説明をして算定を行い、手当なども調整し、賃金を引き上げることを考えています。
 -賃金を引き上げても人手不足は解消しませんか。
 吉岡 医療界の人手不足は深刻です。当院では特に看護師が不足しています。
 最近は、スポット派遣による看護師が増えています。時給は約3000円と派遣会社の取り分が上乗せされていますから、常勤の看護師と比べてかなり高額です。ただ、なかなか常勤の看護師が確保できない中で、常勤の看護師に退職者が出た場合は、施設基準を満たすことができなくなってしまいますので、そうした人材派遣会社に頼るしかありません。
 大澤 当院も看護師はもちろん、事務職員も不足しています。職員採用の説明会を行っても参加者がなかなか集まりません。やはり他の業種に比べて賃金が安いだけでなく、若い世代が将来性を感じられないという問題もあると思います。
 厚労省も日本経団連も医療や介護は成長産業だと言っていますが、それを裏付ける診療報酬や介護報酬が低すぎることが大きな問題であると思います。
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尼崎市・尼崎医療生協病院院長 大澤 芳清先生

入院基本料さらに要件厳しく
 -急性期一般入院料の施設基準が見直された影響はどうでしょうか。
 吉岡 重症の患者さんが入院している割合や重症の定義、平均在院日数の制限がさらに厳しくなりましたので、手術をかなり行う外科系の病院はまだしも内科系の病院は急性期一般入院料1の維持は困難だと思います。
 大澤 当院はまさに内科系入院が多い病院です。当院には、急性期一般入院料1の病棟が二つ、地域包括ケア病棟、緩和ケア病棟がありますが、今回の改定を機に二つの急性期一般入院料1の病棟を急性期一般入院料2と新設された地域包括医療病棟に変更する予定です。ただし、急性期一般入院料2についても、維持は簡単ではなく、急性期一般入院料5の算定ということになりかねません。
 吉岡 当院はこれまでの急性期一般入院料1の病棟を維持するつもりです。ただ、お盆やお正月など手術が減る時期は術後の重症の患者さんの割合が減るので維持は大変です。
 -新設された地域包括医療病棟とはどのような病棟なのですか。
 この病棟は高齢者の急性期に対応する病床という位置づけですが、背景には、高齢者を入院させないという政策があると思います。
 本来であれば、高齢者でも重症度によって、3次救急で対応しないといけない場合もあります。それを年齢で区分して、重症であっても地域包括医療病棟で診るというのは様々な問題が出てくると思います。
 また、地域包括医療病棟で難しいのは、どのような患者さんを入院させるかということです。患者さんの疾病や状態によっては、急性期病棟に入ってもらった方がよい場合もありますから、それを入院時に医師が判断するのは非常に難しいと思います。経営的にも、結果として地域包括医療病棟ではなく、急性期に入ってもらった方がよかったということもあり得ます。
 地域包括医療病棟は院内から転病棟の患者さんを事実上受け入れられませんので、院外の患者さんの入院を受け入れることになります。ですから、地域の病院間で患者さんの獲得競争が起こる可能性があると思います。
 確かに病床機能の分化と言いますか、地域で各病院の長所を生かして連携していくということが理想だと思います。しかし、政府もそう謳っていますが、実際には地域で患者さんや医療スタッフの獲得競争をさせ、一部の病院を淘汰しようとしていることには大きな疑問を感じます。
 -療養病床はどうですか。
 吉岡 療養病床も医療区分が細分化され、これまでよりも算定要件が厳しくなりました。特に中心静脈栄養を実施する患者さんは、これまで比較的評価の高かった「医療区分3」に該当するとされていましたが、今回の改定で疾患と期間が限定され、中心静脈栄養を実施していても対象疾患以外の場合や30日を超える場合は「医療区分2」とされてしまいました。中心静脈栄養からの離脱を促すためとされていますが、同じ医療行為にもかかわらず、疾患や実施期間によって、評価がこれまでよりも低くなるのは問題だと思います。
物価高騰での苦境 まったく改善されず
 -入院時の食事療養基準額の患者負担増による引き上げについてはどうでしょうか。
 吉岡 今、病院は物価高騰で本当に厳しい経営を強いられています。水光熱費など驚くほど上がっており、経営を直撃しています。にもかかわらず、それに対応する診療報酬改定になっていません。
 確かに入院時の食事療養基準額の見直しは行われましたが、そもそも患者さんに負担を転嫁するという時点で間違っています。その上で、引き上げ額が全く現状に見合っていません。
 今、どこも原材料費の高騰で苦しく入院給食を扱う業者が少ないというのが現状で、一度、給食業者との契約を見直すと再びその値段で契約することはできないというような状況が生まれています。ですから、どうしても病院側の負担で、食事療養基準額以上の契約をせざるを得ません。この状況は、今回の基準額引き上げでも変わらないと思います。
 -新型コロナ関連の補助金や診療報酬の特例がなくなりました。
 吉岡 補助金や特例はなくなりましたが、コロナによる入院患者さんがいなくなるわけでありません。これまでのように病棟の一部を完全隔離して入院してもらうという体制ではありませんが、個室に入院していただいて、外出しないように注意して対応しています。
 大澤 今は、コロナと分かっている患者さんを受け入れるというよりも、高熱で倒れた高齢の方を救急車で受け入れ、肺炎が見つかって、検査をするとコロナという場合が多いですね。ですから、どの病院でもコロナの患者さんを受け入れているという状況だと思います。
 難しいのは認知症の方や精神疾患の方ですね。どうしても病室から出てしまうことがあります。かといって、それを強引に止めるのは暴力につながるからできません。しかし、そのエリアをコロナ専用とすると、ベッドの稼働率が落ちて、収益が一気に落ちます。当院ではこれまでそれで何度もクラスターが発生して、そのたびに入院を停止しました。これまでは補助金があったので何とかなりました。今後はクラスターが発生し、入院を制限すると1カ月で数千万円の赤字が発生しますので、病院経営にとっては極めて厳しいことになります。
 -医療DX(デジタルトランスフォーメーション)についてはどうでしょう。
 大澤 前提となるマイナンバーカードで受診する患者さんがほとんどいないのが現状です。厚労省は診療報酬改定とは別の枠組みで、マイナ保険証の利用実績をもとに最大20万円の支援金を支給するとしていますが、受付での患者さんへの呼びかけなどを考えると割に合わないので、受け取らない方向で考えています。
 吉岡 当院も全く同じです。多くの病院が同様の対応となるのではないでしょうか。確かに医療分野でもDXは必要になってくると思います。しかし、国が行おうとしているDXによってどれほど医療が高度化、効率化されるのかはっきりしません。病院で新たにシステムを導入しようとすれば莫大な設備投資が必要になりますが、それに見合う診療報酬も補助金もなく、病院の持ち出しで、使えないシステムのためにIT・システム事業者を潤すことになりかねないのではないのでしょうか。
 そもそも、今回の改定で、各病院は自院の入院患者の傾向を分析し、新たな施設基準との関係でどのように経営をしていくのかを考えるのに必死で、とてもDXまで考える余裕がないというのが現実だと思います。
不合理改善へ協会に意見を
 -最後に一言お願いします。
 大澤 吉岡先生は協会の副理事長、私は理事です。その立場からの発言になりますが、協会は県内二つの大学病院をはじめ私立病院の86%、公的病院の61%を組織しています。病院の立場で引き続き診療報酬の不合理是正に取り組んでいきたいと思います。
 吉岡 そうですね。協会では、定期的に厚生労働省と交渉もしています。引き続き今回の診療報酬改定の問題点を病院からも協会にお寄せください。
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