兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2025年8月05日(2109号) ピックアップニュース

第105回評議員会・特別講演 講演要旨
戦後80年「台湾有事」を起こさせないために 沖縄国際大学 前泊 博盛教授

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1960年宮古島生まれ。琉球新報で論説委員長などを務め、現在沖縄国際大学大学院教授(沖縄経済論、軍事経済論、日米安保論、地位協定論)。
『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)、『沖縄が問う日本の安全保障』(岩波書店)など著書多数

 協会が5月15日に開催した第105回評議員会・特別講演「『台湾有事』を起こさせないために」(講師:沖縄国際大学 前泊博盛教授)の講演要旨を掲載する。

「台湾有事」は「沖縄有事」そして「日本有事」
 「台湾有事」と言われだしたのは安倍政権からだ。「台湾有事」は「沖縄有事」で、「沖縄有事」は「日本有事」となる可能性が高い。
 中国は台湾への武力介入の3条件として、①台湾の内乱、②台湾独立の動き、そして③外国の介入・内政干渉としている。
 日本もアメリカも日中共同宣言や上海コミュニケ、米中共同宣言などを通じて、「中国は一つ」を認めている。
 台湾と中国の軍事専門家たちを沖縄に呼んで、「台湾有事」は本当にあるのか議論したところ、「中国は一つ」について中国側は「その通り」と言い、台湾側は「そうだ、台湾を中心として一つ」と言い、少し齟齬はある。ただ、台湾では過去に中国の武力行使があったが、いま実際に起こる可能性があるかについては、どちらも「とんでもない」と言っていた。昨年1月の台湾総統選挙では独立色の強い民進党が勝つ一方、国会にあたる立法院議会では、対中融和派の国民党が勝利した。台湾内は絶妙のバランスで成り立っている。
 日本がむしろ「台湾有事」とけしかけ、米国もペロシ下院議長が台湾を訪問し中台関係を刺激するという状況だ。
自衛隊の南西シフト高まる紛争危機
 日本では16年頃から南西諸島にはじまり、鹿児島、宮崎、長崎、大分、熊本、佐賀と自衛隊配備が進んできている(図1)。米軍統治下にあった72年まで、沖縄に自衛隊基地はゼロだったが、現在、57まで増えている。
 今問題になっているのは在沖海兵隊現役幹部が「中国、(攻撃)対象は沖縄」「家族が多く住む嘉手納基地の家族住宅は初期段階で格好の標的となる滑走路、司令部施設と不快なほど近い」「第一列島線に家族を連れていくべきではない」と言っていることだ。23年12月にこの論文が発表されていたことを、昨年11月に琉球新報が報道した。
 同じようなことは与那国島でも起きている。16年に自衛隊配備を決めた際には監視部隊150人という話で、当時の町長は「監視部隊なら大歓迎」「家族も一緒で、子どもも増え学校も複式学級を解消できる」と歓迎し、実際17年から複式学級は解消された。しかし一昨年から複式学級に戻っている。自衛隊員たちは危ないからと、与那国に家族を同伴しなくなったからだ。
 与那国では監視部隊だけのはずが、その後、ミサイル部隊や電子戦部隊も配備されて、人口1700人の島に400人の自衛隊員の〝住民〟が入る。そうなると選挙しても自衛隊が政治的決定権を握ることになり、住民自治権が失われる。原発地域と同じでノーが言えない状況だ。
 自衛隊は現在「いずも」「かが」「ひゅうが」「いせ」という4隻のヘリ空母を保有しており、明らかに専守防衛を逸脱している。
 いずもやかがは「ヘリコプター搭載護衛艦」とされ、カタパルト(離陸支援装置)がなく滑走路が短すぎて戦闘機が甲板から飛べないので空母ではないとされてきた。しかし、第一次トランプ政権時、トランプ大統領が「米国が攻撃されても日本はたたかう必要がない」と日米安保条約は不公平だと脅してきた。安倍首相は大騒ぎでアメリカへ行き、米ステルス戦闘機F35を100機、国会審議なしで購入すると決めた。
 このF35B型は垂直離着陸機だ。カタパルトなしで空母から離陸できる。B型導入でいずもやかがは名実ともに空母となる。この動きに中国も反応してか、空母建造など軍拡競争が始まっている。
 先日、民間ヘリが尖閣に向かい、一触即発になったが、民間の動きで紛争が始まりかねない危機的状況もあった。
 石破政権はアジア版NATOなどというが、すでにドイツ・イギリス・フランスの軍艦が一緒になり4万人規模で、戦闘機も1500機が訓練に参加している。また、「同志国」という言葉が出ているが、さらにインドとは踏み込んだ形で協定を結んでいる。先日のインドとパキスタンの紛争のようなことが起こった時に、インドが日本側に応援を要請し、日本が応ずれば紛争に巻き込まれる可能性すら出かねない。まさに多国間軍事安保が持つ危険性だ。
異次元の軍拡と憲法9条
 43兆円という異次元の軍拡をどう止めるか。憲法が無視されている。
 憲法9条には「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」「2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と書いている。自衛隊はどう考えても違憲だ。安倍元首相が自衛隊を「わが軍」と言って、なぜ国民が平気な顔をしているのか。
 各党は改憲・論憲・創憲などと言い、各紙の調査で35~65%と差はあるものの国民の多数が改憲に賛成だ。憲法9条という歯止めがなくなったとき、日本はもう一度、戦争をしかねないのではないか。
 9条がまさに〝窮状〟に陥っているなかで、私は憲法第22条が大事と考えている。22条は居住・移転、職業選択の自由とともに外国に移転し、「国籍を離脱する自由」を規定している。多くの国は国民を簡単に国から出さない。ウクライナでは60歳以下の男性は国から出られないし、ロシアも兵隊が徴兵を拒否すると刑務所行きだ。22条がなくなると逃げ場がなくなる。
日本国憲法を超える日米地位協定
 条約も憲法に基づいて結ばれないといけないのに、憲法を超える日米地位協定が結ばれていることも問題だ。
 地位協定は本来、有事と平時を分けて運用されなければいけなかった。デフコン(防御準備態勢)といい、韓国はきちんと作っている(図2)。5段階にわけて、有事には軍隊中心で戦闘行動を認めるが、平時においては他国軍隊、アメリカ軍も国内法に従う。デフコン3を韓国大統領が発令すると、韓国軍の指揮命令はアメリカ軍に移るので、韓国大統領は簡単にデフコンを発令しない。
 日本の地位協定は朝鮮戦争時、戦時中に作られたため、デフコンがなく、平時でもデフコン1「戦時」と同じ運用がされ、地位協定が憲法を超えてしまっている。
「当事者的非戦論」と「傍観者的好戦論」
 本来、「台湾有事」を避けるためには、冒頭にふれた中国の台湾武力介入の3条件をどうおさえるかを考えていかないといけないが、政府が行っているのは中国を刺激する自衛隊の南西シフトだ。
 中国軍の幹部が、「台湾有事」で、日本は大きな影響を受けると言っていた。沖縄が戦場になる可能性が大きく、自衛隊のさらなる南西諸島配備は、軍が持つ有事に攻撃を引き付ける「マグネット効果」を高めている。有事には米軍基地や自衛隊基地は真っ先に攻撃対象になることは米海兵隊幹部がすでに警告している。
 そもそも、自衛隊は何から何を守っているのか。防衛相経験者は「国家と国体を守る」と断言している。残念だが、そこに国民は入っていない。「軍は民を守らない」というのが沖縄戦の教訓だ。
 現在でも、元陸上幕僚長が『台湾有事のリアル』という本で、国民保護法のもと、有事の際の住民保護は知事と市町村長の役割で、住民に助けを求められても自衛隊は拒否できると言っている。これでいいのか。
 有事には宮古島から6万1千人、八重山・石垣・西表島とあわせて12万人を九州に避難・疎開させ、逃げられない民は5000人分しかないシェルターにという非現実的な計画を立て、訓練が実際に行われている。
 「当事者的非戦論」の沖縄と、「傍観者的好戦論」の本土という構図だ。
 本土は関係ないところの戦争と思い、自分たちが巻き込まれるという危機感、感覚がない。しかし、政府は自衛隊が平時から利用できる特定港湾・特定空港の指定を全国各地に広げ、有事に対応できるよう整備を進めている。
 ジョンホプキンズ大学が、北朝鮮の核ミサイル攻撃により日本にどれくらいの被害が出るかという試算を出している。東京も317万人死傷者が出るという。
 中国が核戦力を拡大し、核弾頭の数が推計500発になったとストックホルム平和研究所が発表した。今年はさらに100発増え600発になったという。注目すべきは、このうち24発の核弾頭が「実戦配備」されていることだ。攻撃対象がどこか調査中だが、例えば原発が集中している福井を狙うと関西、近畿地方は壊滅的で、首都圏が狙われれば、日本が崩壊しかねない。
 58年、第二次台湾危機時、中国に対しアメリカが「台湾・金門島の砲撃中止」を求め、中止しなければ主要都市を核攻撃すると威嚇した事件があった。その際、中国に味方するソ連はアメリカの核攻撃に対し核報復を示唆し、危険性が高まった。米核戦略専門家のエルズバーグ氏が朝日新聞の取材に当時を証言している内容によると「アイゼンハワー大統領らは、核の先制使用の結果、台湾や沖縄が消え去っても受け入れるつもりでいた」という。エルズバーグ氏はこの記事の翌年に亡くなった。
 今、沖縄では海兵隊の核配備疑惑がある。辺野古の新基地建設が進んでいる横の辺野古弾薬庫が核弾薬庫に作り替えられていないかという疑いだ。
 米歴史・経済学者のG・H・カーは著書『琉球の歴史』の中で日本にとって沖縄は「expendable(消耗品)」と表現している、いざというときに日本を守るための「トカゲの尻尾」と同じ役割だ。日本にとって沖縄は消耗品だが、アメリカにとって日本も消耗品になっていないか。
 「台湾有事」の際の影響についてもデータが次々に出てきている。また石破首相が核武装に積極的でもあり、これらの動きに今後も警戒して、注目し、行動をしてほしい。

図1 自衛隊の南西諸島シフト...高まる紛争危機
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図2 防御準備態勢
(デフコン=DEFCON=Defense Readiness Condition)
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