2026年1月05日(2122号) ピックアップニュース
新春特別インタビュー
チェルノブイリ原発事故から40年、東日本大震災・福島第一原発事故から15年
危険な「日本の核政策」私たちは何ができるか
元京都大学原子炉実験所助教 小出 裕章氏
【こいで ひろあき】1949年生まれ。専門は放射線計測、原子力安全。『原発事故は終わっていない』(毎日新聞出版)など著書多数。2015年3月の定年退職を機に、信州へ移住
いまも続く「原子力緊急事態宣言」
小出 よろしくお願いします。
広川 2023年8月24日に政府が原発事故汚染水の海洋投棄を強行したことから、24年3月16日に「汚染水海洋投棄-下北半島六ヶ所村再処理工場-日本の核政策」というテーマで、当協会で講演いただきました。その内容はパンフレットにしています(下)。ここでのお話は、福島のトリチウムを海へ流してはいけないということになると、核燃料を抽出する再処理工場の運転はできず、国が進める原子力政策、核政策の根底が崩壊してしまうので、漁民がどんなに反対しようが、世界の国がどんなに抗議しようが、日本はトリチウムを海に流す以外の方策をとらないということ、そして原発はもともと原爆の開発のためのものであったこと、政府が原発と核燃料サイクルに固執する理由は、核開発能力の保有にあること(図1)をうかがい、目の覚める思いでした。
これらを踏まえ、日本では原発の建て替え要件緩和や「最大限活用」への方針転換など原発回帰が強力に推進され、核兵器によるリスクが極めて高まっているなか、改めて原発の基本的な問題について教えていただき、どう考え、どのような取り組みができるのかお話しをうかがいたいと思います。
福島第一原発事故から3月で15年になりますが、2011年3月11日に出された「原子力緊急事態宣言」は今も解除されていません。この「原子力緊急事態宣言」についてお話しください。
小出 当日、福島第一原子力発電所は、地震によって外部の送電塔が倒壊してしまったため、外部から電力を得られなくなりました。そのうえ、1号機から4号機の非常用発電機が津波の浸水によって動かなくなりました。地震発生と同時に原子炉自体の運転は止まっており、発電所はすべての電源を奪われる状態になりました。原子炉は運転を停止してもすでに溜まっていた死の灰自体が発熱を続けるため、いついかなる時も冷却しなければいけません。しかし冷却するためには水を回さなければいけません。水を回すためにはポンプが動かなければいけません。ポンプを動かすためには、電気が必要です。その電気がすべて断たれてしまいました。そうなれば、原子炉が熔けてしまいますし、大量の放射能が放出されることを防ぐことができません。そのため、政府は当日の夜になり「原子力緊急事態宣言」を発令しました。そして予想通り、翌日には1号機の原子炉建屋が爆発しましたし、運転中だった1,2,3号機の原子炉が次々と熔け、大量の放射能が環境にまき散らされてしまいました。
その放射能が東北地方、関東地方の広大な大地に降り注ぎ、日本の法令に従うなら、「放射線管理区域」に指定し、一般の人の立ち入りを禁じなければいけないほど汚染しました。しかし、日本の政府は「原子力緊急事態」を理由に法令を反故にし、事故から15年経とうとする今も人びとに被曝を強制し続けています。
もし、一つの国家が「緊急事態」を宣言したのであれば、それを常に国民に知らせるはずと思います。しかし、いまや日本というこの国は、「原子力緊急事態宣言」をむしろ積極的に隠してしまい、国策放送とでもいうべきNHKを含めマスコミすべてがそれを報道しなくなっています。そのため、多くの日本人は今現在、日本というこの国が「原子力緊急事態宣言」下にあることを忘れさせられてしまっています。そして、それをいいことに、この国は原子力をさらに進めると言いだしました。
でも、汚染の主成分であるセシウム137は半減期が30年で、100年経っても10分の1にしか減ってくれません。そのため、100年後も福島県の一部には放射線管理区域の基準を超える汚染地帯が残り、もともとの法令を守ることができません。この国では100年後も原子力緊急事態宣言が解除できないまま続いているでしょう。福島原発事故とはそれほどひどい事故だったことを忘れないでいたいと私は思います。
聞き手 広川 恵一顧問
繰り返される地震の警告を無視した原発推進
広川 地震大国日本で原発をもつ危険性は、15年前の福島の事故で、そして2年前の元日の能登半島地震でも明らかになっています(昨年7月に当協会がクリエイツかもがわから出版した『阪神・淡路大震災30年、南海トラフ巨大震災に備える』(下)第二部の石橋克彦先生の論文にも詳述されています)。小出 世界の0.25%の面積しかない小さな国に、世界の1~2割の地震が起きると言われています。世界の原子力をけん引してきた米国は100基を超える原発を作りましたが、ほとんどすべてを地震のない東部に作りました。ヨーロッパも合計で150基を超える原発を作りましたが、もともとカンブリア台地と呼ばれる安定した地盤で、地中海沿いを除けば、地震がありません。
地震が起きる場所に原発を建ててはいけないのですが、日本の原子力推進派は、工学的な安全対策を施せば、原発は安全だと言い続けました。でも福島原発事故が事実として起きてしまいました。本当ならその時に誤っていたことを真剣に反省すべきでした。
でも、日本の原子力推進派は反省もしないまま2024年1月1日には能登半島地震を迎えました。能登半島地震はいくつもの断層が連動して起きた、まさに「想定外」でした。志賀原発と柏崎刈羽原発が被害を受け、多数のトラブルが起こりました。しかし、不幸中の幸いで、福島の事故によりどちらの原発も10年以上止まっていたことにより大きな事故に結びつかずに済みました。こんなところにはじめから原発を作ってはいけなかったのです。
そして、昨年12月8日には青森県東方沖地震が起きました。1995年の阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震に比べても2倍の大きさの地震でした。八戸市などで道路が破壊されたり、NTTの鉄塔が損傷するなどの被害が起きましたし、六ヶ所村の再処理工場ではプールの水が溢れました。でも、再処理工場も、東通原発も運転をしておらず、破局的な事故にはなりませんでした。
私は地震が起きるたびに、原発は大丈夫か、核燃料施設は大丈夫かと心配します。原発はもともと地震大国の日本で動かしてはいけないものです。何度も地震が警告してくれており、いい加減に気付くべきと思います。
あまりにも馬鹿げた「核燃サイクル」「次世代原発」「核融合炉」
広川 原発を運転することで生まれる死の灰や大量の汚染廃物の処理方法もありません。原発・「核燃サイクル」になぜ政府は固執しているのでしょう。政府は老朽原発の運転・新増設を認め、さらに高市首相は「次世代革新炉」「核融合炉」の早期実装をめざし、再エネの比率を下げようとしています。小出 政府が「次世代型革新炉」と呼ぶものはさまざまですが、そのうち「改良型の軽水炉」は、その名の通り、日本で稼働している軽水炉の改良型で、すでにヨーロッパで稼働しようとしていますが、経済性が全くありません。「高温ガス炉」や「高速炉」は昔から構想はあるものの、どれだけ研究しても全く実現できていません。
極めつけは「核融合炉」です。原発と原爆は同じ「核分裂」という原理を使います。1938年にオットー・ハーンたちが「核分裂」という現象を見つけ、42年にはその原子炉を稼働させることができ、45年には原爆が実現しました。
では「核融合」とは何か。水爆です。水爆は原爆を爆発させ、瞬間的に数億度の環境をつくることで核融合反応を起こすのです。この核融合からエネルギーを取り出そうと思えば、瞬間的では意味がなく定常的に数億度を維持しなければなりません。
71年前の1955年、インドの原子力の父と呼ばれるH・J・バーバ博士が「核融合炉は20年以内に実現する」と予言しましたが、現在もまったく見通しが立っていません。核融合は高度な軍事技術なので、当初各国は自国で独自に開発しようとしましたができず、85年、米国とロシアが手を組んでITER(イーター)という実験炉を作る計画を立ち上げました。日本はもちろん、中国も入って始めましたが、40年経っても実験炉自身が動かず、目標がどんどん先送りされて、計画から50年後の34年が今の実験炉の運転開始目標です。それも実験炉ですので、発電も何もできません。話にならないほど馬鹿げています。核融合という原理はとうてい人間の手に負えません。
高市首相はじめ政府が言い出し、マスコミが率先して「核融合炉ができる」と喧伝しています。私からみると、原子力に夢をかけたころのまったく愚かな期待が、さらに愚かな形でまた繰り返されようとしているように見えます。
1兆円以上かけてできなかった高速増殖炉「もんじゅ」と同じで、できるはずがないことに国民の莫大な血税が捨てられることになりますので、何とか抵抗しないといけないと思っています。
原発への固執 ~カネ儲けと原爆開発が狙い
広川 高速増殖炉の話が出ましたが、次世代炉とされる原発に「高速炉」があります。どう違うのでしょうか。小出 高速増殖炉は増殖という言葉が入っているように、長崎原爆の材料になったプルトニウムを増殖する原子炉です。もともとウランは非常に貧弱な資源です。皆さんは化石燃料がなくなったら次はウランと信じ込まされてきましたが、ウランのほうがはるかに先になくなってしまいます。原子力を推進する連中は「ウランからプルトニウムを増殖させる高速増殖炉と再処理工場ができれば、夢のサイクルができる」と言って、もんじゅ開発を進め、そして何もできないまま無駄になりました。高速増殖炉はとてもできないというのはいまや世界的な合意です。代わって今国内で出てきているのが「高速炉」で、原理は同じですが、増殖しません。非常に効率が悪く、他と同じく実現できないと思っています。
ではなぜ彼らが高速炉にこだわるのかというと、原爆材料になるプルトニウムが作れるからです。日本で現在動いている軽水炉でもプルトニウムはできますが、核分裂性のプルトニウム(プルトニウム239と241)の割合が約7割です。原爆を作るためにはこれが9割を超えていることが望ましいとされ、高速炉なら核分裂性のプルトニウムの割合が98%という超優秀な核兵器材料ができるのです。
日本はすでに軽水炉でつくったプルトニウム45トンを保有していて、これは長崎型原爆が3500発できる量となりますが、もっともっと高性能な原爆を作りたいと思い、高速増殖炉が破綻しても高速炉を追求しようとしている、というのが私の考えです。
また、これら「次世代革新炉」を進めるもう一つの理由はカネ儲けだと思います。原発開発当初も、電力会社・巨大原子力産業・ゼネコンなど産業がむらがって儲けました。3兆円をかけても六ヶ所再処理工場は動かないのに、原子力産業は大儲けしているのです。
治安維持法から100年~歴史から学ぶこと
広川 現在、高市首相が「トランプ米大統領をノーベル平和賞に推薦する」と言い、言われたトランプは核実験を指示するという、被爆者をはじめ多くの人たちにとってとても容認できない状況です。そして日本国憲法、第9条を変えようとしています。国会では「台湾有事は存立危機事態」と言い、非核三原則の見直しにも言及し、「危機」を口実に軍事費を増やしています。
昨年2025年は治安維持法制定から100年、歴史的事実を振り返ることが大切と思います。言論統制と思想弾圧で、もの言えぬ国にした治安維持法は1925年から20年間続きました。病気でも手遅れにならないように観察予測して対応するように、今の時代も同じように予測して備えることが大切と思います。
小出さんがよく紹介される、強制収容所から生還したマルティン・ニーメラーさんの言葉を思い起こします(注)。
このような社会状況をどう感じておられますか。原発を通して、社会や国のありようが見えると思います。国策として原発回帰がすすめられる中、平和憲法を持つ日本にとって原発のもつ危険性についてお話しください。
小出 危うい時代になってきていると思います。「戦争に落ちていっている」ように私には見えます。戦争はパソコンやスマホ内のゲームと違います。生きている人と人が殺しあうことです。戦争だけはやってはいけません。
おっしゃる通り、高市さんは安倍さんの後を継ぎ、敵が攻めてきたら困ると戦争に前のめりです。でも、もし本気で戦争が起きることを心配するなら、原発を動かすことはできません。標準的な原発の炉心には広島原爆に換算して数千発分の死の灰が蓄積しています。原発を持った敵国と戦争をする場合、核兵器で攻撃する必要はありません。通常のミサイルで原発の冷却配管を破壊するなどすれば、核兵器とは比べ物にならないほどの放射性物質を敵国にばらまくことができます。
当然、戦争の可能性をいうのであれば、まずは原発を止めなければいけません。それなのに、そのことには口をつぐんだまま戦争の危機を煽る一方、原発も進めるとこの国は言っています。彼らにとって戦争も原発もすべてはカネ儲けの手段になってしまっているようです。
戦争だけはやってはいけない
広川 この状況をどう変えていけばいいとお考えでしょうか。小出 もちろん変えたいと思っていますが、原発を止めたいと思って50年以上生きてきて、私の願いが届かないまま福島の原発事故を起こしてしまいましたし、57基の原発をつくることを許してしまいました。何十基もの建設計画を止めましたが、全体としてずっと敗北してきて、福島の事故が起きてようやく皆さんの目が覚めるかと思ったらまた再稼働です。電気が足りなくなったら困るだろうという理由で国が人々を脅かして多くの方が踊らされています。
戦争のときもそうでした。国のインチキな宣伝に多くの人がだまされ流されて、気が付いた時には取り返しがつかない。そういう歴史をまた、歩みそうでとても不快です。
広川 そういう状況のなかで、何ができるのでしょうか。小出さんはいろいろな方々とお会いする機会も多くあることと思います。取り組みとしてスタンディングもされていますね。
小出 はい、毎月3日に松本の駅前で立っています。10年前「アベ政治を許さない」という俳人・金子兜太さんの揮毫された大きなポスターをもって立ち始めました。どなたにも呼びかけたことはないのですが、3日になるとどこからか30人くらいが来て立ってくれます。最近はそれぞれの方が大切だと思うことを書いて立つということになってきて、この2年ほどは「イスラエルは虐殺をやめろ」と書いて立ってきました。
ただ高市さんが首相になったので、原点に戻って、「アベ政治を許さない」と書いたポスターを持って立つようになりました。安倍さんは、日本というこの国を戦争に引きずりこむことを着々とやってきたわけです。高市さんがそれをさらに一歩進めようとしています。戦争は暮らしと相いれません。戦争ほど庶民の日常生活を破壊する行為はなく、どの国もろくなことになりません。戦争だけはやってはいけません。
広川 医師の立場から戦争に手を貸すこと、戦争に向かおうとすること、そして戦争に反対するのは「健康破壊の際たるものは戦争」だからです。私たちは前の戦争になぜ向かったのかを問いましたが、いま私たちが次の世代から問われようとしています。
小出 IPPNW(核戦争防止国際医師会議)共同創始者のバーナード・ラウンさんは、「核戦争がもし起きたら治療の方法がない。だから核戦争そのものをやめさせるしかない」と言ってIPPNWを始めたと聞きました。根本を絶たないといけないんだろうなと思います。
先の戦争の時、ほとんどの日本人は、戦争に協力しました。大きな流れが作られてしまうと、ほとんどの人はそれに流されることになりました。戦後、多くの人が悪いのは軍部で、自分は騙されただけだと言い訳をしました。しかし、騙されたというなら騙されたことを反省しなければいけません。一人ひとりが戦争には絶対協力しないと固く思わなければいけないはずです。原子力の場で生きてきた私には、「原子力」と「核」は同じものだということを繰り返し発信し、それに抵抗する責任があると思います。医師の人には医師としての責任があるはずです。兵庫県保険医協会に所属する医師の方々も含め、戦争にどう向き合うか、原子力(=核)にどのように向き合うのか、しっかりと考えていただきたいと思います。
広川 当協会の被災地訪問の中、楢葉町の宝鏡寺の故早川篤雄住職から教えていただいた福島県浜通りの詩人・故吉田真琴さんの「重い歳月」(下)を紹介して終わりたいと思います。この詩は福島原発事故の26年前に書かれたものです。〝核〟は社会を映し出す「鏡」。本日は確かな力につながるとても貴重なお話をありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。
注)「ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた。けれども結局自分は共産主義者でなかつたので何もしなかつた。
それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は依然として社会主義者ではなかつた。そこでやはり何もしなかつた。
それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかつた。
さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであつた。」丸山眞男 訳、「現代における人間と政治」(1961年)より
パンフレット「汚染水海洋投棄-下北半島六ヶ所村再処理工場-日本の核政策」
発 行 兵庫県保険医協会、無料
発行日 2024年9月20日
『阪神・淡路大震災30年、南海トラフ巨大震災に備える東日本・熊本・能登半島-大震災を経て』
発 行 クリエイツかもがわ、2400円+税、送料込
発行日 2025年7月
ご注文は、電話078-393-1807まで
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