兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2020年6月25日(1945号) ピックアップニュース

新型コロナ関連記事 政策解説
診療報酬概算請求は正当な要求 国は医療提供に責任果たせ
協会政策部

 新型コロナウイルス感染症による、患者の受診抑制や感染対策費用の増加などにより、医療機関経営はかつてないほど厳しい状況に置かれており、このままでは地域から医療崩壊が起こりかねない状況となっている。協会は国に対し、医療提供体制の安定化のため、診療報酬の概算請求を認めるよう要求している。この要求の根拠と必要な理由について解説する。

 保団連・協会の「前年度の診療報酬支払額に基づく概算請求を認めること」という要求について、加藤勝信厚生労働大臣は政府を代表し4月30日の参議院予算委員会で共産党の小池晃議員の質問に応え「災害のときは、...請求事務が困難であることから...過去の実績に基づいて概算請求を認めているわけでありまして、今回の場合は別にそうした請求自体の仕組みが壊れているわけではありません。...ですから(概算請求)...を導入するというのは、...難しい」と述べています。この考え方は以下の理由により容認できません。
医療機関に責任を押し付ける政府
 政府は、今回の新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急事態宣言下においても、「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」で「新型コロナウイルス感染症の治療はもちろん、その他の重要疾患への対応もあるため、すべての医療関係者の事業継続を要請する」としました。医療機関に事業継続を求める一方で、疾病そのものや医療機関側の要因ではなく、政策や自粛要請等に影響された患者の受診抑制を主な原因とする保険医療機関の経営悪化について、減収補てんを行わないという政府の姿勢は、医療機関に経営悪化の責任を押し付けるもので、国民皆保険制度における国の責任を放棄するものです。
 協会が実施した「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う第2回緊急アンケート調査」( >>参照)でも、医業収入が減少したと回答した医科医療機関の約70%、歯科医療機関の約75%が「内部留保・個人資産の取り崩し」を行っていると回答しています(図)。
国民皆保険制度成立以来の危機
 現在、国による医療機関への新型コロナウイルス感染症への対応や手術・検査・予防接種・健診などの延期要請、国民への外出や営業活動に対する自粛要請、扇情的・一面的な報道等による患者の受診抑制など社会的要因により、医療機関は国民皆保険制度成立以来、経験したことのない危機的状況を迎えています。とりわけ、歯科医療機関内での感染患者発生は皆無であったにもかかわらず、行政や団体からの科学的根拠の少ない情報、マスコミ報道により、歯科医療機関は倒産、廃院の危機にさらされています。医療機関の危機的状況は、国民医療の危機的状況です。
対象の狭い政府の経営支援策
 医療機関の経営悪化に対して加藤勝信厚生労働大臣は国会で「交付金、これもしっかりと配付をする...それに加えてさまざまな融資制度もさせていただいています...さらに診療報酬も引き上げました」などとしていますが、直接的な交付金等の対象の多くを新型コロナウイルス感染症患者専用の病院や病棟を設定する医療機関や新型コロナウイルス感染症患者の入院を受け入れる医療機関、帰国者・接触者外来設置医療機関に限るなど、極めて狭い枠での措置に終始しています。しかし、無症状病原体保有者も少なくない中、全国の保険医療機関および従業員は「すべての患者、国民が感染している可能性がある」との前提で、感染や風評被害の不安に向き合いながら、高い使命感を持って献身的に感染拡大防止へ尽力しており、政府の対策が、医療現場の実情とかけ離れていることは明らかです。補正予算は額も不足であり、配分にもバランスを欠いています。
憲法25条が謳う生存権担う医療機関
 日本では、国民皆保険制度の下、開設主体の公私を問わず地方厚生局より指定を受けた保険医療機関の保険医を通じて、全ての国民が公的保険で世界最高レベルの医療給付を受けることができます。これは憲法25条が謳う生存権保障を具体化すべく定められた健康保険法等の法令により、極めて高い「公共性」「公益性」を確保した医療提供制度です。そしてこれらの法体系の下で、医師法(歯科医師法)は「医師(歯科医師)は、(歯科)医療を掌る」と定め、医療業務を国家資格である「医師・歯科医師」に独占的に委ねています。
 つまり「社会保障としての医療」は、「行政の指定・登録を受けた保険医療機関の医師・歯科医師」を通じてしか、国民に提供されない仕組みになっています。そして、このような仕組みになっているからこそ、日本の国民皆保険制度は公共性、公益性に加え非営利性が徹底され、国民の信頼を得ているのです。
 こうしたことから、必要な医療を国民に供給するため、国には時々の社会情勢に応じて、保険医療機関の経営を安定させる迅速かつ十分な対策をとる責任があるのです。
医療機関の安定へ「概算請求」こそ
 そもそも加藤勝信厚生労働大臣の「概算請求...は、地震による衝撃、台風による浸水など、診療録またレセプトコンピューターなどが滅失等した場合...の想定であ(る)」という国会答弁のように物理的な請求の困難だけを理由に、概算請求を認めることを全否定することは誤りです。
 確かに政府の「概算請求」の政策意図が「診療録やレセプトコンピューターの滅失等」により請求実務が困難となった医療機関の救済、負担軽減であったことは事実です。しかし、阪神・淡路大震災や東日本大震災でも、多くの医療機関に「概算請求」が認められたことが、被災下で医療機関の経営を支え、安定的な医療供給を可能にしました。今回の新型コロナ禍においても、過去のこうした政策の成果に注目し、政治決定をすれば、医療機関の経営と地域の医療供給を守ることができますし、それを実行する責任が政府にはあります。
「第2波」に向けて医療機関の経営保障を
 秋以降、いわゆる風邪や季節性インフルエンザなどと新型コロナウイルス感染症が混然となるのは必定で、保険医療機関にはこれまで以上の煩雑な対応が求められ、再度の受診抑制や診療体制縮小も危惧されます。この状況で、経営悪化で地域の医療機関が立ち行かなくなったり、感染の危険性や補償不足の不安から、新型コロナウイルス感染症の診療から距離を置く医療機関が増えたりすれば、国民への医療提供自体が圧倒的に不足する深刻な事態が起こることは明らかです。また、受診抑制や診療制限による疾病の進行や重症化が、時をおいて深刻な形で現れることも懸念されます。近い将来必ず訪れる新興感染症や大規模災害などの際にも医療提供体制が縮小しては、国民の命と健康を守ることはできません。
「概算請求」は医療界の一致した要求
 協会はこうした観点から、医療機関の経営安定のため「前年度支払い実績に基づく診療報酬概算請求を認めよ」「新型コロナウイルス感染症対策の予算はすべての医療機関を対象とし、抜本的に増額せよ」との主張と運動を強める方針です。
 「前年度の診療報酬支払額に基づく概算請求を認めること」は、保団連を始め、日本医師会、日本歯科医師会、四病院団体協議会も要望しています。前年度の平時の実績を請求するこの方式では、新たな財源は必要なく、支払者側の負担が過度になることもありません。2020年度予算の枠内の要求であり、簡便、迅速、透明性の高い対応方法です。有事の際にこそ、医療提供者、支払側保険者が心を一つにし、保険医療機関を支え、国民の命と健康を守るべきです。会員の先生方のご理解とご賛同、運動へのご協力をお願いいたします。

図 医療機関の収支悪化への対応(複数回答可)
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