兵庫県保険医協会

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「西宮こしき岩アスベスト訴訟」インタビュー アスベスト飛散防止に向け大きな礎に

2019.07.25

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「ストップ・ザ・アスベスト西宮」代表 上田進久先生 

【うえだ のぶひさ】
1949年、生まれ。1975年、和歌山県立医科大学卒業。その後、大阪大学微生物病研究所附属病院外科(現、大阪大学外科学講座乳腺内分泌外科)、新千里病院に勤務。2016年4月 「ストップ・ザ・アスベスト西宮」を設立

 解体工事によるアスベスト飛散について行政と業者の責任を問うた「西宮こしき岩アスベスト訴訟」(注1)の判決が4月16日に神戸地裁であり、今後のアスベスト飛散防止に向けて大きな礎となる判決が出された。協会環境・公害対策部はアスベストによる健康被害予防の観点から、同訴訟を支援してきた。この訴訟の母体である団体「ストップ・ザ・アスベスト西宮」代表で同訴訟原告団団長を務める協会環境・公害対策部員の上田進久先生に今回の判決の意義や今後の活動について、森岡芳雄協会環境・公害対策部長が話を伺った。

行政の調査義務認める判決
 森岡 訴訟お疲れさまでした。まず、訴訟のお話に入る前に事前情報として、アスベストを吸い込むとどのような健康被害が起こるのか、具体的に教えてください。
 上田 発ガン性物質であるアスベスト繊維を吸いこむことによって、呼吸器疾患を中心に発症します。発症までの期間が長く、潜伏期間が20~50年に及ぶと言われています。中皮腫、肺ガン、じん肺の他に胸膜プラーク、胸膜癒着などがあり、胸水貯留を伴ってくると呼吸困難が強くなります。
 中皮腫は、心膜やまれに腹膜にも発生する悪性腫瘍ですが、通常のX線検査では早期発見は困難です。胸膜プラークはアスベスト曝露の証であり、CT検査による経過観察が重要です。特にアスベスト製品製造に係わっていた人以外は、アスベスト曝露を自覚している人は非常に少なく、身近な所でのアスベストを含む建物の解体や震災などで倒壊した建物の近隣地域での生活歴があった場合、不安や心配があれば検診を受ける際に「アスベスト曝露が心配です」と必ず自ら申し出るようにしてください。
 森岡 先生はなぜ提訴を決意されたのですか。
 上田 将来のアスベストによる健康被害を防ぐためです。この訴訟では、絶対にアスベストが使われているはずの建物について、役所までもが「アスベストはない、調査するつもりはない」と最後まで調査を拒んだことで、これは裁判を起こして真実を明らかにするしかないと決断しました。アスベストの存在と飛散の証拠を残すことが、地域の子どもたちの将来のために重要ですし、提訴した時はすでに建物は1棟しか残っておらず、健康被害の立証が難しい状況でしたが、違法行為によるアスベスト飛散を許してはならないという強い気持ちもありました。
 森岡 その裁判の判決が4月16日に出され、原告側の損害賠償請求は棄却された一方で、原告側の主張を一部認める判断が下されました。この判決に対する評価を教えてください。
 上田 判決では、建物の詳細を示す設計図書の重要性を認め、行政には積極的な調査義務があるという原告の主張が認められました。今まで、行政が耳を傾けようとしなかった事柄で、今後のアスベスト飛散防止の改善に向けて大きな礎となる判決です。判決の評価は勝敗だけではないことを実感しました。
 森岡 行政側の調査義務を認める判決内容となったことは重要ですね。しかし、判決では健康被害に多大な悪影響を及ぼす、飛散性の高いレベル1・2のアスベストについては言及されませんでした。
 上田 そうです。アスベストレベル1・2がそれぞれ約10カ所あるにも関わらず、何の対策もないまま解体されました。健康被害の立証が難しいとはいえ、レベル1・2のアスベスト除去に対する違法行為(注2 レベル1・2の除去方法は、後述の『吹き付けアスベスト除去』に準ずる)について厳しい判断を下してほしかったと思っています。
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聞き手 森岡芳雄 環境・公害対策部長

アスベスト調査に対して自治体は責任を果たすべき
 森岡 日本では健康被害の発生があって、被害者がその環境汚染と発症との因果関係を証明しないといけないという非常に遅れた状況にあることは許せないことですね。この判決を受け、飛散防止に向けて自治体が果たすべき役割とは何でしょうか。
 上田 解体が予定されているすべての建物について責任を持ってアスベストの調査を行うことです。現在、解体業者は費用を浮かせるためにきちんと調査を行わず、アスベストがあることが疑われてもそのまま何ら対策を施すことなく解体することが横行しています。さらに、多くの自治体では業者が届け出た場所以外には関与しないという態度を取っているので、業者によるアスベスト隠しがあったとしても行政には責任がないという主張を展開しています。
 しかし、このたびの判決では、住民の健康や命を守るという大気汚染防止法の趣旨に則して行政は調査権限を積極的に行使すべきとし、またアスベスト使用の有無の判断材料として、設計図書の重要性を明示しました。解体現場に住民は立ち入ることはできません。住民はその権限を行政に付与しているわけで、それを行使しなければ現場は無法地帯と化します。
阪神・淡路大震災後のアスベスト被害へ対策を
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2016年に提訴した際の記者会見(中央が上田先生)

 森岡 自治体が責任をもって調査を行うように住民が目を光らせて監視することが重要ですね。兵庫県におけるアスベスト問題は、クボタショックから多くの建物が倒壊した阪神・淡路大震災へと環境曝露の要素が強くなり、アスベストの危険性が広範囲に及ぶようになりました。先生は阪神・淡路大震災のアスベスト曝露について検討されていますが、当時の飛散状況はどれほどだったのでしょうか。兵庫県は「健康被害が出るほどの濃度ではなかった」などとあまり問題視していないようですが。
 上田 震災直後、当時の環境庁がアスベスト濃度測定調査を行っていますが、アスベストのうち白石綿濃度だけの測定でした。飛散しやすく発ガン性も強く、白石綿の約5倍の危険性があると言われている青石綿や茶石綿は測定されていません。多くの建物が倒壊しましたが、鉄筋鉄骨のビルには吹き付けアスベストがあり、その多くは青石綿や茶石綿が高濃度に使用されていました。
 吹き付けアスベストの除去には厳格な対策が義務付けられていますが(注2)、当時の観察記録によれば、散水もせずにシートもかけずに解体を行い、作業員や住民はマスクも着けていませんでした。震災直後の混乱した状況の中とはいえ、想像を絶するアスベスト曝露があったと考えられます。しかし、白石綿濃度測定値だけが、独り歩きして、「飛散はあったが、健康に影響するほどではない」との誤った認識が既成概念となって今にいたっています。
 森岡  アスベストによる疾患は潜伏期間が長く、その被害を見つけるための検診・検査体制は現在にいたるまであまりできていませんね。
 上田 国や自治体は、被災地におけるアスベスト曝露と健康被害について、一度も公式見解を示しておらず、震災に関連したアスベスト健康被害に対する調査や検診は全くなされていません。昨年春に、被災地で1カ月間勤務した警察官が中皮腫で亡くなったことが新聞報道されました。危惧していたことが現実となり、ショックを受けました。
 行政は被災地で解体除去に従事した作業員や地域住民、全国から駆けつけてくれたボランティア、さらに被災地を奔走した公務員など、ハイリスクに該当する人たちへの注意喚起と検診を呼びかけるべきです。
 正確にいえば、集団検診である肺ガン検診ではなく、ハイリスクの人たちを登録して行う実態調査と追跡調査が重要です。行政の現職員は震災の記憶ももはや定かではありません。ぜひとも、当時の資料に基づいて科学的に検証して、実際の曝露状況を把握するように努めてほしいものです。
試行調査の継続で飛散防止対策の強化を
 森岡 震災アスベストとは別ですが検診に関しては、環境省がアスベスト曝露者の健康管理を検討するために数カ所の自治体に委託して、住民の胸部CT検査などを行う「石綿ばく露者の健康管理に係る試行調査」を行い、県内でも6市が参加していました。この試行調査について見直しが検討されているとのことですが。
 上田 一番問題なのは試行調査が来年3月で5年間の区切りを迎え、終了する可能性があることです。神戸市や西宮市は、早々と中止のアナウンスをしています。試行調査は調査方法などに問題があるとは言え、決して中止させてはならず、堂々と「アスベスト検診」と言える検査体制に発展させることが求められています。兵庫県としては、中皮腫死亡者数が多い大阪府や神奈川県、東京都などと協力して、試行調査の必要性を訴えていかなければなりません。
 試行調査を続けるにあたってのネガティブな意見として、中皮腫は早期発見しても予後が不良であることや、医療被曝が問題になっているようです。そもそも、集団検診であるガン検診では、疾患により適・不適があります。中皮腫の発見には胸部X線検査を主体とする肺ガン検診を窓口とする現行の体制は問題があり、CT検査を受ける方が良いと専門家は言っています。医療被曝については、機器の進歩も著しく、ハイリスクグループを対象に行えば、問題にはなりません。集団検診である肺ガン検診とは区別して、低線量CT検査を主体とするアスベスト検診体制を確立することが急務です。決して集団健診と混同してはなりません。
 森岡 最後に、今後、先生が取り組まれたい活動について教えてください。
 上田 まずは解体に伴うアスベスト飛散防止対策として、この裁判で示されたことを活用して、新たな仕組みづくりに注力しようと考えています。これには行政や議会をはじめ市民の力が必要です。中皮腫・じん肺・アスベストセンターなどが石綿関連法規制の抜本改正を求めて、署名を集めています(左)。まずこちらにご協力いただけたらと思います。
 次に、阪神・淡路大震災のアスベスト曝露の検証と、二次的健康被害の実態調査を行うことの重要性を理解してもらうことです。相次ぐ都市型災害におけるアスベスト被害の教訓としても、その重要性を認識すべきでしょう。
 森岡 今回の裁判での判決を生かして今後のアスベスト被害予防の活動を先生にはリードしていただきたいと思います。本日はありがとうございました。
注1 西宮こしき岩アスベスト訴訟 旧夙川学院短期大学(西宮市甑岩町)の校舎解体でアスベストが飛散し、将来の健康被害が予想されるとして、周辺住民らが、西宮市や解体業者と開発業者に損害賠償を求めた訴訟で、2016年に提訴した。協会、西宮・芦屋支部もこの訴訟を支援した。
注2 吹き付けアスベストの除去方法 部屋を密閉して陰圧に保ち、作業員は特別の防護服とマスクを着用して手作業で剥ぎ取り除去するという厳格な対策が義務付けられている。

石綿関連法規の抜本改正を求める署名にご協力を
1916_05.jpg 石綿による健康被害のない社会を実現するため、石綿関連法規の抜本的な改正が求められています。
 中皮腫・じん肺・アスベストセンターなどは「石綿関連法規の抜本改正を求める署名」に取り組んでおり、協会環境・公害対策部もこの署名に協力しています。
 署名は月刊保団連8月号に同封しています。集まった署名は協会までご返送ください。ぜひご協力お願いいたします。 

署名の追加注文は、電話078-393-1807まで
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