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兵庫県保険医協会第99回評議員会特別講演・講演録
東北大学東北アジア研究センター・同大学院環境科学研究科 明日香 壽川教授
グリーン・ニューディールと環境投資が世界を変える

2022.08.05

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【あすか じゅせん】1959年生まれ。東京大学工学系大学院(学術博士)、INSEAD(経営学修士)。京都大学経済研究所客員助教授などを経て現職。専門は環境エネルギー政策。『グリーン・ニューディール:世界を動かすガバニング・アジェンダ』(岩波書店、2021年)など著書多数

 5月15日に開催した第99回評議員会特別講演「グリーン・ニューディール~環境投資が世界を変える~」(講師:東北大学 明日香壽川教授)の講演録を掲載する。

 本日いただいたテーマは、温暖化対策をどうすればいいか、それによって経済的にどういう影響があるのかということですが、医療関係者の方がいらっしゃるということで、気候変動と健康についてもお話したいと思います。

温暖化と健康
 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)という世界の研究者と政府関係者が集まって温暖化に関する科学の状況を評価する研究者のグループによると、健康と福祉への影響として、感染症、暑熱・栄養不良、メンタルヘルス、強制移住について、世界のほぼすべての国・地域にマイナスの影響があります。観測された影響および予測されるリスクとして、「約33~36億人が気候変動に対して非常に脆弱な状況下で生活している」とされています。
 医学雑誌『LANCET』が毎年出している「Countdown on health and climate change」の2021年の最新版の一部を紹介します。
 熱波影響人口の増加量(人・日)では、影響を受ける地域と人口が増加し、HDI(人間開発指数)が低い国の方が1人当たりの労働時間数がより失われていることが書かれています(図1)。
 森林火災発生のリスクや干ばつ被害を受けた面積も増えています。干ばつや洪水は被害を受ける人口が非常に大きく、食料問題や難民問題ともつながります。感染症については、温度が高くなるとより伝染力が高くなり、マラリアの場合、途上国でどんどん状況が悪くなっています。
 PM2.5の曝露による早期死亡者数については、世界で500~600万人、論文によっては1000万人という数字もあります。PM2.5の大きな排出源の一つは石炭火力発電所です。日本でも、年間5~6万人がPM2.5により早期死亡していると言われています。PM2.5によって肺がん、心筋梗塞、脳卒中の三つの死亡率が上がり、PM2.5濃度上昇度と死亡率の相関関係が疫学的にわかっています。
 温暖化対策=石炭対策=PM2.5を減らすことになりますので、注目していただきたいと思います。
温暖化対策で雇用創出・経済復興
 15歳のグレタ・トゥーンベリがスウェーデン国会前で政府にCO2削減を求めて座り込み、それから1年ほどで世界中で大勢の若者が同様のアクションをし、彼女の活動は一躍有名になりました。Fridays For Futureという名称で世界中の若者が活動し、日本各地でも活動が行われています。
 ほぼ同時期に、アメリカではナンシー・ペロシ下院議長の部屋を10代の若者たちが占拠しました。グリーン・ニューディールという言葉は彼女たちが着ていたTシャツなどから流行したと言えます。
 ルーズベルト大統領のニューディールと重ねた「グリーン・ニューディール」という言葉は、再エネ・省エネ・自然資源投資による雇用創出・経済復興を意味します。経済が悪くなってもいいということではなくて、「経済も」復興するというのが特徴です。
 IRENA(国際再生可能エネルギー機関)の資料によると、温暖化対策(省エネ・再エネ)に投資することによって、2023年だけで約549万人分の新規雇用が創出され、全体的として雇用が増えることが示されています(図2)。
 IEA(国際エネルギー機関)も、すでに再エネが重要なエネルギーになっていることを強く主張しています。図3の横軸が雇用創出数(人)、縦軸が温室効果ガス排出削減コスト(米ドル/t-CO2)で、一番安いのはメガソーラーで、雇用創出も大きいことから世界中で増えています。世界では再エネが一番安いことが常識です。
 原子力も発電時にCO2を出さないので温暖化対策になるとも言えますが、リスクや安全性問題に加え、雇用も生まず、コストも高くなります。米国のエネルギー関連投資会社Lazardの各年版データでは、原子力、石炭、天然ガス、太陽光、陸上風力を新しく造るコストで、2013年度以降、原子力が一番高くなっています(図4)。
 去年、日本政府の発電コストを比較する検討会で、2030年に太陽光が一番安くなるとされ、遅ればせながら日本政府もその事実を認めるようになりました。
 ブルームバーグのデータによると、世界の7~8割の人口が住んでいる国・地域では再エネが一番安いか、同等となっている状況です。
今の技術活用で50年にCO2は9割減らせる
 温暖化対策のため何をすればいいのか、停電や電気代高騰のリスクが高くなるのではないか等々の疑問に対し、研究者が集まり「レポート2030」を作成し、グリーン・リカバリー戦略(GR戦略)というロードマップを示しています。
 既存技術を活用し、省エネと再エネを推進すれば、2030年に90年比でCO2排出55%削減、2050年に93%以上削減は達成可能という内容です。実現可能なプランとして、政府のシナリオよりもCO2排出削減量が15~20%ほど多くなっています。ただ、パリ協定(1.5℃)の目標を達成しようとすれば、日本の場合、途上国との公平性を考慮するとCO2を2030年に100%以上減らす必要があるので、われわれのシナリオはそういう意味では甘いものですが、原発ゼロでもこれだけ減らせるということを示したたたき台として出しています。
 図5はGR戦略における経済効果を示したものです。基本的に省エネ、再エネは儲かる話なので、民間投資を見込め、公的資金は不要だと考えています。公的資金約51兆円は主に送電線の整備で、他に、省エネのために地方の公共交通網の整備や建物の断熱化のメリットなどを広報する人を育てるソフトインフラなどが含まれます。
 これによるエネルギー支出削減額を見ます。日本は毎年10~20兆円、石炭、石油、天然ガスを海外から購入しています。アラブやクウェート、ロシア等に多額の支払いをし、ロシアの場合、そのお金が戦争に使われている状況があります。国内で発電することにより、これまで外国に支払っていたお金が国内で回ることになり、その金額が2030年までに累積約358兆円、2050年までに累積約500兆円となります。
 温暖化対策を行うと、中東やロシアが敗者となり、中国でも石炭関連産業の労働者約300万人が仕事を失います。日本は圧倒的に勝者となれますが、そのことが伝わっていません。
省エネ・再エネ推進でGDP205兆円増
 投資額が分かると産業連関表により、雇用がどれぐらい増えるかが計算できます。
 2030年までに年間約254万人の雇用が10年間維持でき、GDPも2030年までに累積205兆円増加します。
 同時に、2030年までにPM2.5曝露による2920人の死亡を回避することができます。
 こういう研究をしている研究機関は世界中にたくさんあり、バイデン政権のブレーンになっている人たちや、韓国、ヨーロッパ、中国でも似たような数字が出されています。
 図6はGR戦略によるCO2排出削減の内訳です。今ある技術を普及すれば、2050年に約93%を減らすことができ、残る7%ほどは、船・飛行機など、石油でないと現在の技術では難しい部分です。
 政府はCO2削減には革新的技術がないとダメだと言い続けていますが、われわれは今ある技術を普及すれば93%までは削減できると試算しています。政府が、省エネ、再エネの技術の普及になかなかお金を出さないことが課題です。
 われわれのシナリオではエネルギー支出削減額350兆円に対し、投資額は180兆円と小さく、払ったお金よりリターンが多く、経済合理性もあると言えます。これもいろいろな国の研究機関が似たような数字を出していますし、先ほどのIEA、IRENAという国際機関が国際レベルでも、地域レベルでも出しています。
 こういうことがはっきり言えるようになったのは、再エネの価格が大きく下がったことがあり、10年前に比べて太陽光は10分の1、風力が3分の1、蓄電池も50年で半分ほどになっています。スマホと同じで、つくればつくるほど小さくなり、価格はダウンし、精度も良くなっていきます。一方、原発等はつくればつくるほど安全性に対して高額な維持費が必要です。
 省エネ、再エネにエネルギーを転換し、石炭火力、原発を減らすと日本は勝者になります。一方、これらの産業で働く人たちは仕事を失うことになり、さまざまな人が影響を受けますので、雇用転換が必要となってきます。キーワードは「公正な転換」です。
 影響を受ける雇用者人数は日本で約20万人、一方、雇用が増える分野が年間約254万人と推定しています(図7)。
 アメリカでは、2019年時点で、クリーン・エネルギー分野の雇用数は合計で約335万人、一方、化石燃料分野・原子力発電分野の雇用数はそれぞれ約119万人と約7万人で、クリーン・エネルギー分野の雇用数は増加傾向にあり、化石燃料分野および原子力発電分野の雇用数は減少傾向(NASEO and EFI 2019)です。これはアメリカだけではなく世界でおきています。
 60年前、日本が石炭から石油に転換したときに雇用転換を強いられた人が約20万人でした。当然、ストも争議もあり、いろいろな法律がつくられ、石油料金の一部から補助金で雇用保障や再教育等にお金が拠出されました。今、そういう形の転換が世界中で行われていますが、日本の場合、労働組合(連合)も具体的にはアクションは起こせていません。
電力不足は電力網の整備等で解決可能
 地球温暖化対策を進めると、電気代が高くなるということが必ず言われます。図8は、われわれのシナリオであるGR戦略と政府のシナリオの電力価格を比較したものです。
 われわれのGR戦略は石炭と原発は2030年ゼロなので、その分天然ガスに移行するシナリオになっています。石油燃料は基本的には高くなるし、再エネはどんどん安くなるので、そういう計算を入れればこのような数字になります。
 停電にならないのですか?と必ず聞かれます。一言で言えば日本全体は大丈夫ですし、西日本、東日本でも大丈夫です。
 ただし、北陸電力と四国電力管区では、夏や冬の夜に一時的に、その管区の中だけでは電力需給のバランスが安定しない可能性があります。それは、過去4年間で一番太陽光や風力が使えず、かつ電力需要が一番多い時間帯を選んで、石炭火力ゼロ、原発ゼロと想定した場合の電力需給バランスをシミュレーションした結果です。ただし、これは他の電力管区から融通を受ける、揚水発電・蓄電池・需要側の使用時間をシフトしてもらうなどを行えば需給バランスの問題は解消します。
 こういうことを想定して具体的に計算したのはわれわれのグループが初めてかと思います。
 2020年にこのレポートを出して以来、いろいろなところでお話をする機会があり、野党の立憲・共産・れいわなどの政策では、このレポートの中の数字が採用されています。もっと選挙などで、多くの政党が全面に出していければいいと個人的には思っています。
温暖化は健康問題であり人権問題
 神戸では、神鋼の石炭火発増設に対し、建設差し止め裁判が行われています。
 仙台でも、関西電力等が出資した石炭火力発電所の稼働差し止め裁判が、神戸よりも少し早く始まり結審し、残念ながら一審、控訴審いずれも敗訴しました。大気汚染被害について、5回ほど大気汚染の専門家と私とでPM2.5の健康被害の数字に関して議論し、PM2.5に閾値があるかないかどうかが大きな争点となりました。われわれは閾値がないというのが世界保健機関(WHO)などの考え方であると主張しましたが、裁判所には理解されませんでした。
 神戸では大気汚染被害に加え、温暖化による被害と国の責任が争点となっています。4月に高裁は、「社会の関心が少なく大きな問題になってないから、現在、裁判所は温暖化問題で争う権利を認められない」という趣旨の判決を出しました。これに対し、池田直樹弁護団長は「世界では温暖化問題を人権として考えているが、裁判所は温暖化問題を人権問題として考えていない」と裁判後の記者会見で嘆いておられたことを覚えています。この裁判は現在、原告が上告したので、まだまだ続くと思います。
 温暖化により世界で起きている被害を日本に伝え、司法、立法、行政の中で人権問題であるという認識に変えていくことが大きな課題となっていると思います。

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