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大阪府保険医協会・高本英司理事長に聞く 大阪西成特区構想 生活保護医療扶助を制限

2012.04.25

大阪市の橋下徹市長が、大阪市西成区の生活保護医療扶助を「適正化」するとして、「西成特区構想」を発表した。同構想の内容や狙いなどについて、大阪府保険医協会の高本英司理事長(大阪市城東区・たかもと診療所院長)に兵庫協会の池内春樹理事長と郷地秀夫副理事長が話を伺った。


フリーアクセスを制限し委縮診療へ


 池内 橋下大阪市長は今年2月に、生活保護制度等の「西成特区構想」を発表し、生保患者の受診を制限しようとしていると聞きました。
 高本 ええ。特区といっても、国のすすめる規制緩和特区を申請しようということではなく、大阪市の施策に「特区」という名称を使っているにすぎません。
 大阪市では生活保護費の半分近くを医療扶助が占めています。また、大阪市の中でも西成区は、住民の4人に1人が生活保護受給者です。橋下市長は、医療扶助「適正化」を行うとして、生活保護を扱う医療機関の指定制度を更新制にすることと、生保患者が受診できる医療機関を科毎一つに限定する「医療機関等登録制」を打ち出しました。
 指定制度は、過去5年以内に「指定取消、戒告、注意」などがあれば、新規指定されなくなります。新規指定後は3年の「チェック」期間が設けられ、その間に立入検査を実施し、「『指定取消、戒告、注意』相当の事実」として、「高点数」や「頻回受診」「過剰診療」などがあったとみなされれば、指定を取り消す仕組みです。
 また、現在指定済でも、レセプト平均点数が高い医療機関に対して「効果的な個別指導」を実施するとしています。
 池内 経済審査や集団的個別指導のように、生活保護患者への委縮診療を狙っているような気がします。
 高本 医師に対して「生保患者のレセプト点数を低くしろ」という明確な圧力をかけるものです。「本当は心エコーをしたいけど、指導の対象になるかもしれないからやめよう」など、結果として患者の受療権が侵害されかねません。
 池内 医療機関等登録制はどのような内容ですか。
 高本 医療機関を生保患者ごと、診療科目ごとに登録するというものです。調剤薬局も一つに集約します。現在なら受診したい医院があれば後からでも認められるものが、「登録」外と拒否されることも起こりえます。行政が登録医療機関を保険点数の低いところにするよう、誘導していく可能性が高いでしょう。
 池内 受診する医療機関を患者が自由に選べる「フリーアクセス」の原則に反する内容ですね。
 高本 そうなんです。また、私は内科医ですが、なじみの信頼できる耳鼻科や眼科が登録医療機関でなければ患者を紹介したくてもできません。医師の裁量も否定されてしまいます。
 大阪協会が西成区の会員を対象に実施した緊急アンケートでは、登録制について多くの会員が「生保患者の人権侵害につながる」「医療へのフリーアクセスを阻害する」「萎縮診療につながる」として「反対」だと回答しています。
 登録制は、西成区の生保患者のみを対象にした極めて差別的な内容ですが、受給者や医療扶助を減らしたい国や他の自治体が追随して、各地に広がっていくことが懸念されます。

実態を無視した生保バッシング


 池内 近年、「年金や最低賃金より生活保護の受給額が高い」「医療扶助の自己負担がないため医療費が激増している」など、制度や受給者に厳しい視線が注がれています。社会的弱者を攻撃するような風潮は不健全ですね。
 郷地 受給者の実態を無視した、極めて歪んだレッテル貼りだと思います。受給世帯の半数は高齢者世帯であり、高齢者・障害者・母子世帯で87%を占めます。受給者の多くが、生保がなければ生きることができない切実な人たちです。
 私も神戸でたくさんの生保患者を診てきましたが、実際に多くは高齢者、特に、長年にわたり過酷な肉体労働に従事してきた人たちです。彼らは様々な事情から、3Kをともなう仕事を転々としながら続けた末に体を壊し、色々な疾患をかかえています。元港湾労働者などには、中皮腫などアスベストが原因とみられる所見がある人も多く見られます。建設現場や荷役作業などで日本の高度経済成長を底辺で支えてきた人たちが、低賃金・不安定労働で経済的にも健康的にも痛めつけられ、年をとってから最後にしかたなく生活保護を受ける―それが実情ではないでしょうか。
 高本 全く同感です。無年金や低年金など、日本は年金制度が未成熟なため、生活が困難な高齢者がたくさんいます。また、小泉構造改革による失業者や非正規雇用の増大、社会保障の相次ぐ改悪などで、若い世代も含めた貧困層の増加が根本にあり、生保受給者が増えているのです。それを単に「働かずに昼から酒を飲み、ギャンブルばかりしている」というような受給者像が焼き付けられていることには、私も大変違和感を覚えます。
 日本弁護士連合会の調査によれば、2009年度の不正受給は生保受給者全体のうち1.54%、金額では0.33%です。一部の例外を強調してあたかも全体であるかのように描き、圧倒的大多数である生活困窮者の実態を隠蔽するような議論は看過できません。

「不適正診療ない」市も調査で認める

 池内 「生保患者を食い物にしている」などと、医療機関を貧困ビジネスと同列視するような由々しき風潮もありますね。
 高本 大阪市は今回の西成特区構想にあたり、「医療扶助を狙って不適切な診療を繰り返す医療機関を排除する」としています。しかし、医療扶助について大阪市が医療機関・被保護者に対して一昨年末に実施した調査では、特に医療費請求額が多いとされた事例でも「いずれも上限近くとはいえ国の診療報酬基準内」となっており、「訪問診療回数や治療方法などは医師の裁量に委ねられており、不適正な診療行為が行われているとは判断できない」と結論づけているのです。
 池内 貧困が健康に影響を及ぼすことは公衆衛生の常識で、一般の患者より生保患者の受診回数が多いのも当然です。結核罹患率も高い。きちんと病気を治療して貧困との悪循環を断ち切ることは、憲法第25条がうたう生存権の具体化である、医療扶助の使命です。仮に診療報酬で認められない過剰請求や不正請求があるとするならば、これまで通り個別に行政が指導すればよい話です。
 郷地 生保は「暴力団の資金源」や「貧困ビジネスの温床」などとも言われますが、これも、暴力団・貧困ビジネス業者の側が加害者で、受給者は食い物にされる側の被害者なのです。行き場をなくし生活できなくなった受給者を守るために、悪質な不正や犯罪は現行法できっちりと取り締まるべきです。被害者である受給者側の権利を侵害するなど、本末転倒です。
 高本 そうですね。話を飛躍させて問題をすりかえ、受給者の人権侵害に走る橋下市長独特の手法に惑わされてはいけません。

弱者切り捨ての社会作らせない

 池内 むしろ日本の生保は、低い保護率こそが問題です。2012年1月時点の生保利用者数は全国で209万人、保護率(保護利用者数の人口比)は1.6%ですが、貧困率は16%(09年時点)であり、10分の1しか捕捉できていません。諸外国と比較しても、日本の生活保護率、捕捉率は極めて低いのです。
 保護を希望する人に申請させない「水際作戦」や、保護を受けることに対する負い目、スティグマを植え付ける社会的風潮が背景にあります。保護を受けないことを誇りにして生保水準以下の生活をしている人たちがいるのが、残念ながら日本の現状です。
 高本 受給者は落ちこぼれ意識が強く、社会的に縮こまっています。就労や生活、子育てが困難になっている人たちの人権・生存権を守るためにも生保を積極的に活用する必要があります。そしてケースワーカーを増やして、受給者に対して懇切丁寧に生活や就労の相談に乗っていくのが正しい方向です。
 郷地 医療扶助の「適正化」は国も推し進めていることで、今でもまったく不当な理由で多くの生保患者のレセプトが減点されます。そして、生保の次に減点が多いのが老人のリハビリです。社会的に弱い立場にあり、声を出すことが難しい人たちを狙って、国は医療費を抑制しようとしているのです。大阪市は、その先兵になろうとしているように見えます。
 これを許せば生保受給者から高齢者へ、そして次の弱者へと矛先が向かっていき、結局、社会保障全体の改悪に拡大されていきかねません。
 高本 われわれ医師は、自分たちの診療に誇りをもっています。大阪協会としては、地域医療を否定するような強権的な政治に対する、現場の先生たちの立ち上がりと運動を支えていきたいと思っています。
 橋下市長は、「構造改革」路線を進めた小泉元首相でもできなかったことを、独自の強権的政治手法によって急進的に実行しようとしています。会員の先生方に「西成特区構想」の危険性を広く伝え、先生方と共に市民に訴えていかないといけません。
 池内 大阪市だけの問題ではなく、日本の医療・社会保障の進路が問われています。兵庫協会としても最大限協力させていただきたいと思います。本日はありがとうございました。

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