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[宮城協会と「医療特区と東北メディカル・メガバンク」懇談会] 報告 1 東北メディカルメガバンク構想 ―震災復興を口実に進むゲノム研究とICT活用 宮城厚生協会 理事長 水戸部 秀利先生

2012.10.05

 協会は7月29日、仙台市内で宮城県保険医協会と「医療特区と東北メディカル・メガバンク」懇談会を行った。宮城協会から北村龍男理事長をはじめ8人が、兵庫協会から池内春樹理事長、武村義人副理事長が参加した。東日本大震災後に政府が進める「東北メディカル・メガバンク」の危険性に警鐘をならす宮城協会と、阪神・淡路大震災後、医療の規制緩和を進めた神戸医療産業都市構想の危険性を訴えてきた兵庫協会。それぞれの経験を交流する目的で兵庫協会が呼びかけ、今回の懇談会が実現した。宮城厚生協会理事長で東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター世話人の水戸部秀利先生と兵庫協会の武村義人副理事長が行った講演詳録を掲載する。

 東日本大震災の医療・福祉復興計画には、大規模なゲノム研究(東北メディカル・メガバンク構想)と、医療機関をネットワークでつなぎ情報共有を行うことが両輪として位置付けられた。
 震災からわずか3カ月後、内閣府医療イノベーション会議で提案され、宮城県も11年8月、「東北大学を中心として地域の医療機関をネットワークでつなぐことで医療情報を共有し、地域医療の振興を図るとともに、遺伝子研究等の最先端医療を通じて人材育成に取り組む」と、同構想を県震災復興計画(最終案)に盛り込んだ。
 その後12年2月、東北大学にメガバンク機構が発足し、文科省の検討会も終了。検討会で岩手医科大学も参加を表明し、対象地域を岩手にも拡大した。5月からラジオCMが始まり、いよいよ被災住民3世代型15万人のゲノム採取が始まろうとしている。
 この計画は突然降ってわいたものではない。大規模ゲノム研究は、すでに国立がんセンターや京都大学、九州大学、山形大学などが取り組んでいるが、年齢の偏り、特定の疾患であったり、母数が少ないなど課題を抱えている。また、文科省と厚労省、経産省策定の「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」が、遺伝情報の研究活用に一定の歯止めをかけている。
 医療機関をネットワークでつなぐ計画は、震災の2年以上前に内閣府が発表した「新たなICT(情報通信技術)戦略」の中で、「国民共通番号制」や「どこでもMY病院構想」などが盛り込まれている。
 政府は「国民共通番号制」導入の理由に、国民の利便性向上や社会保障充実のための所得把握を挙げているが、実際は社会保障給付と税・保険料負担のバランスの個人別管理による社会保障費の削減が目的ととらえる必要がある。
 「どこでもMY病院構想」も、分散している個人の医療情報を国が一括管理し、患者のフリーアクセスを制限することで医療費削減を行うことと、まとまった医療情報を製薬や医療機器メーカーなど健康関連企業が利用しやすくすることが目的だ。
 これらは多くの医療関係者や国民の反対で進んでおらず、11年2月には総務省が「ICT活用の遅れ」を指摘している。
 この状況を東日本大震災が一変させた。政府は震災復興を口実に、計画を一気に進めようとしている。
 これは、カナダのジャーナリスト、ナオミ・クライン(Naomi Klein)が示した「大惨事につけ込んで実施される市場原理主義的改革(The Rise of Disaster Capitalism)」〝ショックドクトリン〟の典型例だ。

検討不十分な倫理的問題


 大規模ゲノム研究はこれまでも国内各地、世界各国で行われてきたが、実施までの合意形成には時間をかけている。
 たとえば、国際的に早い段階で大規模ゲノム研究を行っているアイスランドは、2年間の国民的議論を行い、「保険医療分野データベース法」「バイオバンク法」といった法律による明確な規制をかけて実施している。日本でも京都大学が中心となっている長浜市の大規模ゲノム研究は、2年間にわたる議論を行い「長浜ルール」を策定し、市民の自発的参加がある場合にのみゲノム情報を収集できるようにしている。
 それに対し、東北メディカル・メガバンク構想は11年6月に政府が提案し、4カ月後には予算計上された。この間、住民への説明は1度もない。宮城県の震災復興計画でも当初案の段階では記載がなく、パブリックコメント後の最終案に盛り込まれた。
 そもそも、家屋も肉親もコミュニティーも失い途方に暮れている被災者が、研究の趣旨や方法、リスクを十分に理解し、議論できる状態にないことは明白だ。さらに、ゲノム情報を研究利用しやすくするため、現在の「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」の見直しさえ議論されている。
 指針を策定した厚労省、文科省、経産省は「(現在の)ゲノム指針...は、個人情報保護法等の成立を受けた個人情報保護の視点からの見直しに重点が置かれたことから、研究の進展に対応した見直しは必ずしも十分でなく」と述べ、現在はゲノム提供者の同意が使用目的別に必要であるのに対し包括化するとか、厳密に匿名化が必要なゲノム情報の研究に際し、その運用規定を緩和することなどが議論されている。
 医学研究の倫理指針である「ヘルシンキ宣言」では「不利な立場または脆弱な人々あるいは地域社会を対象とする医学研究は、研究がその集団または地域の健康上の必要性と優先事項にこたえるものであり、かつその集団または地域が研究結果から利益を得る可能性がある場合に限り正当化される」とされている。
 言うまでもなく現在の優先事項は震災復興であり、メディカル・メガバンク構想が本当に復興に役立つのか、被災者の健康上必要か、など多くの論点を深く掘り下げて検討が行われるべきだ。その議論や被災者への相談もないままゲノム情報を利用可能にすることは、ヘルシンキ宣言に照らしてもきわめて大きな問題である。

メガバンク構想を急ぐ本当の理由


 政府が12年6月に発表した「医療イノベーション5か年戦略(案)の概要」は、「医療産業の国際競争が激化」する中「創薬力が低下」「再生医療、個別化医療など世界的に研究が進む分野でも実用化で後れ」をとっているとし、その原因として「日本の優秀な研究者が海外流出」など日本の医療の「弱み」を挙げ、克服の方策として「国内の研究開発環境を改善」し「医療関連分野を成長産業に育成」するとしている。
 その取り組みの一つとして挙げられているのが、東北メディカル・メガバンク構想である。
 つまり、製薬企業など医療産業の国際競争力向上のために東北メディカル・メガバンクをつくり、ゲノム情報を使って患者個人に最適な治療方法を計画するオーダーメイド医療を実現する。また、ゲノム情報を解析し疾患や体質の原因となる遺伝子を突き止め、新しい医薬品を研究・開発するゲノム創薬にもゲノム情報を使う計画だ。
 しかし、医療関連企業の利益のために、国民の財産である国の予算や医療資源を投入するばかりか、被災者を半ば強制的に被検体とすることは問題である。
 政府もさすがに構想の目的を大企業の国際競争力強化のみにするわけにはいかず、研究に携わる医療関係者を一定期間地域医療に従事させること、関連分野での雇用創出をうたっている。
 しかし、ゲノム研究に従事する医師や医療スタッフが本当に地域医療に貢献できるとは考えにくい。そもそも被災地への医師派遣を持ち出しながら、住民にゲノム情報の提供を承諾させるようなやり方には強い違和感を覚える。関連分野で生まれる雇用の対象が被災地住民とも考えられない。研究に携わる高度な専門家が東京からやってくるだけだ。

メガバンク構想では国際競争力上がらず


 東北大学名誉教授の日野秀逸氏が述べているように、「遺伝子治療の未来はバラ色」と盛んに宣伝されているが、確実に有効で安全な遺伝子治療は開発されていない。また、ゲノムの解読を進めて疾患と遺伝子の関係を明らかにしても、その遺伝子を修復すればたちどころに疾患が治るということはまれだ。普通は一つの疾患に多くの遺伝子が関連し、一つの遺伝子でも置かれた場の影響で働きも変わるという非常に複雑なものだ。
 だから、この構想がたとえ実現しても、ゲノム研究から臨床使用可能な製薬までには非常に長い時間がかかることは間違いなく、そもそも成功するかどうかも不明だ。製薬企業の国際競争力を高めるという戦略も絵にかいた餅になる可能性がある。
 また、東北大学医学部長のプレゼンテーションでは、被災地の特性として、(1)医療過疎と医師不足(2)3世代同居が多い(3)人口の移動が少ない、という3点を挙げて疾患、垂直コホート研究(図1)に適しているとしているが、震災で家族が散り散りに仮設住宅に避難し、人口の流出、移動も多いなか、そう簡単に研究が進むとは思えない。何より被災住民が明日の生活展望さえ持てず苦労しているときに、「コホート研究に適している」などと表現してはばからない姿勢には、強い違和感を覚える。

予算800億円は真の生活復興に


 政府が東北メディカル・メガバンク構想とICT構築につけた予算は800億円に上る。一方、被災医療機関再建のために、12~15年の地域医療再生基金400億円弱の配分や補助率をめぐって厳しい議論が行われている。公的病院再建の配分は何とか予算化されたが、多くの民間医療機関は再建しようにも、わずかな補助率では再建できない状況だ。
 貴重な復興財源の使途として優先順位が違うのではないか。巨額の財源が、製薬・医療機器産業やIT産業・ゼネコンに食い物にされるのではないかと勘繰ってさえしまう。
 今後、メガバンク機構のスタッフが被災地に入り、「ゲノム研究による個別化医療・予防のバラ色の夢と未来」の実現を宣伝し、ゲノム提供の説明と同意を求める。しかし、ゲノム医学は高度に専門的なため、正しく理解するには、時間と労力が必要だ。
 私たちは被災地住民の立場から、(1)ゲノム提供・管理を巡る人権侵害などが発生しないか(2)被災地の医療や福祉の復旧復興に寄与しているか(3)巨額の復興予算が関連企業の食い物にされていないか、などを検証・監視していく必要がある。
 また、地元住民と懇談、学習会などを行い、ゲノム研究の影の部分も伝え、きちんと説明を求める権利、ゲノム提供拒否の権利、情報開示請求の権利、情報削除の権利があると広める必要がある。
 

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