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政策解説 協会政策部 TPP「大筋合意」で日本の医療はどうなる?

2015.12.15

 10月5日、TPP交渉に参加する国々の閣僚は「環太平洋パートナーシップを成功裏に妥結した」とする声明を発表。各紙は「TPP 大筋合意」と報じている。今回の「大筋合意」は国民皆保険制度にどのような影響を与えるのか、検証する。 
 

医療は例外か?

 政府は「大筋合意」後に各地で開催している「TPP協定交渉の大筋合意に関する説明会」で公的医療保険を規制緩和の対象外であると強調している。
 政府が公表している「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の全章概要(以下、全章概要)」を読み解くと、TPPはGATS(サービスの貿易に関する一般協定)の例外を踏襲しており、そのため公的医療保険制度は適用対象外であるとされている。
 しかし、これまでの日米関係をみれば、日本政府が今後も続く米国からの要求に対して、この条項を盾に跳ね返すことができるのか疑問である。

アメリカの今後の出方

 TPP発行には、交渉参加12カ国全ての批准が必要とされるが、2年以内に全ての国で国内承認手続きが終わらない場合、国内総生産で全体の85%以上を占める6カ国以上の批准が発効の条件となる。従って、両国でGDP合計の約8割を占める米国と日本の承認は不可欠である。
 しかし、アメリカでは共和党議員はもちろん、民主党の議員の多くもTPPに反対している。かれらが反対する理由は「米国は譲歩しすぎた」というものだ。
 リチャード・カッツ氏(米オリエンタル・エコノミスト・リポート編集長)は、「米韓自由貿易協定の交渉において、最初に合意した後に合意内容の変更に向けて3度も再交渉したことを先例として」「米政府は再交渉を相手国に強要できると確信している」と述べている。米製薬企業に近いオリン・ハッチ上院金融委員長は、バイオ医薬品のデータ保護期間が米国の要求通りにならなかったことについて「この問題が解決されないようなら、合意全体を破壊することも躊躇しない」と表明している。
 このようにアメリカ議会の有力者たちは自分たちの支持基盤のため、かなり厳しい要求を日本をはじめとする各国に今後も突きつけてくることは間違いない。

日本の国民皆保険制度が米国企業に訴えられる?

 全章概要では、ISDSも盛り込まれている。ISDSとは、投資先の国の規制によって、不利益を被った企業などが、相手国を国際機関に訴えることができるという条項である。これまで協会は、米国の保険会社などが日本の公的保険のおかげで利益を得られないなどと日本政府を提訴する恐れがあると警鐘を鳴らしてきた。
 この点、全章概要では、「...各締約国が附属書I及び附属書Ⅱの締約国の表に記載する措置...については、 適用しない」とされており、附属書には「...社会事業サービス(...社会保障又は社会保険、社会福祉...)...に関する措置を採用し、又は維持する権利を留保する」としている。これが「将来留保」と呼ばれるもので、将来にわたり日本政府は社会保障についてはISDSを適用しないということである。
 しかし、全章概要の「○附属書の解釈(第9・25条)」では、「将来留保」の解釈をめぐって紛争になった場合は、TPP委員会がその解釈を行うという規定がある。
 もし、ある企業が日本の皆保険制度によって不利益を被ったと日本政府を訴えて、「将来留保」の解釈に疑義をとなえ、TPP委員会が日本政府の解釈が誤りだと認定すれば、日本政府は申し立て企業に対し、損害を賠償しなければならないのである。
 「将来留保」をもって、日本の医療制度は完全に守られているというのは、政府による都合のよい解釈といわざるを得ない。

行った規制緩和は元に戻せない?

 一度行われた規制緩和を後退させてはならないとするいわゆるラチェット条項について規定した「10章 国境を超えるサービスの貿易」についても、政府はISDS同様に「将来留保」を理由に、医療分野にはラチェット条項は適用されないとしている。

医師・歯科医師のライセンスはどうなる?

 「10章 国境を越えるサービスの貿易」では、締結国間の職業資格の相互承認も規定されている。
 この規定を医師に当てはめて考えると、日本の医師資格と米国の医師資格を相互に認める制度の導入に向けて、日本医師会などの関係団体と協議を行い、日本医師会に対し米国医師会などとの対話の機会を設けることを奨励するというものである。もし、この職業資格の相互承認が実現すれば、医師の流出や日本より医療水準の低い国からの医師の流入などが起こる可能性がある。

本当に変わらないのか?薬品の知的財産権保護

 医薬品の特許期間などに与える影響について、マスコミは「医薬『保護期間』は影響なし(産経新聞10月27日付)」などとしている。しかし、全章概要の「○不合理な短縮についての特許期間の調整(第18・48条)」では、医薬品の市販承認手続きを迅速化するということに加え、その手続期間の分、特許延長を認めることが規定されている(下図)。現在の手続期間は最長で15年程度と言われており、これまで日本では、市販後の特許期間は10年程度だったが、これがさらに15年も延長されることになる。
 その他、医薬品分野では、「○医薬品の販売に関する措置(第18・51条)」で、特許リンケージを規定している。これは、ジェネリック薬企業から製造承認の申請があると、医薬品規制当局は、その新薬メーカーに通知を行い、特許権を侵害していないか確認することを義務付ける制度である。
 また、「○生物製剤(第18・52条)」では、バイオ医薬品のデータ保護期間は日本の現状と同様8年間としている。マスコミはこの点を取り出し、「医薬品の保護期間は変わらない」としているのだ。しかし、「変わらない」のはバイオ医薬品のデータ保護期間だけであり、新薬を開発できる大手製薬企業の利益保護は徹底されることになる。
 さらに、政府が公開した文書では、「(日米)両国は...国の保健制度の実施における透明性及び手続の公正さの重要性も確認」し、「...両国政府は...(将来の保健制度(等))について協議する...」としている。これは、米国がこれまで「米国製薬業界の代表を中医協の薬価専門部会の委員に選任する」ことや医薬品に関して新薬創出加算の恒久化などを要求してきたことと合わせて考えると、米製薬企業の開発した新薬を高価格でいち早く保険収載することを求めるものであると考えられる。

全条項を開示し国会での徹底審議を

 政府が公開した文書をもとにTPPの「大筋合意」の問題点をみてきた。しかし、いまだに全条項は日本語で公開されておらず、英文で600ページある全文を100ページ弱に要約し日本語に訳した資料しか明かされていない。
 来年早々に招集される通常国会で、政府・与党はTPP批准手続きを進めるとしているが、国民的議論がなされないまま批准を強行することは許されない。
 

図 医薬品の特許期間は実質延長

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(「全章概要」より政策部作成)

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