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特別インタビュー 独立行政法人 地域医療機能推進機構 尾身茂理事長 医師偏在解消に本質的議論と具体策を

2017.06.15

独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO:ジェイコー)理事長で政府の「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」などで積極的に政策提言をしている尾身茂先生に西山理事長が話を聞いた。尾身先生と西山先生は帝京大学医学部附属病院の現高度救命救急センターで同時期に勤務経験を持つ。

医療を取り巻く問題に積極的に取り組むJCHO
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独立行政法人 地域医療 機能推進機構理事長
尾身 茂先生
【おみ しげる】1967年American Field Service交換留学生としてアメリカ合衆国New York, Potsdam Central High Schoolに留学。69年慶応義塾大学法学部法律学科入学。72年自治医科大学入学(1期生)、78年同大学卒業。東京都立墨東病院、伊豆七島院等勤務にて地域医療に従事。87年自治医科大学予防生態学教室助手(医学博士取得)を経て、90年WHO西太平洋地域事務局感染症対策部長等を歴任、99年第5代WHO西太平洋地域事務局長就任。2009年自治医科大学地域医療学センター教授、WHO執行理事に就任。その後、独立行政法人国立国際医療研究センター理事、独立行政法人年金・健康保険福祉施設整理機構理事長、内閣官房新型インフルエンザ等対策有識者会議の長、国立国際医療研究センター顧問等を経て2014年より現職

 西山 本日はインタビューを受けていただきありがとうございます。一緒に仕事させてもらったのは短い期間でしたので、覚えていていただき光栄です。
 尾身 お久しぶりです。本当に懐かしいですね。ハワイでの国際救急医学会に一緒に参加したことも覚えていますよ。
 西山 その後、先生の世界的な活動は様々なところで見聞きしています。WHOで西太平洋地域でのポリオ根絶を成功させたり、第5代西太平洋地域事務局長としてSARS(重症急性呼吸器症候群)対策の陣頭指揮を執られたり大変なご活躍でした。現在は、JCHOで、初代理事長の重責を担われています。
 尾身 JCHOは社会保険病院、厚生年金病院、船員保険病院という三つのグループを統合し2014年に設立された法人で、全国で57病院1万6175床を擁しています。また病院の他に介護老人保健施設26施設、訪問看護ステーション25施設、地域包括支援センター10施設、看護専門学校7施設などを運営しています。
 キャッチフレーズは「安心の地域医療を支えるJCHO」です。具体的には「IT化」「地域包括ケア」「総合診療医の育成」「医師派遣」の四つの柱に取り組んでいます。
 「IT化」は、「JCHOクラウド・プロジェクト」によりグループ全体の医療情報を一元管理しようという事業です。これは広域災害時において患者さんの診療情報を速やかに確認し、必要な医療機関に提供できるようにするものです。医療機関ごとの電子カルテなどにシステムが広がれば、重複投薬なども防ぐこともできます。
 「地域包括ケア」に関しては、全ての病院に「地域包括ケア推進室」を設置し「地域協議会」を開き、病院利用者や地域の医師、行政の声を聞き、病院運営に生かしています。
 西山 なるほど。地域包括ケアにとって大事な活動ですね。
 尾身 医療は医学の成果を社会化するもので、医療界のみならず、住民や行政の力も借りて、地域住民にその成果を適切に還元しなければなりません。
 西山 医師の偏在とも関連する「総合診療医の育成」について教えてください。
 尾身 日本の医療は専門分化が進んできました。高度な医療を担う専門医も必要ですが、開業医の先生のように「全身を診られる総合医」の役割も今後大きくなってくると思います。そこで、今年からJCHO版総合診療医育成プログラムを開始しました。
 このプログラムは、コアカリキュラムとして総合診療の実践に必要な知識を、内科を中心とした救急医療、感染症管理、在宅医療、5疾病を始めとした複合疾患などから学び、オプションとして、研修者のニーズに応じて小児科、産科、透析、精神疾患、過疎地域での研修などの部門を用意しています(図1)。
 西山 現在、日本専門医機構で「総合診療専門医」が議論されていますが、それとの関連はどうなるのでしょうか。
 尾身 機構では「総合診療専門医」を専門医として位置付けることは決まっていますが、サブスペシャルティについてはまだ決まっていません。そこで私たちの「JCHO版総合診療医」は、新専門医制度におけるサブスペシャルティと同じような位置付けを考えています(図2)。つまり、総合診療科、内科、外科など基本領域の専門医を取得した後に、地域医療を担おうという志を持った医師に対して、多くの病院や関連施設を持つJCHOの特色を活かし、地域の病院で総合診療や救急治療を、多様な施設で地域医療の最前線の研修を提供するものです。
 また、「医師派遣」に関しては、JCHOの四つの病院がへき地医療拠点病院として、へき地の診療所に医師を派遣しています。また自治体からの要請に応じて16病院が医師を派遣し、さらにへき地の診療所運営を担っている病院もあります。
 西山 なるほど。「全身を診られる医師」の養成やへき地の医師不足など、日本の医療が直面している問題に対し、JCHOはその多様性とスケールメリットを活かして一足先に実践的な対応をしているのですね。
保険医療機関の責任者になる医師は医師不足地域へ
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聞き手 西山裕康理事長

 西山 しかし、全国のJCHOの先生方に熱意があっても、日本全体の医師の地理的偏在を解決するのは困難ですね。
 尾身 そうです。そこで私は「医師の地理的偏在の解消に向けて」という提案を行いました(別表参照)。皆さんの意見を参考に2次案も出しています。具体的方法の一例として、保険医療機関の責任者になるための要件に、医師不足地域で一定期間勤務することを求めるというものです。
 西山 先生が厚生労働省の「医師需給分科会」で参考人として、また「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」の構成員として提案されたものですね。厚労大臣にも直接提出されています。
 尾身 そうです。西山さんはどう思いますか。
 西山 現場の医師からは驚きをもって受け止められているようです。私たちはこれまで、医師の配置に強制的手法を導入するのはいかがなものかと考えてきました。
 尾身 なるほど。私の案については、まさに保険診療を担う保険医協会の先生にもぜひ考えてほしいと思います。
 まず、日本の皆保険制度を持続可能なものにしなくてはならないというのは、国民や医療関係者共通の思いでしょう。日本の医療は保険医療制度で、保険料を中心に不足分は税金、そして自己負担で賄われ、その中で医療を提供するという皆で支える公的な仕組み、国民共有の財産です。この保険医療のおかげで、アメリカとは異なり収入の多寡にかかわらず、基本的な医療にだれでもがアクセスできます。
 岩手県の沿岸部でも、東京のど真ん中でも、住民は同じように保険料や税金を払っているのだから、一定の医療を享受できなければこのシステムの精神から外れるということになります。しかし、実際には医師の地理的偏在により、そうではない地域が多く存在しています。
 この偏在解消の具体案の一例が、保険医療機関の責任者の要件として医師不足地域での勤務を求めるというものです。当然、医師にも居住や移転、職業選択の自由、プロフェッショナル・フリーダム(職業的自立性)があり、自主性も十分尊重しなくてはなりませんが、同時にプロフェッショナルとして地域のニーズに応えるという社会的責務、倫理的な要請があると思います。
 この相反するような二つのテーマのバランスをどうとるのかというのが、本来行うべき議論の本質だと考えています。この基本的な考えを医療界だけでなく国民も巻き込んで議論しないといけないと思います。具体的方法だけを、すぐに「強制」か「自由」かという二項対立でとらえてしまうと議論が前に進まなくなってしまいます。
 西山 私も、日本の医療は公的ファイナンスと私的デリバリーから成り立っていますが、その折り合いの付け方への言及を避けてきたように思います。保険診療を担う医師として、社会的な責務と選択の自由とのバランスは幅広い議論が必要だと思います。
 尾身 そうです。そしてこの議論は、医師や国民の間にあるコンセンサスを確認しながら進めないといけません。
 まず、この議論では、すでにコンセンサスの得られている点が二つあると思います。一つは国民皆保険制度の下では、誰もが本来受けられるべき医療を享受する権利を持っていて、医師の偏在解消を含め、あるべき医療を実現しなければならないという点です。もう一つは、国が主導して地域が従うのではなく、医療計画や地域医療構想、保険者機能に見られるように、各都道府県が地域医療に責任を持って主体的に取り組むという点です。
 西山 確かに地方自治体の役割は大きくなっていますし期待も高まっています。
 尾身 事実、グループ診療などを通して地域の医師偏在に対してすでに実績を上げている都道府県もあります。しかしそもそも都道府県間に医師数の格差があるから、自分たちの努力だけでは問題が解消できない都道府県があるのも事実です。従って、私たちが行うべきことは都道府県での努力を補完するような都道府県の枠を越えた仕組みづくりについて国民的合意形成を確立することですが、未だコンセンサスが得られていません。私共が提案した具体的方法の一例は(別表参照)、保険医療機関の責任者になる医師は、長い人生の一時期に半年か1年間でいいから、無理のない範囲で医師不足地域で勤務してほしいというものです。
 西山 なるほど。しかし先生の案ですと、保険医療機関の責任者になるためとはいえ、医師不足地域に行く医師には負担となります。
 尾身 もちろん、医師が負担感を持たないようにすること、それどころか、行って良かったと思える仕組み作りが同時に必要です。例えば勤務する医師が孤立無援とならないように受け入れ地域が手厚いサポートを行うこと、休暇や子育てなど生活面での支援は必須だと思います。
 西山 保険医取得要件として医師不足地域で勤務するというのは、モチベーションという点からいかがでしょうか。
 尾身 モチベーションも極めて重要だと思います。例えば、勤務すれば専門医の取得などが容易になること、あるいは経済的インセンティブ、さらに地域医療貢献賞などの称号を与えるなども考えられます。
 若い医師が、指導医や症例数、生活面や教育面から都市部の大病院を志向するのはよく理解できます。強制的な手法では良い医師が集まりません。先ほど申し上げたような様々な支援やインセンティブの仕組みを作った上で、1年など短期間、地域医療の現場を経験するのは医師としても、人間としての視野が広くなると思います。
 そもそも保険医療機関の長に求められるのは診療だけでなく、在宅、リハビリなどに関して介護職や他の医療職との連携も必要になるでしょう。行政との折衝や協力なども積極的に行わなければなりません。
 また医師不足のために、本来受けられるべき医療を享受できない地域が存在しているのも事実です。医師としても、人間としても視野が広くなった人で、本来目指すべき公平な保険医療制度の維持に貢献した人が保険医療機関の長になることは、多くの人の同意が得られると思います。
 西山 先生のご提案はよく分かりました。しかし、急に制度を変えるには抵抗のある人も多いのではないでしょうか。
 尾身 そうですね。少し時間をかけて段階を踏んで実施するのが現実的かもしれません。医師不足地域を明らかにし、サポート体制を十分に説明したうえで、医師不足地域へ勤務する医師を募集することで解決するなら理想的です。
 それでも医師の偏在解消が難しければ、上述したように経済的なあるいは専門医等の資格取得に関するインセンティブが必要です。また、それでも難しければまずは、臨床研修指定病院や地域医療支援病院の長になるための要件でもいいと思います。それでも不足であれば、最後は保険医療機関の責任者要件とすればいいのではないでしょうか。
 現在、医学部を卒業する人は8000人います。そのうち半分の医師に、1年間医師不足地域で勤務してもらえれば、4000人の医師が赴くことになります。もちろんその後は自由ですので、これくらいのことは可能ではないでしょうか。私はこの具体案は強制と言うより、医学部入試や医師国家試験と同じような新しいルールだと思っています。
 今まで医師は「プロフェッショナル・フリーダム」と言ってきましたが、この20年間、医師の地理的偏在は解消しませんでした。すでに北欧などの福祉先進国では、プロフェッショナル・フリーダムを尊重しつつ、プロフェッショナルの責務として地域のニーズに応えるために様々な取り組みを行っています。日本はこの本質的な議論を避けてきましたが、プロフェッショナルな集団として、その方策を考え提案を行う責任があり、少しずつ進めていってもいい時期に来ているのではないでしょうか。
 西山 なるほど。先生のお話で納得できる点も多いと感じます。ただ、具体案だけが一人歩きして反発を呼び起こしている感もあります。
 尾身 確かにそうでしょうが、具体的な案を提案しなければ議論は起きません。反発も含めて議論が始まったことに意味があると思います。多くの人が「いろいろやってみて、それでもだめなら、こんな案もあるかな」でも構いません。
主権者として未来をつくるNPO法人「全世代」
 西山 さて、「医師の地理的偏在の解消に向けて」という提案は、先生が代表理事の一人を務めるNPO法人「全世代」がまとめたものですね。NPO法人「全世代」の活動を教えてください。
 尾身 医療関係についての具体的な取り組みとしては、「医師の偏在」問題とともに、「病院内保育所の一般開放促進事業」があります。これは院内保育所を一般住民に開放しようという事業です。厚生労働省、内閣府、各自治体が複雑に関係しており、情報の把握や整理だけでも大変ですが、事業を具体化していきたいと思います。
 西山 確かに地域の人にとっても、いつもお世話になっている地域の病院で子どもをみてくれるとなれば、急に体調を崩しても安心感がありますね。費用などの条件さえ整えば、病院としても地域に密着、貢献できますので歓迎されるのではないでしょうか。ところで、「全世代」代表の方々は、多方面にわたるそうそうたる顔ぶれですが、どのように発足させたのですか。
 尾身 そもそも「全世代」設立のきっかけは、「主権者として日本社会の未来を作るため一歩を踏み出そう」との志を共有する人たちが、様々な違いや利害を超えて一堂に会する場をつくろうというものです。イデオロギーなし、政党色なしでこれからの社会にとり重要と考える課題について、その解決に向けた具体的構想・提言を社会に発信することを目的にしています。ですからそうした志を持つ人をこうした機会に一人ひとりお誘いしています。西山先生もぜひ、「全世代」に入っていただければと思います。もちろん個人でなく保険医協会として入っていただくことも大歓迎です。
 西山 政治を身近なものとして、私たちが普段から抱く懸念や願いを、垣根を越えて議論し実際の政治に反映させる取り組みなのですね。
コンセンサスを積み重ねるオープンな議論を
 尾身 そうですね。私がWHO勤務経験の中で学んだのは、理論と根拠を中心にオープンな議論をし、違いとなる理由や背景を知り、その違いを乗り越えることの大切さです。立場と利害からの反対ではなく、全体の利益を考えてコンセンサスを作るための議論をしなければなりません。この点日本は欧米に比べて遅れているように思います。
 西山 そうした対話と議論を大切にするという考え方はどのように養われたのでしょうか。
 尾身 きっかけは、ニューヨーク州のポツダムという町に、高校3年生の夏から1年間留学したことではないかと思っています。私が留学した60年代後半のアメリカは、ベトナム戦争に揺れながらも豊かな国でした。ラジオやテレビでアメリカの音楽やドラマを見て憧れていました。その時にホームステイしたのが、日本で言えば県立大学の教授の家でした。
 西山 私は先生の八つ年下ですので、時代背景が少し異なりますね。
 尾身 当時アメリカの世論を二分していたのはベトナム戦争でした。そんな中、大統領予備選挙が行われていて、民主党ではロバート・ケネディとマッカーシー上院議員が指名争いをしていました。私のホストファミリーの大学教授は民主党員で、マッカーシーを応援していました。彼は地域を戸別訪問して支持を訴えていましたが、私も好奇心からついて行きました。また、高校生でも選挙の前には授業で政治につき活発にディベートしていました。そのことから、草の根に根付いた民主主義と事実に基づいた論理的な議論の大切さに気づきました。その経験から海外で仕事をしたいとも思い、実際に海外で仕事をする中で、そうした考え方が強まったのかと思います。
 西山 なるほど。そうした経験が、WHOで各国の代表と議論して、国際的な公衆衛生政策を進めたり、JCHOの理事長として57もの病院をまとめたり、日本でも政府の審議会でご自身の提案を行ったりする力になっているのですね。
 尾身 ありがとうございます。わが国の医療が直面する問題につきぜひ保険医協会を含め、多くの人が議論して、納得して合意していけばいいと思います。
 西山 私たちも積極的に議論していきたいと思います。本日はありがとうございました。
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