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第92回評議員会 特別講演「国家戦略特区の正体」講演録 政治を私物化し格差を広げる経済特区

2018.01.05

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立教大学経済学部
郭 洋春教授
【かく やんちゅん】1959年東京都生まれ。1983年法政大学経済学部卒業。1994年立教大学経済学部経済学科助教授。2001年より同大教授。2009年から2015年の間に4年間、経済学部長。専門はアジア経済論、開発経済学。主な著書は『国家戦略特区の正体 外資に売られる日本』(集英社新書、2016年)、『TPP すぐそこに迫る亡国の罠』(三交社、2013年)、『現代アジア経済論』(法律文化社、2011年)など多数

 協会が昨年11月19日に開催した第92回評議員会特別講演「国家戦略特区の正体」(講師:立教大学経済学部 郭洋春教授)の講演録を掲載する。

国家戦略特区とは何か
 内閣府は、国家戦略特区について、2013年11月5日に「国家戦略特別区域法案」を閣議決定するにあたり、「国家戦略特区は、日本経済社会の風景を変える大胆な規制・制度改革を実行していくための突破口として、『居住環境を含め、世界と戦える国際都市の形成』、『医療等の国際的イノベーション拠点整備』といった観点から、特例的な措置を組み合わせて講じ、世界で一番ビジネスがしやすい環境を創出することを目的としています」と述べている。
 「国家戦略特別区域法案要綱」という18頁の文書の中では、「国際的な経済活動の拠点」という言葉が17回も使われている。これはつまり、国家戦略特区の目的は外国企業が活動しやすい環境の醸成ということだ。
 世界には「経済特区」のような地域が約3000カ所ある。これらはすべて発展途上国にあり、その狙いは最先端の企業を誘致し、技術と資本を導入することだ。これが「経済特区」の本来の狙いだ。つまり、安価な労働力しか持たない発展途上国が経済成長のために外資優遇措置を行って、外資を呼び込み技術と資本を導入するというものだ。
 日本以外の先進国で「経済特区」を設定している国はない。確かにアメリカにフリーポートと言われる地域があって、広義にはこれらも「特区」と言われることもあるが、これらの地域は税関手続きを簡素化にした自由貿易港のことで、世界から荷揚げされた物品をすばやく各地に送り出すための制度だ。決して、外資を優遇するような制度ではない。
 世界的に有名な「経済特区」に中国の広東がある。ここでは改革開放政策のもと、79年に市場経済導入のために外資の導入を行った。特区となった地域はもともと広大な農村だった。それを一夜にして更地にし、外国企業を受け入れた。そしてその地域を発展させて、同様の制度を内陸に広げていくことで、中国は経済大国となっていった。これが世界でも有名な「経済特区」の典型例だ。
 そして今、中国では上海に世界的な金融センターを作ろうと、上海を新しい「試験区」に指定した。しかし、これはあまりうまくいっていない。中国ですら改革開放から40年が経ち経済発展が進む中、発展途上国と同じような「特区」政策では発展できなくなっているのだ。まして、日本のような先進国が「特区」でさらに経済成長することは非常に難しい。  今、注目されている特区に2015年に開設されたミャンマーのティラワ経済特区がある。
 ここは日本の証券会社が主幹となり計画が進められた特区で、すでに40社以上が進出している。これが「特区」の基本である。このように日本は発展途上国に特区を設立し、進出していく側で、自国内に経済特区を設置する側ではないはずだ。
 だから、「経済特区」などという発展途上国向けの制度を、先進国である日本が「国家戦略特区」という形で導入すれば、世界的に日本は発展の遅れた国だという印象を与えることになる。
地域間格差を広げる特区
 現在、国家戦略特区として10の地域が指定されている。第1次指定では、東京圏、新潟市、関西圏、養父市、福岡市・北九州市、沖縄県が指定された。第2次指定されたのは、仙北市、仙台市、愛知県だ。第3次指定では、広島県・今治市が指定された。
 各特区の事業内容は、図1のとおりだ。これら全国の特区における規制改革メニュー活用数は48、認定事業数は253だ。そのうち、4大都市圏の特区が70%を占めている。一方、広島では14事業、沖縄にいたっては4事業で規模が非常に小さい。特区が成功すれば、特区とそれ以外の地域はもちろん、このように特区間でも地域間格差が広がる。
 兵庫県養父市は中山間農業改革特区として国家戦略特区に指定されている。一つの市が農業という一つの産業だけで特区に指定されているのは日本全国でここだけだ。政府は養父市での取り組みを盛んに成功例だと宣伝しているが、私が新聞記者に聞いたところ「確かに若い人が一部就農した例はあるが、全体としては全然うまくいっていない」と言っていた。
 確かに養父市で農業生産量が増えたとか、新しい品種改良に成功したなどという話は聞いたことがない。実際、養父市の農地は中山間地で傾斜地だ。トラクターなども入れづらい。また、政府が言うように農地を一つにまとめて大規模農業化することも難しいから、生産性が上がるはずはない。これでは、東京や関西の特区が成功すれば、商工業と農業の格差はさらに広がってしまう。
 つまり、国家戦略特区政策は特区とそうでない地域の地域間格差を広げることになるし、特区間でも大都市部とそうでない地域の格差を広げてしまう。さらに、商工業と農業という産業間の格差も広げてしまう。これが特区の第1の問題点だ。
 では、なぜこのような懸念があるのに安倍政権は、大都市部に特区を集中させるのだろうか。その理由は簡単で、外国の企業を呼び込むためだ。外国の大企業が北海道や東北に進出するとは考えづらい。やはり進出するなら東京や大阪など大都市部になる。それで、政府は大都市部を特区にしているのだ。
現場の意向を無視して行われる規制緩和
 もう一つの問題点は地域や現場の意向を無視した事業認定が行われているということだ。国家戦略特別区域諮問会議(諮問会議)は安倍晋三首相が議長で、表1のようなメンバーで構成されている。そして、その下に国家戦略特区ワーキンググループ(WG)と各地域の国家戦略特別区域会議がある。具体的な規制改革メニューはWGで決めて、諮問会議に上げ、正式に決定する。
 問題は、これら諮問会議やWGのメンバー(表1・2)は、安倍首相の指名であり、失敗しても責任を取らされることがないということだ。
 それで、いわば「言いっぱなし」で規制改革を進め、失敗しても地域のやり方や事業体のせいにしてしまう。
 つまり、現場の意向など配慮せずにWGのメンバーである9人が規制緩和のメニューを決めている。これでは地域の活性化につながらない。
 諮問会議のメンバーは安倍首相の他には、麻生太郎財務大臣、梶山弘志内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革)、菅義偉内閣官房長官、茂木敏充内閣府特命担当大臣(経済財政政策)の5人が国会議員で、他は民間議員だ。
 小泉純一郎内閣が進めた構造特区は、いまでも全国で370カ所ほどが指定されているが、その時の会議には、関係省庁との調整が必要だという理由で、総務大臣や厚生労働大臣などほとんどの閣僚が入っていた。今は5人しか閣僚が入っていない。他の閣僚は必要なときにだけ参加させるという形になっている。
明らかな利益相反
 さらに問題なのは、他の有識者議員と言われている人で、秋池玲子・ボストンコンサルティンググループシニア・パートナー&マネージング・ディレクターら5人は、国民の信託もないのに「日本経済社会の風景を変える大胆な規制・制度改革を実行」するとしている。
 諮問会議のメンバーである竹中平蔵氏は、現在人材派遣会社パソナグループの会長である。諮問会議は、横浜市での外国人による家事代行を認める規制緩和を決めた。そして横浜市が指定した、この規制緩和メニューを利用して事業を行う会社はニチイ学館、ポピンズ、パソナだ。
 竹中氏が自ら規制緩和メニューを決めて、自分の会社を参入させる。これは明らかな利益相反であり、法令違反の疑いすらある。また、彼が社外取締役を務めるオリックスも養父市の特区に参入している。
 もう一人、WGのメンバーである阿曽沼元博氏は医療法人社団滉志会瀬田クリニックグループ代表だが、このクリニックでは1クール200万円もかかる免疫療法を行っている。この阿曽沼氏は早くから政府の規制緩和などを議論する会議にメンバーとして入って、この免疫療法に関する様々な規制緩和を求めてきたが、ことごとく認められてこなかった。
 しかし、ついに今回の国家戦略特区制度の下で、19床を整備することが認められ、順天堂大学医学部との連携を行うことになった。これも利益相反だと思う。
 このように現在、国家戦略特区では48の規制緩和メニューが認められているが、ほとんどはWGのメンバーが自ら提案している。そもそも関係者が提案することが問題だ。彼らは、透明性のある議論をして、決定をしているというが、それ以前の問題であり、そもそも議論に乗せることが問題だ。彼らは法的な問題はないなどというが、法的に問題はなくとも倫理的には問題があるのではないか。
 国民の信託を受けておらず、それぞれ規制緩和メニューの専門家でもない数人が、自分の利益のためだけに、日本の10年後、20年後にかかわる「日本経済社会の風景を変える大胆な規制・制度改革」に取り組んでいるのだから大変恐ろしいことだ。
実績に乏しい国家戦略特区
 国家戦略特区制度が始まって、3年が経つ。どういった事業が行われてどのような成果が上がっているのか、一部を紹介する。
 東京圏では、「認定済の都市再生プロジェクト全体で、4兆1千億円の即効性ある経済波及効果を見込む」「大田区では、特区民泊による滞在者数が765名(うち外国人459名)と順調に推移」とされている。また、課題としては、「特区民泊は、大田区以外の東京都、神奈川県及び千葉市で依然として未活用」「保険外併用療養(東京都及び神奈川県)は、依然として『国内の未承認薬』の活用実績がない」とされている。
 これを見ると、4兆1千億円もの経済波及効果があって、一見すばらしい成果が上がっているように見えるが、実際は東京オリンピック・パラリンピックに向けた道路の整備などがほとんどだ。つまり、国家戦略特区の成果ではないのだ。また、民泊での宿泊が765人増えたというが、1千万人以上の訪日観光客がいながら、1千人も増えていないのだから、あまりにも小さい成果だ。
 しかし、それでもまだ東京圏は数字を挙げて効果を示しているだけましだとも言える。他の九つの特区で経済効果を示しているのは1カ所あるかないかだ。
   関西圏では、「大阪府及び大阪市の特区民泊では、最低宿泊・利用日数の引下げ(6泊7日→2泊3日)を初めて活用し、幅広い滞在ニーズに対応」「外国人による家事支援サービスは、月内に、大阪府で提供を開始予定」「大阪府は、全国で唯一、地域限定保育士試験を2年続けて実施。保育士候補の掘り起こしに極めて高い効果」が成果として上げられている。
 つまり、民泊に泊まりやすくなったこと、外国人による家事支援サービスが予定されていること、保育士試験を独自に2回実施したことを成果と言っている。まったく大した成果ではない。予定を成果などと言うのはおかしいのではないか。
 沖縄圏では、ほとんど成果が上がっておらず、このままでは指定を取り消すとまで言われている。
 つまり、国家戦略特区の当初の目的である「世界で一番ビジネスがしやすい環境を創出」とはおよそかけ離れた成果しか上がっておらず、「手段」である「規制緩和」が「目的」になってしまっているのだ。
 結局、国家戦略特区というのは、一部のWGなどのメンバーが日本という国を私物化し、実験場にしているのだ。「大人の遊び」になっていると言ってもいい。インドネシア人がたった20人だけ家事代行サービスをするという事業で、世界的な大企業がそこに進出しようと思うはずがない。結局、WGなどのメンバーが自分の会社を儲けさせようとしているだけだ。
国家戦略特区の本当の狙い
 このように大した成果の挙がっていない国家戦略特区だが、政府はなぜこんなことを行っているのだろうか。それは、特区という地域限定ならば、規制緩和への国民的同意が得られやすいからだろう。
 そして、国民を規制緩和に慣れさせて、最終的には日本全国に規制緩和を広げ、「自由競争」を中心とした経済社会を作り上げようとしているのだ。
 実際に、2017年9月5日に開催された第31回諮問会議では「国家戦略特区で突破口を開いた規制改革項目について全国展開を加速的に進めることも、残された大きな課題である」と述べられている。
これからの経済社会はどうあるべきか
 これまで見てきたように今の「国家戦略特区」では、大した成果は上がっていない。つまり、規制緩和では経済成長はできないということだ。
 それでも政府は何とかアベノミクスによって、これまで同様、物的成長を目指している。しかし、今の日本はどんなにがんばっても2%も成長しない。2065年には日本の人口は8800万人になると言われている。今から4千万人減ってしまうのだ。現在、日本では一人当たり440万円ほどの国内総生産を生み出している。それが4千万人減れば単純計算で約180兆円減ってしまう。
 そうなれば、日本は経済大国ではなく経済中国、もしかしたら経済小国になってしまうかもしれない。そのころには、日本の経済力は世界で15位から20位まで落ちるといわれている。これに危機感を抱いているのが、新自由主義者だ。
 しかし、見方を変えて9千万人くらいの人口規模に合った質的な成長を求めればいいのではないか。成熟社会にあった、従来のモノ消費社会からコト消費社会に転換すべきだと思う。経験や体験など目に見えない価値や精神的な豊かさに重きを置く社会を目指すべきだ。
 そして、そういう社会で必要とされる医療や教育というサービスを考えることが必要だ。そういう社会を目指さずに、相変わらず、物質的な豊かさのみを求めていては、寄木細工のようないびつな社会構造になってしまう。
 日本がそうした社会に転換することができれば、今後少子高齢化を迎える中国や韓国といったアジアの国々にもモデルを提供することができる。そうすれば日本のアジアでの信頼は非常に高まるのではないだろうか。

図1 国家戦略特区に指定された地域
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表1 国家戦略特別区域諮問会議議員
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表2 国家戦略特区ワーキンググループ有識者名簿
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集英社、224頁、720円+税

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