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特別インタビュー シリーズ新専門医制度(1) 「総合診療専門医とは」 日本プライマリ・ケア連合学会 丸山 泉理事長 医療界の価値観を患者中心に変えていく

2018.09.05

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日本プライマリ・ケア連合学会理事長
丸山 泉 先生
【まるやま いずみ】1975年久留米大学医学部卒業。1985年医療法人社団豊泉会丸山病院院長、1989年医療法人社団豊泉会理事長。2002年小郡三井医師会会長、2008年日本医師会代議員。1999年日本プライマリ・ケア学会評議員、2007年同理事(福岡県代表世話人)、2010年日本プライマリ・ケア連合学会理事、12年同理事長

 4月から始まった新専門医制度では、19番目の基本領域に、総合診療専門医が位置付けられた。新専門医制度開始以前から総合診療の重要さを訴え、家庭医療専門医などを認定してきた日本プライマリ・ケア連合学会の丸山泉理事長に、制度の課題や総合診療専門医の役割について聞いた。

総合診療専門医とは
 口分田 本日はお時間を頂きありがとうございます。私は日本プライマリ・ケア連合学会(以下、連合学会)に長らく所属し、現在は兵庫県支部で会計を担当しています。協会の理事会などで連合学会や総合診療専門医についてお話ししているのですが、なかなか理解されるのが難しく、直接、丸山理事長にお話を伺って、開業医の先生方に知ってもらおうと、このインタビューを企画しました。
 西山 早速ですが、19番目の専門医である総合診療専門医について教えてください。
 丸山 はい。専門医機構は、総合診療専門医について「人間中心の医療・ケア」など六つのコアコンピテンシー(表1)を設定しています。より大きく言えば幅広く診療する能力、患者中心の医療、患者だけでなく家族や地域社会も念頭においた医療の3点に尽きると思います。これは、78年に発足した私たち連合学会の前身である日本プライマリ・ケア学会のプライマリ・ケア専門医や日本家庭医療学会の家庭医療専門医のコンピテンシーとほぼ同じです。総合診療専門医は、プライマリ・ケアにも専門性が必要と考えて作られた領域で、専門分化した他の18の領域とは基本的に異なるベクトルで、将来を見据えた大きな改革の一歩なのです。
 西山 では、多くの方が疑問に思われている内科、とりわけ総合内科との違いを教えてください。
 丸山 確かに総合内科専門医の「医師像」にも「内科的慢性疾患に対して、地域において、常に患者と接し、生活指導まで視野に入れた良質な健康管理・予防医学と日常診療を任務とする」「地域医療ネットワーク、病院内の医療チームの要として機能する一般・総合内科の指導医」などとあり、よく似ています。私たちが考えるような医師を養成する必要が社会的に高まっているということを内科学会も分かっているということでしょう。
 しかし、内科学会と大きく違うことは2点あります。「医師像」やコンピテンシーを掲げるだけでなく、それを具体化し一人前の医師を育てるということは大変な困難が伴います。私たちには、すでにそうした医師を具体的に養成してきた実績と歴史があるということが1点目です。
 2点目は、境界領域の捉え方です。総合内科はあくまでも内科診療教育という立場から整形外科や眼科、小児科にアプローチする医師を養成します。しかし、私たちは内科に加え、整形外科や眼科、小児科などを総合的に診ることのできる医師を養成します。海外の家庭医は婦人科のがん検診なども担っています。
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聞き手 西山 裕康 理事長

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聞き手 口分田 真 理事

 西山 総合診療専門医のキャリアについてですが、大病院、中小病院、へき地の医療機関、診療所など、それぞれでどのような役割を果たすのでしょうか。
 丸山 総合診療医とは何かという話だと思います。私たちの学会内部での理解は深まっていますが、外部の方には分かりづらいのかもしれません。大病院や中小病院、診療所と分けて、それぞれの医療提供機能を区分するという考え方そのものが古いのではないでしょうか。これまでは医療提供側がどのような医療を提供するのか決めてきました。しかし、それでは地域住民の医療ニーズには応えられません。大病院であっても地域住民のニーズがあればプライマリ・ケアを提供すべきです。医療機関の規模に関わらず、プライマリ・ケアを提供する医療機関であればどこでも総合診療医は必要とされると思います。
 口分田 いよいよ新専門医制度のもとで総合診療専門医の育成が始まります。
 丸山 総合診療専門医は多岐にわたる領域を学ばなければなりません。一方で、他の専門領域の医師は、その領域における知識や手技を深く学んでおり、総合診療専門医はその点ではかなわないでしょう。総合診療専門医は、何を学んで何をする医師なのかということを簡単に答えることが難しい領域なのです。
 ですから、先にお話したコアコンピテンシーを十分に理解した指導医が、確立した方法論のもとで丁寧に教えなければなりません。新専門医制度では3年間で専門医を養成するとしていますが、いささか無理があります。粗製乱造になれば、育成された医師のアイデンティティーも、総合診療専門医という分野への信頼性も10年を待たずに失ってしまうでしょう。ですから、今、スタートの時点では極めて慎重に、丁寧に育成を進めるべきです。先行する世界の家庭医に決して引けをとらない、世界の家庭医に伍すことのできる医師を育成するという大変なプロジェクトなのです。
 西山 なるほど、私のこれまでの理解は、やや断片的で末節的だったようです。
日本専門医機構の混乱
 西山 さて、この4月から総合診療専門医の登録が始まり、約180人の専攻医が登録しました。
 丸山 連合学会の家庭医療専門医のプログラムに登録していたのは年200人くらいだったので、あまり変化はありません。あまり多すぎても指導体制や質の維持に不安がありますが、個人的には今の倍の400人くらいが登録すると思っていました。躊躇させた原因は、日本専門医機構の総合診療に対する乏しい理解、分かりにくい説明だと思います。専攻医たちは、こんなに混乱している領域を選んでキャリアが積めるのだろうかと不安になったと思います。
 口分田 確かに専門医機構の混乱、ガバナンスの低下は深刻だと聞きます。何よりも情報が少なく遅いようです。120以上の学会が関与する改革としては、事務局なども含めて体制も貧弱なのではないでしょうか。
 丸山 その通りです。あのような体制で新専門医制度をスタートさせるなど、荒唐無稽です。私も何度か専門医機構に、方針さえ決めてくれればお手伝いをすると進言してきました。専門医機構の混乱が大きくなったのは16年の役員改選の後だと思います。議事録と称するものが、正規ルート以外で外部に流れて、公式には発表されない。こんなことは組織としてはありえません。先日新しい役員が選出されましたが、こうした混乱も収まりガバナンスの問題も解決され、しっかりやっていただけるものだと信頼しています。
 西山 私どものような外部から専門医機構の準備不足や混乱をみると、ノウハウを持つ学会側が、機構の一員として主導しても良かったのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
 丸山 確かに主導したいという思いは学会に携わる全ての者にあったと思いますが、当初は、これまでにない新領域なので、主導権争いと捉えられないように、全ての関係者が協力して作るべきだとも思っていました。
 ただ、もし私たちが早い段階で積極的な介入をしていれば、総合診療専門医が19番目の専門医として認められなかったかもしれません。医学会の中で、私たちに対する風当たりは強く、たとえば、プライマリ・ケア学会は78年に発足しましたが、連合学会に統合した2010年をもって、最近できた未熟な学会ではないかと言われました。日本専門医機構は、議事録も公開されないような組織で、機構内には、総合診療に対する無理解、誤解や曲解が広められ、私たちに対して心無い発言もありました。
 しかし、会員からの意見も強く、これからは積極的に検証し、発言するつもりです。
 西山 なるほど。関係者の感情や思惑が複雑に絡んだのですね。大変なご苦労もあったと思いますが、先生の大局的、戦略的なご判断には敬服します。
 困難と思われた統合を経て、連合学会を率いる先生の原動力はどこにあるのでしょう。
 丸山 実は、若い人の突き上げが大きいのです。そうした組織は健全だと思います。
 若い先生方はいろいろなことを良く考えています。私たちの時代の感覚で未来につながることを判断してしまうのは問題ではないでしょうか。若い医師とともに、将来のために徹底的に議論をすべきだと思います。
 西山 大変胸に突き刺さるご指摘です。
総合診療専門医が医療界に与える影響
 西山 さて、超高齢化に突入する日本の医療ですが、総合診療が基本領域専門医に加えられた意義はどこにあるとお考えですか。
 丸山 専門医制度に組み込まれることにより、総合診療やその医師像が理解され、これからの社会に不可欠な存在として認められていくと思います。
 医療界には学会や医師会などさまざまな医師の組織があります。本来ならそうした組織の方針は生活者の方を見て判断されるべきです。しかし、実際には学術や学問の発展に注力しすぎて、生活者が見えなくなってしまっています。私たちの学会では、とにかく生活者、特に、一番困っている人たちは誰なのかと常に考えて、そういう人々の目線に合わせて方針を決めていこうと思っています。
 厚生労働省の若い官僚と話をすると、みんな志を持っています。しかし、大きな組織に身をおいて年を重ねていくと厭世的になってしまいます。医師も同様です。医学部に入学してくる学生も当初は地域社会で生きる住民のための医師を志しています。しかし、6年間の医学教育の中で、高度医療を行う大学病院を頂点としたヒエラルキーに飲み込まれて、当初のマインドが変わってしまうのです。医学界の頂点にある大学病院は選ばれた患者しか診ていません。確かに高度・先進医療はすばらしいですし、絶対に必要です。しかし、そうした患者ばかり診ていては、地域の人の生活は見えなくなってしまいます。今、将来どのような医師が必要で、医療界をどういう方向に進めていくのか真剣に考えなければなりません。この問題を提示し解決することにこそ、19番目の新領域の意義があると思います。
 口分田 連合学会は、健康格差に対する見解と行動指針をまとめました(表2)。生活者と目線を合わせるという連合学会らしい指針だと歓迎していますが、こうした取り組みも先生が指摘された問題の解決の一助になっていくのではないでしょうか。
 丸山 この間、格差と医療・健康との関係がさまざまな形で示されています。たとえば貧困な家庭の子どもの口腔状態はそうでない家庭の子どもに比べてよくないことが明らかになっています。この背景には、増え続けている患者窓口負担の問題があると思います。こういう問題を解決していけるようにマインドを変化させていくことが必要なのではないでしょうか。医療はなんのためにあるのか、医師集団として価値観を再構成する必要があると思います。
 西山 政府は窓口負担を増やす理由を財政赤字に求めています。医療提供体制の縮小なども議論されています。
 丸山 まず、医療費については、必要な分は「ぶんどってくる」くらいの思いを持っています。一方で、私たち医療者側は地域の患者のために医療提供体制を見直し、充実させていく責任もあると思います。たとえばグループ診療はもっと進めるべきです。地域医療の律速点(ボトル・ネック)は夜間と休日の医療提供体制です。夜間と休日は地域で医療を受けられないというのは、日本国憲法第25条に定められた「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が侵害されている状況だと思います。それを解決するには、複数の医師が多職種も含めてグループを作り、途切れることなく地域に医療を提供する必要があると思います。
 西山 仰る通りです。新専門医制度や総合診療専門医と合わせて語られることの多いゲートキーパー論はどうでしょうか。
 丸山 ゲートキーパー論には容易には賛成できませんが、遠い将来そうなる可能性はあると思います。しかし、総合診療専門医などのかかりつけ医をまず受診し、そこからの紹介がなければ入院や手術、他の専門科を受けることができないというのは、システムとしては見栄えが良いのかもしれませんが、そんな内務省的な国家管理による医療提供体制が国民に受け入れられるとは思えません。やはり国民の選択は大切ですし、医療は選択される側であるべきだと思います。
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プライマリ・ケアを担う開業医の役割の重要性にも話が及んだ

開業医への期待
 西山 さて、地域では私たち開業医もプライマリ・ケアを担っています。地域の患者のニーズに応えて自分の専門外のことも勉強し、必要とされる医療を提供するのが開業医だと思っています。先生は開業医をどう捉えていますか。
 丸山 確かに多くの開業医の先生が地域で実践していることこそ、プライマリ・ケアだと思います。高齢化による慢性複数疾患、地域包括ケアと多職種連携、医師偏在などの医療需給の変化について、多くの開業医の先生はすでに実感していると思います。1978年のアルマ・アタ宣言でプライマリ・ヘルス・ケアの大切さが明確に示されて以降、その重要性は国際的な常識となっています。そこに価値観を求めるような医療を創っていく必要があると思います。そのためには開業医の先生や地域の病院の先生の経験を集約して、地域から医療における価値観を変えていく必要があると思います。
 開業医の皆さんもぜひ連合学会に入って仲間になっていただくとともに、日々の診療経験をフィードバックしてもらいたいと思います。医師同士の話というのはどうしても医学の話になりがちです。そのほうが楽ですから。しかし、もっと大きな医療制度や医療界はどうあるべきかという話をすることも大切です。そうした場を私たちの学会でも提供できればと思っています。
 西山 そうですね。私たち保険医協会では、目に見える単純な病因だけでなく、さまざまな調査などをもとに、疾病の背景には貧困や格差があるのではないかとの考えを強くしています。そこから、医療制度だけでなく社会のあり方を変えていく必要性ついても議論してきました。そういう意味では連合学会や会員の先生方と志を同じくする団体だといえるかと思います。これからも協力し合って患者、生活者のための医療界をつくっていければと思います。本日はどうもありがとうございました。

表1 総合診療専門医の六つのコアコンピテンシー
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表2 健康格差に対する日本プライマリ・ケア連合学会の行動指針
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