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「九条の会」兵庫県医師の会「デュアルユース研究の危険性」 講演録
医師は平和維持のためアクションを

2023.04.25

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京都大学名誉教授(一財)LHS研究所 
代表理事  福島雅典
【ふくしま まさのり】1948年生まれ、73年名古屋大学医学部卒業、78年愛知県がんセンター・内科診療科医長。94年には世界中の医療従事者が信頼を寄せる診断・治療マニュアル「MSDマニュアル(旧メルクマニュアル)」の翻訳、監修。2000年から京都大学医学部教授、附属病院外来化学療法部長。13年から神戸医療産業都市の先端医療振興財団・医療イノベーション推進(TRI)センター長などを歴任。21年一般財団法人「LHS研究所」(名古屋市)を設立

 協会も活動に協力する「九条の会」兵庫県医師の会が1月14日に開催した講演会「デュアルユース(軍民両用)研究の危険性~科学者としての医師の使命と責任~」の講演録を掲載する。

医師、科学者は政治に関わるべきでないか
「紅旗征戎非吾事」
 (紅旗征戎吾ガ事二非ズ)
 これは藤原定家の『明月記』に出てくる言葉で、今回講演依頼を受け、真っ先に浮かんだ言葉です。「大義名分をもった戦争であろうと自分には関係のないことである」という意味で、紅旗は平家の旗と言われ、平家と源氏の争いの最中、定家はそういうことには関わらず、彼の文学・学問を完成させるという思いで一生を送ったということです。
 医師、科学者でも、政治には関係するべきではないという信条を持っている人もたくさんいますが、それは違うのではないかと思います。
 人間観、社会観、世界観における公理系として三つ挙げます。
・公理1 歴史に眼を瞑る者に、未来はない、歴史から学ばぬ者は、ついには現在を見る眼をも失う
 現実の情勢を見ていくときに重要なのは歴史から学ぶということだと思います。
・公理2 技術に長短善悪あり、科学に善悪なし
 だから怖いのであり、科学だから政治に関係ないというのは問題なのです。
・公理3 人間社会・国家・世界、万事5W1H
 5W1Hさえきちっと見ていけば、何がどう関連しているか、そこから全て解き明かしていくことができる、ということです。
科学研究が戦争に使われるとどうなるか
 日本学術会議には、科学者が戦争に協力することによって、産官学が合体して戦前の日本が軍事国家になっていったという歴史への反省があります。そこで「戦争を目的とする科学研究」を行わないと声明を出して、科学者としての矜持を誓ったわけです。その原点にもう一度立ち返る必要があります。
 2017年2月の日本学術会議主催学術フォーラム「安全保障と学術の関係:日本学術会議の立場」で、私は「軍民両用(デュアルユース)研究とは何か─科学者の使命と責任について」お話し、この内容は論文にまとめ、インターネット上でもお読みいただくことができます。
 このフォーラムは、日本でデュアルユースを進めるために、防衛省が研究予算を用意するという安全保障技術研究推進制度が導入されたことを受け、学術会議としての対応はどうするかということで、開催されたものです。
 当時の学術会議の会長は大西隆・豊橋技術科学大学学長(当時)です。彼は、同大学の加藤亮助教(当時)が安全保障技術研究推進制度を利用して開発した防毒マスクについて「ほとんどの毒ガスはマスクでシャットダウンできる」と話し、私が「相手を毒ガスで攻撃し、味方の兵士はその防毒マスクを着けて戦うことができますね」と指摘すると、きょとんとしていました。防衛兵器ならいいという議論はナンセンスで、浅はかだと思います。
 防衛省から予算を受け取るということは、そんな研究を科学者・医者が行わなければならない状況になるということなのです。
大革命期にある医療技術
 今、科学技術は大革命期にあり、機械が人を超えるところまで来ています。
 政府が2013年6月に明らかにした「日本再興戦略」では、健康寿命延伸が大きな課題で、イノベーションをもって対応するとされ、私が提案した、ARO(多施設共同研究を始めとする臨床研究・治験を実施・支援する機関)構築による、臨床研究・治験の実施体制の整備が盛り込まれました。こうした改革によって次々と大学で治験ができるようになり、承認を受けた医療技術は2018年度時点で200件になりました。
 このような医療技術にも軍事転用できるものがあります。特にHAL医療用下肢タイプ、アイリスモニタ、ステミラック注、リティンパ耳科用の四つは軍需物資です(図)。私は海外で軍事転用される危険性があると、これらの技術の海外への持ち出しに警鐘を鳴らしています。研究予算がなく、外国から「1億円でライセンス契約してほしい」と言われたら承諾してしまう状況が今の日本の大学にはあります。デュアルユース研究を進める前にこうした技術の管理が先だと思います。
 一方で、昨年成立した経済安全保障推進法に秘密特許の規定が盛り込まれており、こうした形で制度を整備することは日本がもと来た道に戻っていっていると言えます。戦前はともかく、今現在、深刻な問題は、大学にも政府にも国益・国家安全保障に関わる重要特許について、それを管理し、実用化さらに社会実装していく当事者能力が全くないということです。この件はあまりにも重大なので、改めて具体例を挙げて論じる所存です。
 私はこれらの技術を、「Learning Health Society(LHS)」というPDCAサイクルで社会的に還元しようと名古屋市に提言し研究所を立ち上げました。こういう仕組みを各地域に作り出すことが、日本の健康寿命を延伸し、要介護者数を激減させる決め手と考えています。
科学者の平和への責任
 哲学のない科学、技術は凶器です。科学とその生み出す技術の善悪を、科学者は認識して責任を持たないといけません。
 「E=mc2」からアインシュタインはルーズベルト大統領に原爆の開発を進言し、広島・長崎への原爆投下に至りました。アインシュタインは「The war is won, but the peace is not.」と終戦直後の1945年12月10日、第5回ノーベル記念日晩餐会でのスピーチで述べています。これがラッセル-アインシュタイン宣言(表)につながりました。平和を維持するための手段を真剣に科学者は考え、アクションをするべきです。
 今後必要なことを戦後間もない1948年2月に制定された「科学者憲章」を参照し述べます。
(1)科学研究の透明性の確保
(2)学生、科学者の教育と啓発
(3)科学・技術監視機構の設置
(4)科学者憲章による啓発・徹底
 これらが全世界で風化してしまっています。私たち科学者は人類の未来に重い責任があります。
 私は冒頭紹介した学術会議のフォーラムでの報告内容の論文に手紙を添え、全医系大学の学長、医学部長・研究科長、病院長に送りました。数十の返事をいただき、真っ先に返事が来たのは長崎と広島の大学の学長でした。直接よく知っている学長には学術会議の声明履行を宣言するよう依頼し、私が関係している京都大学、名古屋大学はそれなりのアクションをとりました。しかし、今それが風前の灯火となっています。
安全保障上の真の脅威とは
 政府は2014年に集団的自衛権を認めて、日本を「戦争できない国」から、「戦争できる国」に変え、昨年12月17日、敵基地攻撃能力の保持を認め、憲法を改正することなく、ついに「戦争する国」に変えてしまいました。
 ドイツのワイマール憲法は当時のもっとも民主的な憲法でしたが、その中に「緊急事態条項」がありました。それを利用して、憲法を改正することなくナチスが一党独裁体制としたことから、麻生太郎副総理は「あの手口に学んだらどうかね」などという発言をしています。私は、憲法改正=緊急事態条項創設は亡国への入口だと断定します。
 政府は何かと言うと、「国を守るのが政府の責任」と言いますが、わが国の直面する安全保障上の脅威とは何なのでしょうか。安全保障の一番の要は国力です。今、最大の脅威は、今後確実に衰退する国力ではないでしょうか。
 深刻化する少子高齢化や積みあがる政府債務残高。社会インフラは老朽化しています。OECD加盟38カ国中、日本の労働生産性は27位、一人当たり労働生産性は29位で、経済的に致命的です。食料自給率の長期的推移も低下傾向にあります。
 憲法改正で国力を一気に増強することはできず、憲法改正によってわが国の安全保障が強化できるというのは妄想です。孫子の兵法では「彼を知り己を知れば百戦殆からず」と言いますが、今日本は「敵を知らず、己も知らず、戦う能わずして既に危うし」という状況です。
 日本国憲法は、人類が戦争に戦争を重ねて、やっとたどり着いた理念の高みです。その高邁な理念を現実に引きずりおろしてはなりません。
 憲法第9条は、現実との間に矛盾があるからいいのです。矛盾がある故に、常に政府と私たちに平和達成のための智慧と努力を説いているのです。
※「九条の会」兵庫県医師の会は本講演の内容をまとめたリーフレットを6月に発行予定です。ご注文は、電話078-393-1807まで

図 薬事承認取得済みアカデミア医療シーズ例
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表 ラッセル-アインシュタイン宣言
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