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阪神・淡路大震災21年に思う

2016.01.25

阪神・淡路大震災21年
阪神・淡路大震災21年に思う
兵庫県保険医協会理事長 西山 裕康

 その時私はベッドで寝ていて、突然の衝撃に目覚めた。最初は地震とは思わなかったが、とっさに横で寝ていた子どもに布団を被せてじっとしていた。暗い中、すぐに近所の人が寝巻姿に毛布で訪れ、何事かと思ったら、しばらく診療所に避難させてほしいとのこと。20人前後が明るくなるまで待合室で待機した。けが人も数人訪れたが、断水のため一度手術器具を使えばその後は何もできなかった。幸い震源地から離れていたため、被害は深刻ではなかった。
 震災では6430人余りが命を失い、家屋の全壊10万棟以上、焼失7500棟。一瞬にして親兄弟、夫や妻、子ども、友だちを失い、幸い命が助かっても帰る家がない。震災は生活のすべてをも奪った。皆で過ごした部屋、食事をしたテーブル、勉強机やノート、お気に入りの服、家族との写真や遊んだおもちゃ。
 寒いさなか、30万人以上が避難所生活を強いられた。長く苦しい生活のなかで、先の計画が何も立たない。私であったら...ただただ幸運だっただけとしか言いようがない。震災遺児も600人以上。当時5歳だった子が今は26歳、15歳の中学生は36歳。それぞれが21年間を過ごし、全体の高齢化も進んでいる。
 被災した人々が当時を忘れることはないだろう。誰にでも忘れたくない幸せな思い出があり、徐々に記憶が薄れていくのも怖い。だが、鮮明な記憶も時にはつらく受け入れがたい。被災した人々に対して、今、私たちは何ができるのか。
 協会は、震災直後から現在まで、被災者の「生活復興」を求めて、多岐にわたる活動を続けてきた。被災の中心にいた方々、周辺の人々、それぞれに良かった点、反省・改善すべき点、今でも課題の残る点もある。
 「創造的復興」のもと、医療の営利化や混合診療解禁につながる可能性が高い、神戸医療産業都市がつくられ、20年の契約期間満了を迎える借り上げ復興住宅では、高齢の入居者が退去を迫られている。
 私たちの阪神・淡路大震災の教訓や課題の蓄積は協会の糧となり、東日本大震災をはじめ、その後の他地域での災害においても一定の役割を果たし、またこれからも大きな役割を果たすだろう。
 強調すべきは、資本主義の市場原理を災害復興にも無理強いする「創造的復興」の美辞麗句に隠された、弱者切り捨ての「ショック・ドクトリン」を許してはならない点である。これらを後世、他の地域に伝え、将来に備えることは、私たちの社会的責任でもある。今一度努力したい。

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